魔術は少なくても、収穫量は多めに
殿下の挨拶が室内に響きます。
「僕は、遊びで外国に行っていたんじゃないよ!」
…………。
ええと。
殿下、多分皆、分かってます。私ですら、承知してますので。
「ところでだ、諸国を訪問して、僕は今までになかった力を得たのだ」
「へええ」
パリトワ様はじめ、生徒会の皆さん、反応が薄いです。
「あのさ、もう少し感動するとか、『よっ! さすが殿下!』とか、ないの?」
「「「「ないでーす」」」」
役員の塩対応にめげることなく、殿下は右手を前に差し出しました。
「ならば見よ! 我が手に宿りし、灼熱の劫火を! #$★#%&☆!!」
アリスミー殿下は、なにやらムニャムニャと唱えています。
まさかとは思いますが、何かの呪文の詠唱でしょうか。
劫火って、炎の魔法のことかしら。
この国で魔法の類は、失われていると、お聞きしてますけど。
しばらくの間、生徒会役員も、ヴィラさんもメジオンも、もちろん私も黙って殿下のパフォーマンスを見つめました。
途中で飽きたらしいパリトワ様は、書類を読み始めましたが。
殿下は眉間に深い皺を刻み、差し出した手は震えています。
「うん! やあ!!」
殿下の雄たけびと共に、彼の掌が光ります。
ぽわあ……。
殿下の掌に、白金色の炎が揺らめいています。
小鳥の卵ほどの大きさで、可愛らしい炎です。
「おっ」
「あら」
「ふーん」
「ほおお」
役員の人たちは、それなりに感嘆の声。
「どうだ、まいったか!」
殿下がニカっと笑った瞬間、窓からの風で炎は消えました。
「あああ、我が聖の火があああ!」
殿下は力なく蹲り、ルコーダさんが肩を貸して王宮まで送りました。
「はあああ、まったく、何がしたかったんだ、あの殿下!」
パリトワ様が上体を伸ばしてため息をつきます。
「ま、いつものことだな」
アルバスト先輩の言葉に、ラリアさんも頷きます。
「ごめんなさいね、このクソ忙しい時に。これからやってもらう内容、お話するから」
◇◇
パリトワ様の説明を聞いた後、私たちは庭園に向かいます。
「ごめんね」
一緒のグループになった、アルバスト先輩が謝ってきます。
「えっ? 何が、でしょう?」
「アリスミーのこととか。せっかく試験が終わったのに、こんな雑用で駆り出してしまうとか……」
私は頭を思いきり横に振りました。
「いいえ。間近で王族の方にお目にかかれるなんて、滅多にないことですから。それに……」
それに私は、土いじりが嫌いではないのです。
「『雑用っていう仕事はない。すべてが大切な仕事だから』と、母が言ってましたから」
「そうか。良いお母様なんだね」
アルバスト先輩が、ふっと笑います。
破壊力抜群の微笑みです。
思わず顔が熱くなった私は、下を向いて言いました。
「はい! 自慢の母です」
アルバスト先輩と私と、ヴィラさんは、庭園の花壇に向かいました。
私が、初めてアルバスト先輩と出会った、あの花壇です。
夏を迎えた花壇は、私がせんだって種を蒔いたマトリカが、ぽつぽつ白い花を咲かせ始めています。
「でもまだ、たくさん咲いているとは言えないですね」
「蕾も、大きかったり小さかったりしてます」
私とヴィラさんが花壇を覗きこむと、アルバスト先輩が言います。
「そうだね。咲いていたり、蕾だったりするけど、フローは同じ日に、種まきしたよね。花壇の右から左まで、ほぼ均等に、種を蒔いたって」
「はい」
「さてさて、こっからが『花いっぱいリーダー』の本領発揮だ。まずはフロー。この花壇の土の入れ替え、俺の指示通りにやってるよね?」
「勿論です」
「それではヴィラ嬢」
「ヴィラでいいよ、アル」
「了解。ヴィラは、花壇の右端からブロック四つまでの範囲で、生えている茎の数と咲いている花の数、それに蕾の数を調べてくれ。フローは左端から同じくブロック四つまで」
「かしこまりました」
ヴィラさんは、あっという間に調べ終えます。
私は少し遅れて数え終わりました。
「さあ、結果はどうだったかな?」
ヴィラさんの調べた区域では、蒔いた種から生えたのは四十本で、そのうち十本に花が咲いていました。蕾は二十五個あったそうです。
私が受け持った区域では、生えた数が三十八本で、咲いた花の数は四個。蕾は十個ありました。
明らかに、右端の方が良く育っています。
「やはりな」
結果を聞き取ったアルバスト先輩が大きく頷きます。
「何か、差が出る要因があったのですか?」
私は恐る恐る訊いてみます。
私の種まきに、不具合でもあったのかしら。
「うん。この花壇、右側と左側で、入れ替えた土が違うものなんだ」
「そうだったのですか」
「ほぼほぼ同じ地域でありながら、収穫量が僅かずつ増えている領地の土と、減り続けている領地の土を用意した」
ということは。
「花が多く開いている右側の土が、収穫量の増えている領地のもの、ということですね?」
「そう、フローの言う通り。実は校内での『お花いっぱいリーダー』に花の栽培をお願いしているのは、校内美化の一環もあるんだけど、本当は国内の領地の、土の質を調べたかったからなんだ」
あわわわ、です。
そんな大それたプロジェクト、だったのですか。
ああ、ウルス様が嫌がる理由、なんとなく分かりました。
ドロート子爵領と、ウルス様のプラウディ領はお隣同士でありますが、ここ数年、なぜかプラウディ領の穀物の収穫が減少しているのです。ドロートの領地では、そんなことはないのに。
プラウディ子爵や夫人は、いろいろ手を変え品を変え、ご苦労されています。
なかなか領地に戻らないウルス様に、何度も帰省を促すお手紙を出されていました。
でも……。
「ギャッ!」
ヴィラさんがいきなり叫びます。
「どうした、ヴィラ?」
ヴィラさんは震えながら、花壇のブロックを指差します。
そこには、丸々としたミミズが、ひょっこりと顔を出していました。
作中の白い花「マトリカ」には、モデルの花がありますが、フィクションとしてお読みいただければと思います。
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