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リックの価値

 翌日、朝食を終えて再び出発した車の中で、リックは再びここの闘士が上と呼んでいる女性、レリカに呼び出されていた。


「昨日の夜、我らの闘士の一部にピュナやリーゴを用いたスープを振舞ったそうだな?」「ええ、まずかったでしょうか?」


 レリカはすぐに首を左右に振る事でリックの言葉を否定する。


「いや、むしろ歓迎したい。どうしても旅路の途中では我らの食事は肉に偏り気味でな……言うまでもなく、料理人など街の外には連れ出せん」


 レリカの言葉にリックも頷く。繰り返すが、街の外にいるモンスター達の奇襲を受ければ戦いに特化している闘士達でもあっけなく死ぬときは死ぬ。そんな危険地帯に募集を募っても、引き受ける料理人などいるはずがない。


 じゃあ簡単な料理を闘士達が覚えればいいじゃないかと言う意見は出るだろうが、戦いに特化している闘士が料理を覚える暇などあろうはずがない。そんな暇があるなら訓練しろ、とどやされる。


 ならばできる寸前の食材を用意し、後は鍋に水を入れて煮るだけで出来上がるインスタントに近い物があればよいじゃないかと言う考えもあるだろうが……そういう発想はまだ、この世界にはない。


 リックもその発想を持ち込む気はない、そんな発想を持ち込めば、皇国に目を付けられて力づくで連行される可能性が非常に大きいからだ。


「さすがに、料理人を引っ張ってくるのは無理ですからねえ。そこは仕方がありませんよ。いくら募集をしたって、死ぬときはあっさりと死ぬ場所になんか行きたいと願う人は居ないでしょう。自殺願望があれば別かも知れませんが」


 護衛すべき対象がいる、と言うだけで戦いの難易度は大きく跳ね上がる。そんな余裕は、闘士達にだってない。いつ、どこで、どんな風にモンスターは襲ってくるのかわからない。故に常にピリピリとしている物なのだ。表面上はそうは見えないように取り繕っているだけで。


 しかし、今は違う。リックの音楽による魔除けで襲撃を受けていない為、見張り以外の闘士達には心の余裕がある。だからこそリックと話すときも穏やかに話せるし、声を荒げる事もない。リックは知らないが、リックと出会う前の前日まで、この車の中はかなり怒鳴り声があちこちから響く状態であった。


 更に食べ物も基本的には肉と水だけ。まあ、こちらの世界の肉はある程度野菜の栄養素も含まれるため肉だけを食っても脚気などの病を引き起こす事はまずない。だが大事な事として、人間は食事で栄養だけを取るのではない。美味しいと感じる事はストレスの軽減にもつながる。


 なのに毎日変わり映えしないメニューで飽き飽き……だが食わねば飢える。野菜があっても丸かじりする以外の方法が思いつかない。そんな中で護衛する必要もなく、敵を遠ざける能力を持ち、簡単な料理が出来るリックの存在は大きい。


 確かにリックには剣を始めとした武器を扱う才能はない。だが、そんな事などどうでもよくなるだけの能力があるのだ。


「お前と合流してから一度も襲撃を受けずに済んでいるお陰で、今の我々は精神的な余裕がある。こうして穏やかに話が出来るぐらいにはな……しかし、そうなると食事に対する不満が表に出てきている。そこでお前の力を借りたい。1日の報酬に、更に金貨を3枚上乗せしよう。何も都で出るような豪華な食事を作れというのではない、スープでもいい、サラダでもいい。何か一品、食事に加えて欲しいのだ」


 レリカからの追加依頼にリックは顎に手を当てて考え、それから答えを口にする。


「とりあえず、何でもいいというのであれば……この車が進む道の途中で見つかった野草などを集めて新しい一品を作るという事は出来るでしょう。ただ、すぐに回収できる物では無かった場合、一時的に車を止めて頂き闘士の皆さんにも回収をお願いする事になる可能性があります。それでもよろしいでしょうか?」


 リックの言葉に、レリカは頷いた。


「それぐらいなら構わん。繰り返すがお前の魔除けの旋律のおかげで、この移動は非常に順調だ。予定よりも早く進んでこれているからな、多少時間を消費しても問題はない。飯の量が増えるとなれば、あいつ等も喜んで協力するはずだ。では、引き受けてくれるという事でよいのだな?」


 レリカの言葉に、リックは頷いた。こうして、リックの仕事に食事に一品増やすという仕事が加わったのである。そして、さっそくお昼にリックは動き出した。先に取っていたジャガイモもどきと、車の移動中に見つけた玉ねぎであるリーゴ、ニンジン(この世界ではトキュラと言うそうだ)、そこに肉を加えてなんちゃって肉じゃがを作った。


 さすがに白滝はないし、みりんもないので無理やりのでっち上げレベルではある。しかし、それでも何とか味を調えて十分美味しいと思えるものに仕上げる事には成功した。肉から出るうま味に助けられた形と行っていいだろう。そして闘士達からの評価は。


「うめえ、これがジャイとは思えねえ!」「肉の味がするジャイか……悪くない」「リーゴとトキュラがこんなに旨いとか」「野生のトキュラなんて食い物じゃねえと思っていたんだがな、これをまずいとは口が裂けても言えん」


 と、上々であった。無論、レリカも口にして大いに満足していた。それと同時にレリカの判断に感謝し、リックの報酬が加増されたことに関しても闘士全員が納得する形で完全に纏まった。上手いメシが食えるなら、収穫にも積極的に協力するという空気も広がり、レリカの指示が無くてもリックの言葉に従うようになった。


 そのお陰で、リックは午後の移動中にいくつかの野生の野菜を発見する事に成功する。先に言ったトマトや玉ねぎ、ジャガイモに人参もそうだが、ここにキャベツ、レタス、大根が加わった。順にこちらではキャベツをグリナ、レタスをフィニ、大根をグリシロと呼ぶ様である。


「無理に森の中に入らなくても、食材が十分すぎるほどに取れてるな……」


 晩御飯にはロールキャベツと大根のサラダを追加する事を決めているが、結構な量が確保できたことに対して呟いたリックの言葉に、闘士達が反応する。


「と言うか、これらが食えるのは知ってたがどれもこれもまずいんだよな」「基本的に手を入れて栽培した物じゃないと、基本的においしくねえってのが今までの認識だったんだが」「それだけあんたの腕はいいって事だ、晩飯も期待しているぜ?」


 確かに、生のまま口に入れてみればえぐかったり苦かったりという物ばかりなのは事実である。まあ、そこを何とかするのが料理人。このままでは美味しくないなら、美味しくするって言うのは変わらない。もちろん、老女が無制限にしてくれた各種調味料の力も多大にあるが。


 そうして夜になり、出してみたロールキャベツと大根のサラダは……最初は反応が薄かった。何せ緑色の楕円に白く薄い物のサラダ。だが、一口食べれば……


「これ、中に肉が入ってやがる! うお、じゅわっと来る」「いや、このスープもあるから美味いんだ。ただグリナで肉を包んだだけって訳じゃないぞ」「こっちのグリシロ、うっすらとだが味がついてるぜ。肉を食った後に食うと口の中がさっぱりする」「口の中がさっぱりとするから、また食いたくなる! リック、すまねえがお代わりをくれ!」


 と、良い評価を貰っていた。ただ残念ながらお代わりはない。単純にキャベツも大根も人数分ギリギリしかなかったのである。それに、回収した野菜たちも根こそぎ取らず、ある程度は意図的に残すようにしてきたのも量が足りなかった理由の一つである。しかし、根こそぎ取ってはいけないは山などの基本ルール。破る訳にはいかぬのである。


「うむ、やはり料理が出来る者がいるとこうも違うか……惜しいな、今回限りの契約とするには」


 一方でレリカはこの契約を今回限りの物とはしたくない、と言う感情がより膨らむ事を感じていた。上手いメシという物は士気を保つのに手っ取り早い方法である。


 その為、料理人に話を持ち掛けてついて来てくれる人物を探したことも数えきれないほどだ。だが、結局は誰も引き受けてはくれず……そして今、もしいればこうなっていたという事を体験している真っ最中だ。


(契約を持ち掛けてみるか……魔除けの旋律を使えるというだけでもありがたいのにここまでの食事を作れるという事実が組みあえば稀有な存在と評するに値する。故に今後とも付き合いを続けたいというのが本音だが。


(難しかろうな、今回だけの特別な付き合いだと考えなければならぬ。しかし、それにしてもうまい。こんな料理は初めて口にするが……どこで習ったのだろうか?)


 レリカは疑問を抱くが、それを口にする事は無い。下手な事を口にすれば、この稀有な人間はするりとここを立ち去るだろう。そうなれば部下達からの突き上げは相当な物になるはず。そんな状況を招くのはご免被る。こうして、レリカをトップとするこの闘士達と共に、リックは最初の目的地であるレグザンド帝国の首都に到着する事となった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回も美味しい話♪(。>﹏<。)読むのがお昼でなければ危ない所www [一言] 闘士たち、物分りが良い(´ω`)船乗り的な集団生活型だというのが大きそう。 リックの価値を巡って争いではな…
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