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街を出た後に、また出会いがある

 街を逃げるように出発して数日。音楽を奏でながら道を行く。幸い雨に降られる事は無く、順調な旅路である。音魔法のおかげでモンスターと遭遇する事もなく、穏やかな旅が続いた。


 旅に変化が訪れたのは、そこから更に3日後の昼の事であった。後ろからやってくる音に気が付いたリックは、振り向いてその理由を理解。邪魔にならないように道を軽く外れた。後ろからやってきていたのは例のサイのような動物が引く馬車だったからだ。


 ただ、サイズがおかしい。まず、引いているサイのような動物の数が6匹だ。2匹ずつ3列に並んで引っ張っている。そんなに数を要する理由は馬車の方にある……いや、あれを馬車と呼ぶことは出来ないだろう。一つの家を引っ張っているといった方が正しく伝わるはずだ。


 その家もプレハブなどの安っぽい物では無く、洋風のどっしりとした威厳が漂うタイプの奴だ。正直こんな家を引っ張っているサイたちを褒めればいいのか、それともこんな家を馬車のように移動する事を考えた人物を褒めればいいのか、と言うどうでもいい思考にリックは陥っていた。


 馬車はそのままゆっくりと進むかと思われたが、今回もリックの近くで止まる。そして男性の闘士と思われる人が3人ほど家の中から出てきた。一応リックは警戒する……盗賊はいない、と師匠は言っていたが、時代の移り変わりでどうなっているかはまだ分からない。もしくは死人に口なしで殺してから適当に使える物を持って行く事もありうる。


 リックはすぐにフルートに似た笛を取り出せるように構えていた。この笛を今まで使わなかったのは理由がある。音魔法と言う考えから言って、笛は範囲が狭い代わりに効果が高くなりやすいと言う特性を持っている。なので、音魔法の攻撃手段の一つである衝撃波を放つという曲を、すぐにでも奏でられるようにしておく必要があった。


 ある程度まで近づいてきた闘士達は刃を抜く様な事もなく、話しかけてきた。リックの警戒を察した、と言う部分もある。あまりにも近寄ればリックが逃げ出す事になるだろう。そうなってしまっては話しかける理由を伝えることが出来ない。


「ああ、そのままでいいからちょっと聞いていいだろうか? 君は一人で旅をしているのか? 俺達の上が気にしたもんでね」


 問いかけに対して、リックの行動は頷いて肯定の意を示す。


「上じゃなくても、さすがにそれは心配だぜ……誰もお前に言わなかったのか、一人旅はあまりにも危険すぎると。まともに休めない、トラブルが起きたら全部一人で対処しなければならない。死ぬような物だぞ?」


 どうやら、先に出会った闘士の一団と同じ心配をしている様である。前にも言ったが彼らの考え方は当たり前の事であり、闘士がそれなりの人数で旅をするのは怪我や病気で動けなくなった人をフォローできるようにする為である。旅の途中に医者など望める訳もなく、リックのような一人旅をしていて骨折してしまったり、病気によって移動が出来なくなってしまえば終わりに直結する。


「前に出会った方々にも言われましたが……なかなか信頼のできる人と言うのは見つからないんですよ。無謀なのは確かですが、すべてを覚悟のうえで旅をしています。今の所、旅を続けるしかない理由があるので」


 皇国を除くすべての国を一通り巡ってみたい、と言う考えがリックにはある。そのうえで気に入った国があれば、そこで骨を埋めるのも悪くはない。だがそれはまだまだ先の話だ。


「覚悟はある、か……この時代にそんな言葉をきっぱりと口にする奴がいるとはな。まだまだ世界は面白い部分があるって事か。っと、悪いな。上が気にした事はもう一つあるんだ。お前さん、なんか妙な音を出していないか? と、気にしていてな。心当たりはないか?」


 それはたぶん、魔物避けの為に弾いていた楽器の音だろう。しかし、人には聞こえないはずなのだが……その辺りを伝えると、闘士達の表情に驚きが浮かぶ。


「おいおい、音魔法の使い手かよ! 一人で旅ができるわけだ……魔除けの旋律は、旅をする者に取っては垂涎の技能だ。しかし習得もなかなか難しく、使いこなせる奴なんかそうそうはお目にかかれない。その音が上に聞こえたんだな。上は普通の人よりはるかに耳が良いからな」


 もう彼らは襲い掛かっては来ないだろうとリックは踏んで、再び魔物避けの為の音楽を奏で始める。そんなリックの姿を見て、耳を澄ます闘士達3人。しかし彼らはみな首を振る。


「ダメだ、全然何にも聞こえない」「俺も同じく。演奏しているのに何も聞こえないとは奇妙だな」「音魔法を知らなければ、ただ音を出さないようしながら楽器の扱いを練習しているようにしか見えないな」


 彼らの言い分も間違ってはいない。今リックの指は楽器を奏でているが音は『普通の人間』には一切聞こえない。だから、音を出さないように練習しているようにも見えてくる。


「君の実力は多少だが理解した。でも、やはり仲間はいた方が良い。大けがや病気の時、一人ではどうしようもなくても仲間がいれば乗り切れるという事は往々にしてある。お節介かもしれないが、そういう場面は今までにも多くあったのでね」


 忠告に関しては、素直に頷いて受け取るリック。そこにさらに声がかかった。


「そう言えば、君はどこに行くつもりだったんだ?」「今はレグザンド帝国の首都を目指しています。ちょっとした用事があるので」


 このリックの返答に、闘士達はアイコンタクトで意思の確認を済ませてからリックに話を振る。


「俺達も目的地はそこなんだ。で、物は相談なんだが……レグザンドの首都につくまで、魔除けの旋律を奏でて欲しい。もちろんこれは正式な依頼だ、一日で金貨3枚、いや5枚出そう」


 3枚、と口にしたところで他の闘士からリックに話を持ち掛けている闘志に対する肘鉄が素早く飛んだ。安すぎるという意見である。だから即座に2枚上積みされたのである。今度は肘鉄が飛ばなかったので、適性な依頼料であるという事になるのだろう。


「仕事ですか。で、横に並びながら奏でていれば良いのでしょうか?」「いやいやいや、車に乗ってもらうぞ。窓を開けて音が周囲に届けば問題はないからな」


 歩かなくていい、と言うのはとても楽である。それにお金ももらえるとなれば受けてもいいかと考えるリック。大体首都って奴は物価が高いというのが相場である。前の街で十分な路銀は得たが、それも首都の物価の前ではあっさり消滅するかもしれない。転ばぬ先の杖はいくつあっても困る物では無いだろう。


「分かりました、お話を受けます。上の方には話を通さなくて良いのですか?」「大丈夫だ、上も仲間も魔除けの旋律を奏でる人間を無碍に扱うようなバカはいな……いや居たな。3枚に値切ろうとしたこのバカが」「酒代の捻出をしようとか考えたんだろ」


 二人に言われて縮こまる1人の闘士どうやら図星だったようである……リックは苦笑する事しかできなかった。さて、お仕事という事であるが、とりあえず上と彼らが呼んでいる人に会っておかねばならないだろうという事で案内を受ける。サイモドキが引くこの家は、リックを含む四人が乗り込んで安全確認が終わった後に動き出したようだ。


「失礼します、魔除けの旋律を奏でられる楽士を雇いました。一日金貨5枚で、我々の目的地であるレグザンドの首都迄同行して頂けるそうです」「そうか、私がここの闘士の取りまとめ役のレリカという者だ。魔除けの旋律使いは歓迎する、しばらくの間よろしく頼む」


 上、と呼ばれている人物は女性だった。名はレリカ、ワインレッドのロングヘアにこれまた赤いコンポジット・アーマーを身に纏った女丈夫である。美人ではあるがその美しさは華では無く刃を思わせる迫力があった。多分鎧の下の腹筋は見事な物であろう。確認しようとしたら死ぬだろうが。


「リックと申します、しばしの間こちらにお世話になります。よろしくお願いします」


 とにかく一回顔合わせが出来ればそれでいいとリックは元から考えていたので、さっさと退散する事を選んだ。下手にじろじろ見ていたら、それだけでぶった切られそうだと思えたからである。その後、車の中にいた他の闘士達とも挨拶を済ませると、魔除けの旋律と彼らが呼ぶ演奏を再開した。


「本当に聞こえないんだな」「だが、本物なら今日は一日戦わなくて済むからすぐに分かる」「偽物って可能性は無いと思うぜ、そうじゃなきゃ武器も持たない人間の一人旅なんて出来る訳がない」


 リックを見て、闘士達があれやこれやと話を交す。そうして夜まで一回も戦闘にならなかった事でリックは本物であると全ての闘士に認められた。一日で認めちゃうのか? とリックは首を傾げたが、闘士達曰く、少なくても3回はモンスターとの戦いになるらしい。


「一番多かったのは1日で7回だ。あの時は本当に疲れ果ててな、皆酷い姿だったぞ。それが今日は君を迎え入れてから一回も戦いになっていない。おかげでゆっくりと休ませてもらったよ、金貨5枚払うのなんか安いものだ」


 年長者っぽい闘士がそう言うと、皆が頷いていた。よっぽど辛かった1日だったのだろう……彼らの表情からそれが伺える。そうして夜の食事の時間となるのだが……リックの料理技術が生かされる場が来てしまった。

なお、この作品にもメインヒロインは不在です。サブもいないかも知れない。

なのでリックが特定の女性と恋仲になることは今の所ない、ですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] …いや、あれを馬車と呼ぶことは出来ないだろう。一つの家を引っ張っているといった方が正しく伝わるはずだ。 ↑ 「馬家」だとバカかウマヤ(厩)と思われるし、割とよくあるならどんなネーミングになる…
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