39.私が見つけた、最後の希望 -ヒールside-
驚いているな……。私の今の姿は、カンゼルよりもずっと年上に見えるものな……。
なぜこうなってしまったのか……。
それには、私がどうやって育ってきたかを理解してもらわねばならん。
私が物心ついたとき……私の傍には母しかいなかった。
牢屋のような、光の当たらない暗い一室……。そこに、私たち親子は閉じ込められていた。
父のカンゼルは何度も私を自分の研究室に連れていこうとしたが……そのたびに母が自分の身を差し出した。
「この子はキエラの血が入りフェルティガが安定していない。今無理をさせると一生使えなくなる」
とカンゼルを説得して……。
その一方で、母は幼い私に分かる言葉で、私の力のことを教えてくれ、使い方も導いてくれた……。
女王の託宣で私がかなりの力を秘めていることが……わかっていたからだ。
そして、母は私が勝手にフェルティガを使用することを禁じた……。
カンゼルの目が私に向くことを恐れたためだろう……。
母はもともと素晴らしいフェルティガエだったが……カンゼルの研究が進むにつれ、その実験に耐えうる状態ではなくなってしまった。
まだ母の知識を必要としていたカンゼルは……母の言葉を信じ、血が混じった私ではなく、フィラやエルトラから純粋なフェルティガエを攫って実験していたようだ……。
当時の私は、無論、そんな背景など知る由もなかったが……。
やがて……私が7歳の時に、ついに母は亡くなってしまった。
この頃になると、カンゼルもフェルティガについてだいぶん研究を進めていた。
フェルティガエにもいろいろなタイプがあること……。
回復にも限度があり、使用すればするほど減少すること……。
逆に貯めれば貯めるほど威力を発揮すること……などだ。
母が死んだあと、私は勿論調べられたが……力はあるもののおよそ戦闘向きでないことがカンゼルにも分かり、フェルティガを搾り取られるといった無体な実験をされることはなかった。
私の能力は幻惑と防御……むしろ成長させてから大きく使用させた方がいいと判断したようだ。
その後も私は閉じ込められていて……他者との面会は一切禁じられていた。
そしてカンゼルの研究の手伝いをさせられていた。
……フェルティガの扱いに長けていたからだろう。
どうしてその場所に居続けたのか……。
それは、私の手でカンゼルを……そしてキエラを潰すためだ。
やはり研究者としてのカンゼルは一流で……学んでおいて損はないと考えた。
カンゼルの研究はまだまだ進歩する。その過程で盗めるものは盗み……いつか完璧なタイミングで叩き潰す……そう思っていた。
しかし……その間にも捕らえられたフェルティガエはきっと……苦しんでいたであろうな。
私一人では、捕まっているフェルティガエを助けることはできなかったであろうが……それでも、もっと前に何かしらの手を打てばよかったのかもしれぬ。
そうすれば……あの悲劇は起こらなかったかもしれぬ……。
母が死んで10年が経ち……私が17歳のとき、カンゼルが画期的な発明をした。
フェルティガを貯蔵、発動させる器だ。カンゼルはフェルポッドと呼んでいたが……。
これでカンゼルはフェルティガエを捕まえれば捕まえるほど武器になると判断……エルトラのフェルティガエの村を襲撃し、戦争が始まった。
しかし、戦争では思うようにエルトラを攻められなかった。
低位のフェルティガエでは武器としても威力の大きい物にはならん。
カンゼルはより高位のフェルティガエを手に入れる方法を模索していた……。
そんなある日、カンゼルはフェルポッドにたまたま紛れていた植物が、一年以上もの間全く枯れていないことに気づいたのだ。
そして研究を重ね……高濃度のフェルティガに浸された物は時間の進みが遅くなることがわかった。
そして……フェルティガエでも実験を行い……恐ろしいことを発見したのだ。
……フェルティガエはみな、自分の身体を修復する能力を備えている。
例えば指を切断したとしよう……。時間さえかければ……理屈上、フェルティガエはもう一度指を生やすことができる。
しかし実際には切断面から壊死が進む速さの方が上回り……もとには戻らない。
だがこの指を高濃度のフェルティガで包んでさえおけば、ちゃんと元通りに指を生やすことができるということなのだ。
もっと極端なことを言えば……たとえ致命傷を負っていても、フェルティガに浸して体の機能が失われる速さを圧倒的に遅くすれば、フェルティガエの自己修復能力でもとの肉体に戻せる……つまり生き返らせることができる、ということだ。
フェルティガエは、身体が丈夫でないものが多い。
だからそれまで、カンゼルはなるべく傷つけずに攫っていたのだが……これで多少痛めつけても、より高位のフェルティガエを捕まえた方がよい、と考えるようになった。
――そうして起こったのが……フィラ侵攻だ。
このとき私はカンゼルの研究室に閉じ込められていたため、外で何が起こったのかは全く知らなかった。
そして……カンゼルが身体の三分の一が吹き飛んで死にそうになっている赤ん坊を連れてきた。
それが、ユウディエン……お前だ。
自分のフェルティガで自分も吹き飛ばしてしまったと聞いた……。
フィラで捕まえたフェルティガエにシールドを張らせ、フェルティガで満たし……簡易的にフェルポッドを作って命を保っていたのだ。
そして研究室の高濃度のフェルティガで満たされているガラスの棺に入れ、カンゼルは私に監視を命じた。
私はこの任務にかかりきりになった。決して死なすことのないよう、場合によってはフェルティガを注入しながら……。
理論上は可能でも身体の三分の一も失っていて……元に戻るかはわからん。
だが、お前は小さい器の中で……生きようとしていた。
自分の身体に収まりきらないくらいの……高い能力があることはすぐわかった。
私はこれがカンゼルの研究の一環だということも忘れ……必死だった。
……実際、お前の身体が再生されるまで……3年の歳月を要した。
この研究自体が極秘だったということと……お前の力が強すぎたため、お前を育てる役目は私になった。
むずがってキエラの要塞を破壊されたらかなわん、とカンゼルは考えたのだろう。
それに私なら、お前に暗示をかけることで宥めることも、キエラの武器として育てることもできる……ということだと思う。
そして……それは私にとっても好機だった。
お前の力は間違いなくキエラを潰すことができる。
私の意のままに育て……いつか、このキエラという国を滅ぼしてやる。そう思った。
――結局、私も……お前を道具のように利用しようとしていたのだ。
しかしお前の面倒を見ていても……お前は泣くばかりで、なかなか懐かなかった。
もちろん私がお前に暗示を使えば……すぐに私の言うことを聞くようになるだろう。
しかし、赤ん坊の間に直接頭にフェルティガを仕掛けることは……危険を伴う。
私がなぜそれを知っていたかというと……その頃、フィラ侵攻で捕らえた男女間に初めて子供が生まれ……カンゼルが無理矢理洗脳しようとして死亡させたことがあったからだ。
カンゼルはフィラの長老からフェルティガエについて様々な知識を吸収し……ユウディエンを育てるために私にもそれを教えてくれた。
私は早く暗示がかけられる年齢まで育ってくれと……懐かず泣いてばかりいるお前にそんなことを考えていた。
……しかし、ある日のこと……。
私が目を離している間にお前が動き回り……頭を強くぶつけて怪我してしまったことがあった。
もちろんお前は激しく泣いたが……私が思わず心配になって咄嗟に抱き上げると、お前はピタリと泣き止んで私ににっこりと微笑んだのだ。
お前の目は青く……とても澄んでいて……私は自分がとても醜く愚かなことを考えていた……と思い知らされた。
お前は私の心の暗い闇に怯え泣いていたのだ……と。
思わず本気で心配した私の心に気づいて微笑みかけたのだ……と。
それから私は……復讐などではなく……どうすれば、私とお前がキエラに利用されずに済むか……そのことを考えるようになった。




