街での路銀稼ぎ
さらに数日の旅を経て、ようやくリックはレグザンド帝国の玄関口であるゲートシティに到着した。この街の中に通行を許可するか否かの門が存在し、審査を受けて通る事でやっとレグザンド帝国内に入れる。そこからさらに手紙の宛先の首都へはまだまだ歩かねばならないが、ひとまずの目的地につけてリックはほっとしていた。
街に入る前に簡単なチェックを受けて、問題なしと判断されて街に入ってからまず最初にしたことは宿の確保だった。老女曰く、最低でも一日で1000Zする宿屋に泊まれと言われているからだ……大体1000Z取る宿屋なら従業員の質もいいし、信用も出来る。逆に安すぎる宿は従業員の質が悪いどころか、こちらが寝入ったところに金品を盗む事をやってくる可能性が高いのだという。
幸いリックは1200Zで泊まれる宿、『熊のうたたね亭』と言う宿屋を見つけ、部屋を取ることが出来た。食事を済ませ、借りた部屋に入ったリックは鍵をかけるとベッドに直行してそのまま眠りについた。野営で半分寝ているとはいえ、完全にぐっすりと休めている訳ではない。その疲労がここに来て噴出したのだ。リックはこの日だけでなく翌日丸1日眠り続けた。
「あら、おはようございます。昨日は姿を見ませんでしたね」「旅の疲れが出まして、眠り続けていたようです。それに、寝具の具合がとてもよかったので」
2日後に目を覚まして宿の食事がとれる場所に姿を見せたリックを、宿の従業員の一人が出迎えた。リックは席に座り、食事を注文。出てきたのはパン2つに簡単なスープ。ちょっとしたサラダだった。まあ、一般的な朝の食事だ。マズくはないが極端においしいという訳でもない。日本の食事とは比べてはいけない。
静かに食べ終えて、リックは息を吐く。このまま数日はこの街に滞在し、疲れを抜きつつ何らかの仕事をして路銀を稼ぐ必要がある。音楽を生かした吟遊詩人モドキの行動か、マッサージや料理、散髪に関わる事ををやってもいい。とにかく、何かしらのうわさなどを聞きつけ、生かせる場を探すのだ。
宿を出て、街をしばらく歩く。そうすればあれこれ色んな噂話が耳に入る……が、今の所お金を稼げるような話は耳に届いていない。老婆から貰ったお金はそれなりの額だが、有限だ。自分で稼げるようになれなければの垂れ死にする結末が待っている……だから、困る前に稼げるネタを探さなければ──
「ああ、鬱陶しい」「ああ、お前髪の毛が随分と伸びて来てるよな。そろそろ切りに行ったらどうだ?」「うーん、でもなあ。イマイチぱっとしねえんだよな。ここの髪切りは切る時も痛いし、斬り終わった後の髪もボロボロになっちまう」
と、声の聞こえてきた方に目をやれば、自分から見て左前方にいる二人の男性のうちの一人が、長い髪の毛を鬱陶しそうにしている。これはチャンスだ、と考えたリックは二人に声をかける事にした。
「失礼、そちらの方が髪の毛を邪魔に思っているようなしぐさをしているので声をかけてしまいました。もしよければ、その髪を綺麗に整えましょうか?」「見ねえ顔だな? しかも身なりからして吟遊詩人だろ? そんなことできるのか?」
リックの外見は確かに吟遊詩人が一番近い。疑いの目を向けられるのも仕方がないだろう。なのでリックは穏やかに言葉を続ける。
「ええ、身なりは確かにそうですが音楽だけでは食べていけませんからね。散髪の技術なども学んで路銀の足しにしています。1回で800Z、いかがでしょう?」
リックの言葉に、男性は「まあ、800ならいいか。いつも行っている所は1400であれだからな」とリックの話に乗ってきた。なので、少し人の少ない場所に移動して散髪をする事となった。簡単な布かけをして髪の毛を客の服に落とさないようにした所で髪の毛を切る予定の男性から声がかかる。
「この布は何なんだ?」「髪の毛を切った後、お客さんの服に髪の毛が落ちないようにする為ですよ」「へえ、そういう気づかいしてくれるんだ。これは期待していいのかも知れねえな」
許可を貰ってほんの少しだけ水を手に取って濡らし、髪の毛に付着させる。霧吹きがあれば一番いいのだが、残念ながらそれは老女の家に置いて来た。この世界にはない物だから、そこは仕方がない。そして、散髪用のはさみでさっそく手を入れ始める。この男性はそこそこイケメンなので、ウルフカットっぽく仕上げる事と決めた。
そして散髪を終えて、鏡を渡してどういう風に髪の毛を整えたのかを見てもらう。
「どうでしょう? こうしてみましたが」「──」
しかし、男性からの返事がない。もしかしてやっちまったか? とリックは内心で思ったが、それは取り越し苦労でしかなかった。
「いいね、いいぜ。さっぱりとしてて、なおかつなかなか恰好が良いじゃねえか。気に入った! こんないい腕を800なんて安値で売っちゃだめだぜ、1500出す。ここまで気持ちのいい散髪は初めて受けた!」
なんと、客側からもっと出すといわれてしまって少々内心で驚くリック。だが、それぐらい喜んでもらえたとなればこちらとしても喜ばしい。すると、この髪の毛を切った男性と同行していたもう一人の男性が俺も髪の毛を整えてくれ、俺も1500出すからと話し持ちかけてきたので、もちろんリックは乗った。
こちらの男性の髪型はショートレイヤーと言う髪型が一番似合いそうだったので、それっぽく仕上げてみた。こちらの男性も非常に満足し、気前よく代金をリックに支払った。当然、それを周囲の人も見ている訳で……
「俺の髪もやってくれねえか?」「女性の髪も、やって頂けるのでしょうか?」「こっちも頼む! あいつ等みたくビシッと決まった髪型って奴をしてみてえ!」
と、散髪を希望する人が次々とやって来た。結局この日はこの場で日が傾くまでリックはとにかく散髪をやり続けた。しかしその分お金はかなり稼げて……4万以上のお金を手にする事となった。これでかなり懐が温かくなったので、疲れはしたがそれ以上の安心を得ることが出来た。
宿に戻り、夜の食事をしているとあちこちから酒を飲む人たちの乾杯の音頭が聞こえてくる。こういう所は世界が変わっても大差ないなと思いながらリックが食事をしていると、女性の声がかかった。
「ねえ、貴方吟遊詩人なの? 陽気な曲って注文したらやってくれるのかしら?」
この問いかけに、リックは少々のお代が貰えるならやるぞと返答。女性は曲が良ければ周囲も弾むと言っているとのことなので、リックは話を受けた。陽気な曲というリクエストなので、それに応えるべく地球の曲をアレンジした曲をマンドリンで奏で始める。
「聞いた事がねえ曲だな?」「だが、悪くねえ。なんかこう踊りたくなってくるな」「良いぞ兄ちゃん、そのまま頼むぜ」「酒を片手に踊ろうぜ!」
酔っ払いたちは肩を組み、皆で踊り始めた。にぎやかで楽し気な音楽と雰囲気につられて、次々に客が来て酒を飲み、踊りの輪に加わる。宿屋の従業員も忙しそうではあるが、繁盛する事でお金が入るから嫌そうな表情は誰も浮かべない。そんなこんなで、陽気な曲のメドレーが終わるとリックに向かって大量のおひねりが飛んだ。
「良い曲だったぞ!」「楽しかったわ!」「良い曲をありがとな!」
皆が笑顔でリックに惜しみない拍手とおひねりを贈った。これによりリックの路銀は十分すぎるほどに溜まり、後は疲れが完全に癒えれば旅を再開していい状態となった。だが、この日のリックを見た人がそう簡単に彼を逃す筈もなく……リックは数日間、昼間は散髪。夜は音楽と働くことになる。
さらにそのリックの腕を見て弟子にして欲しい、音楽の教師をやって欲しいという話まで舞い込んできてしまった。彼がこの街で生きていくのであれば話しを受けたのかもしれない。だが、まだ目的地は先……なのでリックは逃げるかのようにこの街を旅立つはめになった。
まあ、幸いにして顔が売れたおかげで門を通る時に悪意のある人物ではないと判断されて、すんなりと通ることが出来たのだが。こうしてリックは、再び旅に出た。リックが旅立った事を知って、この街のリックを知る人はかなり残念がったという……




