道中
リックの服装は、老女が用意したぱっと見では茶色っぽい服の上下の上に薄い茶色の外套を纏い、更に茶色のつばが長い帽子をかぶっているという茶色づくめの外見だ。だが、服はあちこちに特殊金属による補強が入っている為、かなりの防御力を持っている。使われている金属が何かはリックは老女に聞いてみたが、明確な答えは返ってこなかった。
まあ、これから先何があるのかわからないのだからとリックは用意された服を素直に身に纏っている。一定の防御力がある、という安心感は何事にも代えがたい。老女の家を出てしばらく歩いているが、動きにくいという事もないので長い間世話になる事は間違いない。
ちなみに地球から持ち込んできた物は、専用の調味料が尽きないビンに入れた物以外は全て老女の家に置いて来た。何がきっかけで皇国に異世界の人間なのかがばれるか分からない為、最もばれやすい道具を使わない事にした。全ての道具は老女が預かってくれている。隠し倉庫に入れておいてくれるそうだ。
移動中、リックはハープを小さな音で奏でながら歩いている。これは何もハープの練習をしているからと言う理由ではない。この音楽は、モンスターや狂暴な動物たちにしか聞こえない音階で彼らの脳に一定の催眠をかける効果がある。その効果の内容は、そこに人間が存在しないという風に誤認させる物である。
モンスターや狂暴な動物と真っ向勝負できるのは、専門の戦闘を生業としている集団のみ。それ以外の人はまず勝ち目はない。だからこそ出会わない様に対策を打つ、逃げれるようにしておくと言うのが基本であり最良である。
そもそも、この世界の人々は町や村からめったに出る事は無い。外に出れば危険な動物やモンスターが闊歩する世界で、何の対策もないまま外を出歩くのは自殺行為に近い。どうしても出なければいけない用事がある時は護衛を雇う……そう、戦いを生業とする集団の収入源の一つがこの護衛である。
だが、彼らを冒険者とこの世界では呼称しない。戦いを生業とするものは闘士と呼ばれている。一方で、戦いを避けて薬草や希少な食材を手に入れてくる事を生業とする人々は探索者と呼ばれる。そのどちらでもないのに世界を旅をする人は、放浪者と言う名の変人扱いを受ける。もちろん誰もそれを表立って口にしないが。
そんな世界の一般人から見れば変人扱いを受けてしまうリックだが、音による魔物回避を行っているおかげで一回も襲われる事無く順調に歩を進めている。この技術が無ければ、おそらく既に数回は襲われている事だろう。そして戦う技量が低いリックでは、そのまま襲ってきた連中の腹の中に納まる事になっていただろう。
順調に歩き続ける事しばし、日が落ち始めてきた。そろそろ野営をする準備をしなければならない。火を起こし、保存食として持ち歩いてきた干し肉と周囲に生えていた食べられるいくつかの野草を用いて簡単な調理を行い、腹を満たす。ただし、横になることは出来ない。リックは一人旅である。そして音楽を止めて効果が無くなれば、動物やモンスターに襲われる事は言うまでもない。
その為、リックは半分寝ながら半分演奏するという奇妙な音魔法の術を使って夜を明かす事となる。さすがにゆっくり横になって休んだ時のような回復を図ることは出来ないが、それでも一定の疲労回復は図れる。この技術もまた、老女から教わった身を護る野営能力の一つである。
そうして夜が明ければ半分寝ていた意識を覚醒させ、朝食を食べて歩き出すのである。この野営方法ももちろん一般的なやり方ではない。普通は夜番を交代で行って順番に休む物だ。
だがそれをするには複数の人がいなければ出来ない方法だ。さらに中に入っていれば襲われないといった高性能テントなんて物もない。だからリックはあんな方法で夜を明かすのだ。
そんな旅を続けること数日、目的地のレグザンド帝国まであと数日もあれば入るという頃合いで久々となる人間とリックは出会う事になった。彼らは全員が剣、槍、斧と言った武器を身につけ、重厚そうに見える鎧で体を護る闘士と思われる人達だった。彼らは馬車のような物に乗っており、こちらに近づいてくる。
馬車のようなもの、と呼称したのは訳がある。馬車よりはるかに大きく、そしてこれまたがっちりとしたつくりになっている。さらにその馬車のような物を引いているのが、地球のサイをベースに強化しましたと言わんばかりの巨体を持つ動物? が2体がかりで引いている。そのデカさからくる迫力はなかなかの重圧を感じる。
邪魔をしない方が良いとリックは考え、道を譲るべく端による。だが、そんなリックを馬車の御者台に当たる所に座って二匹の馬鹿でかいサイモドキの手綱を握っていた男女2人は奇妙に思ったのか、馬車を止めて片方の男性闘士が話しかけてきた。
「そこの人、一人なのか?」
リックは少し迷ったが、一人旅ですと返答を返した。老女から教わった事で、この世界ではよくある異世界ものに出てくる盗賊はいないと聞いていたからだ。その理由だが、もしこの世界でそんな事をしたらモンスターに殺されるからだそうだ。そこの国でも夜間のモンスターの対策は苦心して作り上げたものだそうで、盗賊が真似できるような物では無い。
だから洞窟を拠点としたり砦を作ったとしても、その対策を行えなければすぐにモンスターに襲われて全滅するか逃げだすかと言う結末を迎えるとの事。じゃあ闘士がそんな事に手を染める心配はないのか、と当然リックは聞いたが老女曰く。
「そんな闘士は現れないよ。武器の手入れはどうするんだい、食料もだ。旅する旅人や襲う商人が頻繁にいなければ、成り立たない話さ。そして、頻繁に襲える商人なんてどこにもいないよ。国を移動する商人だって、大勢の闘士を雇って半年に一回行き来するだけなんだよ? 半年も手ごろに襲える獲物がいなけりゃ、餓死するだけだろう?」
との事。それに闘士には十分な報酬が支払われているそうで、まっとうに仕事をするのが一番安定して安全に生きていけるんだそうで……そんな明日をも知れない賊に身を落とすのは自殺行為以外の何物でもない。それが結論であった。
「一人で旅か……悪い事は言わない、目的に沿う仲間を早急に見つけた方が良い。一人での旅はよっぽどの幸運が続かない限り、途中で理不尽な終わり方をすることになるだろう。そんな結末を、望んでいる訳ではないだろう?」
男性闘士の言葉は、至極もっともな話である。話しかけてきた闘士は、純粋にリックの事を案じて忠告をしてくれているのである。
「ええ、こちらとしてもそうしたい所なのですが……残念ながら今の所上手く行っておりません」「そうか、しかしそれでも何とかするべきだ。一人で旅をするなど、我ら闘士でも無謀極まりない。時々跳ねっかえりがやらかすが、そいつの顔はもう二度と見れなかったよ」
暗にどうなったのかを匂わせる言い方をされるが、リックの中ではそりゃそうだろうなぁというのが正直なところだった。自分だって老女の教えや特訓を受けていなければ、彼らと同じ運命をとっくに迎えていただろう。幸い音魔法もどきがあるおかげで今の所は無事なのだが。
「出来る事なら一緒に旅をしてあげたいが……君の行き先は?」「レグザンド帝国です」「そうか、真逆だな……すまない」
申し訳なさそうな表情を浮かべる男女の闘士。なのでリックはフォローに回る。
「いえ、こうして声をかけて頂いただけでもありがたい事ですから。お気になさらないでください」
こうして初めて会った人間にこんなに気を使える人はそう多くはないはず。そんな人を罪悪感で困らせるのはリックの本意ではない。
「良いか、とにかく慎重に進め。レグザンド帝国の都市までたどり着ければ大勢の人がいる。その人の中から共に歩める人を探すんだ。最低でも3人は欲しい。合計で4人いれば、野営の休息もそれなりに回せる。
欲を言えば6人体制だが……金の問題も人の都合もあるからな、難しいかもしれん」「とにかく、無茶はせず戦いは絶対に避けてね。絶対に夜の森は入っちゃだめだからね」
そんな男女の闘士の言葉を残し、馬車は去っていく。それを見送ってからリックも歩き始める。最初の目的地であるレグザンド帝国まではもう少しかかる……
説明が多い回になってしまった……すまぬ、すまぬう。
まあそんなわけで、ヒャッハーしてる盗賊はいません、という事で一つ。




