到着、レグザント帝国首都
レグザンド帝国。帝国ではあるが、皇帝は歴代優秀かつ温厚であり戦争行為は基本的に反撃でしか行わない。よっぽど酷く罵らない限り皇帝への不満を口にしても不敬罪とならないと言った懐の深い所がある国である。その首都へとついに到着したリック。首都は高い防壁に囲まれていた……ただ、防壁には煉瓦を積み上げたような線は一切なく、傷一つない薄い青色の壁であった。
(一体、あの壁の素材はなんだ? かといって直接ペタペタ触るわけには行かんよなぁ)
リックは内心そんな疑問を抱くが、口にする事は無い。下手な事を口にすると、周囲の兵士達に要らん事を勘繰られて碌でもない事になる可能性があるからである。さて、首都に入る前には当然入る人のチェックが行われるのだが──
「この者は我ら『剣と茨』闘士ギルドの客人だ。乱暴はしないように願いたい」
と、ここまで旅をしてきた闘士達のトップであるレリカの一言で簡単な物に留まった。まあリックは基本的に剣を始めとした武器を持っていないし、刃物もあくまで料理をする為の物ばかり。故に危険性はほとんど無いと判断され、すんなりと中に通された。そうして首都の中に入った所で、レリカからこんな言葉が飛んできた。
「これから我らは、自分達が属するギルド『剣と茨』に立ち寄って今回の仕事を報告せねばならない。しかし、その報告の為にはリックにも来てもらう必要がある。済まないが、もう少しだけこちらに付き合って欲しい。その代わりと言っては何だが、今日の宿代などはこちらが持つ」
そのレリカの言葉に、リックは頷く。変に嫌がってもメリットは何もないし、宿を紹介してくれるというのであれば楽でいいとリックは考えた。レリカ他、数人の闘士と共にリックはある建物に入る。その建物こそが、『剣と茨』のレグザンド本部であった。他の闘士は車を所定の位置に置く為別行動となる。
中に入ったリックとレリカを含む数人は、受付を経て2階へと通された。15人ぐらい入っても十分にくつろげる広さをもつ部屋に入り、しばし待っているとスーツを思わせる同じ服を着た二人の女性が部屋に入ってきた。あのスーツのような物は恐らくここのギルドが定めている制服なのだろう。
「まずはレリカ様を始めとした皆さま、お仕事お疲れさまでした。報告を伺います」
そんな後から来た女性の言葉を始めとして、レリカによる報告と他の闘士による補足を交えた仕事の内容が発表された。どうやらレリカたちの目的は、ある洞窟内に巣食っているモンスターの退治と、洞窟内に生息している薬草の収集がメインの目標だったようだ。
報告を聞くと、街を出てから2日後には何度も戦闘を行っていたようだ。1日最低でも3回、多くて5回ほど。1回につき戦うのは5、6匹ほどの小規模な群れ。ただ、洞窟に行く途中で10匹以上の集団との戦闘も数回あったようだ。モンスターの名前らしきものも上がっているが、直接対峙していないので、どれがどれだかリックには分からなかったが。
「なるほど、洞窟だけではなくその途中にも数がかなりいたようですね。少しまずいかもしれません」「ああ、いくらなんでも数が多すぎた。駆け出しの闘士では生きては帰れんぞ。我々も正直かなり消耗した、間引く為に他のギルドとも話し合って大規模な討伐隊を組む必要があるかもしれん」
ギルド職員の女性とレリカの表情から、この数と戦闘回数は少々所ではない異常事態になっている事をリックが察するには十分すぎるほどであった。
「洞窟の方だが、そちらは滞りなく済んだ。数は少々多かったが、全部が固まって動いていたわけではなかったからな。二手に分かれて殲滅した。薬草の方は車を置きに行った連中が後で持ってくる」
ここはレリカ達にとって余裕だったのか、他の闘士達も頷くだけでこのレリカの言葉に異議を挟むような事はしなかった。ただ、この話の後から闘士達がその時を振り返って口を開く。
「帰り道の方が気が重かったよな、また何処からともなくやって来る連中を相手に何度も何度も戦う事になるのかとうんざりした空気が流れてた」「ああ、大けがを負った者こそいなかったが全員がかなり疲弊していたからな。洞窟内で休息はとったが、行きでの遭遇率の高さから、帰り道はかなり辛い事になるだろうと皆が思っていたな」
そんな言葉を交し合う闘士達。確かに1日に何度も命のやり取りをすれば精神的な摩耗は避けられない。鍛えられた闘士と言えど、そればっかりは仕方がなかったのだろう。
「そんな風に誰もが予想していた帰り道だったが……ここで風向きが変わった。そう、ここに居る彼との出会いでな」
レリカの言葉で、ギルド職員の目がリックに向けられる。そんなギルド職員の様子を確認してから、レリカは言葉を続ける。
「彼は、音魔法を扱える。そして何より、魔除けの旋律を奏でられるのだ。ここまで言えば、もう分かるだろう?」
レリカの言葉を受けて、ギルド職員の目の色が変わった。一気に宝物を見つけたような視線に変わったので内心リックは引いたが、かろうじてそれを表に出す事だけは回避できた。
「彼のおかげで帰りは全ての戦闘を回避できた。我々が全員無事に帰ってこれたのは彼のおかげと言っても間違いだという者は出てこないだろう。更に彼は一定の料理技術も持っていたのだ。その場その場で取れた食材と支給品の肉を組み合わせて、いくつもの温かい料理を提供してくれた。お陰で闘士達が活力を取り戻すまでにかかった時間はかなり短い」
リックに向けるギルド職員の目の色がさらに変わった。既に捕食者の目になっている。リックは全ての意思を動員して気が付かないふりをしている、己の精神の為に。
「なので、帰還中の戦闘回数はゼロ。怪我の治療も滞りなく行えたのでな、闘士達の健康状態も良い。以上が今回の報告となる……また、彼には1日魔除けの旋律を奏でてもらう対価として金貨5枚、料理をしてもらう事による対価を金貨3枚でお願いしていた。こちらの報酬から金貨を引いて彼に直接渡してほしい」
レリカの報告が終わったところで、即座にギルド職員からリックに向けて勧誘する言葉が飛び出す。色々と良い条件を出してくれているんだろうが、リックの目的である師匠から預かった手紙を目的の人に渡すという事を何よりも優先したいために断るしかない。その時のギルド職員の落ち込み様はひどいものであった。
「彼には彼の目的があるのだ、ギルドに参加して欲しいという気持ちは我らも同じだが無理強いをしてはいけないぞ」
レリカの言葉もあり、しぶしぶ、本当に渋々とギルド職員はリックをギルドメンバーとして引き込むことを今は諦めた。やはり魔除けの旋律と料理がある程度できるというのは大きな事らしい。
「では、協力者のリック様には今すぐ報酬をお支払いさせていただきます。対価をお持ちしますのでしばしお待ちください」
そう言い残し、ギルド職員の一人が部屋から出ていく。残されたギルド職員だが……こんな話を振ってきた。
「これは仕事とは別なのですが、一体どんな料理が出たのでしょうか? 個人的に興味を引かれたので、教えて頂ける範囲でお願いできますか?」
なので、レリカを始めとしたこの場にいる闘士達がリックの作った料理を評価交じりで次々と口にする。最初はふんふん、と気楽に話を聞いていたギルド職員であったが……進むと明らかに変化が起きていた、特によだれが口から少しこぼれかかる形で。
「外にある食材と、ウチのギルドが出している保存肉だけでそれだけの……ごめんなさい、話だけでは済まなくなってきちゃいました。もちろん対価は出しますので、今晩の食事をリック様に作って頂く事は叶いませんでしょうか?」
予想していた展開を迎えた事にリックは苦笑しつつも、引き受けますと返答した。このギルドには1階に調理場もあるとの事で、そこで作る事となった。メニューは完全にお任せにするという……ならば、という事でリックは複数の闘士達に案内される形で街に繰り出していくつかの食材を購入してきた。さあ、料理の時間である。
今後更新はゆっくり目にさせていただきます。別の所で書いてるメインのおっさんを優先したいので。
よろしくお願いします。




