先輩は心配している
本日二話目です。
アルバスト先輩の自分語りとなります。
side アルバスト先輩
初めて見かけた時、心に春風が渡った。
花を見つめる彼女は、全身がお日様のように輝いていて、温かい色に包まれていた。
俺は公爵家の三男だ。
いずれ家を出て行く身である。
出来れば王立の農業研究所に入りたい。
この国の王家の血を引く公爵家は四つ。
筆頭公爵家の令嬢は第一王子の婚約者だ。
第一王子のアリスミーと、筆頭公爵家の令嬢パリトワは俺より一歳年上だが、小さい頃から王宮で仲良く遊んでいた。
今も王立学園の高等部で、生徒会役員として一緒に仕事をしている。
王家とその血を引く者たちの多くは、他の者よりも少し特別な力を持つ。
パリトワは、時々未来が観える。
俺は、人の感情や心中を、色として感じる。
アリスミーは、さすがに王子だけあって、複数の特異能力を持っている。
ただし、現国王の方針で、「特別な力」を私的に使うことは止められている。
今年の春、まだ肌寒い頃、パリトワが呟いた。
「まずい。食料危機が来る」
アリスミーはパリトワの能力を高く買っている。
俺もパリトワの体を覆う不安な色を見て、伊達や酔狂で言ってはいないと判断する。
「それを回避するには、どうしたら良いのだ? パリィ」
「国内の食物生産性の向上。それしかない。……待って。鍵は……」
「鍵?」
俺は聞き返した。
「鍵は、学園にある。きっと!」
そこから、今回の『花いっぱいリーダー』選出が始まった。
いきなり農作物の収穫量を上げるというのは、さすがに学園の生徒には荷が重い。
だが、学園内に花を増やすという名目があれば、領地を持つ貴族の協力が得られるだろう。
「生徒会役員以外に、何人かメンバーを増やしたいな」
アリスミーが言う。
彼は能力があれば、爵位にこだわらずに役を与えたいと、常日頃口にしている。
「メンバーの選出は、私がやろう」
「おお、久々に、『千里眼』使うのね」
『千里眼』。
アリスミーが持ついくつかの特異能力のうちの一つである。
彼は人が書いた文字や絵に触れることで、その人が持つ能力や品性を、直接その相手に会わなくても、分かってしまうのだ。
そして、在学生の入学誓約書を(無理やり)見せてもらって、三人の生徒を指名した。
高等部一年のヴィラ。
中等部二年のメジオン。
新入生のフローナ。
元々、ヴィラとメジオンは成績優秀者であり、ヴィラの数的把握能力と、メジオンの交易に関する知識は学内でも有名だった。生徒会役員にいずれ抜擢されるだろう。
では、新入生のフローナとはどんな生徒なのだろう。
ドロート子爵の一人娘で、入学試験の成績はトップ。
それくらいしか分からない。
そう言えば、ドロート子爵領の隣は、たしかプラウディ領である。
プラウディ家の嫡男なら知っていた。
ウルス・プラウディ。
中等部で最初は同じクラスだった奴。
線の細い男子だ。
ウルスは入学当初は熱心に勉強していた。成績も悪くなかった。
だが翌年、彼の婚約者になる予定の、ステアという女子生徒が入学してくると、ウルスは生活も性格も一変した。
「婚約者のコ、入学したんだろ? 紹介してよ」
何気に軽く俺が言ったら、ウルスは目をひん剥いた。
「絶対やだ! アルは俺より爵位も背も高い。顔も良い。絶対ダメ!」
ちょっと神経質だけど、気の優しいウルスの表情ではなかった。
彼の体は赤黒い色で満ちており、それは欲望と煩悩から抽出されたものだ。
それからウルスはどんどん成績が落ち、クラスも別になり接点はなくなった。
「他の男に見せたくない程の美少女」と、ウルスが言っていた女子も何度か見かけた。
確かに顔立ちは整っていた。
だが。
彼女が持つ基本的な色は、目が痛くなるほどの紫だ。
傲慢な人間が持つ、代表的な色だった。
ウルスと彼女は、うまく付き合っていけるのだろうか。甚だ疑問だ。
ウルスに新入生のことを訊くことは止めた。なぜか分からないが、訊かない方が良いと思えた。
入学式を終えて一ヶ月。
そろそろ新入生たちも、学校生活に慣れたころだろうか。
俺は日々のルーチンワークである、学園内の落ち葉の量を確認するため、毎日昼休みは園庭を歩いていた。
花壇には春の花、鮮やかなクリザンティが咲いている。
ウルスに貰った種が、こんなにも開いているのか。
ふと花壇の前に、小柄な女子生徒がいるのに気付いた。
ふわふわと風に揺れる、ミルクティのような髪。
全身を纏う色は、春の陽だまりのようだ。
こんな色の女子を見たのは初めてだった。
つい、声をかけてしまう。
「クリザンティ、好き?」
振り返った彼女は、金色の瞳をしていた。
豊かに実った、麦のような。
美しい色だ。
その彼女こそ、フローナ・ドロートだった。
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