目立たずひっそりのポリシーなのに
『君が植えてくれた白い花が咲くの、すげえ楽しみ』
アルバスト先輩の言葉を聞いた瞬間、私の頭の中に、忘れていた風景が蘇ります。
あれは夏。
誰かと手を繋いでいた。
お母さん? それとも、ウルス様?
いえ、もっと大きく厚い掌だった。
あの時、白い花を見て、私は幸せな気分になりました。
アルバスト先輩は勿論、他の生徒や先生たちにも、いっぱいの白い花を見て、ほんわかとした気持ちになって欲しい。
だから学園全体、お花をいっぱいにしたいというアルバスト先輩のお話に共感し、お手伝いを始めたのです。その気持ちは今も、変わっていないのですが……。
私は、口を開きました。
陰口を言われているらしいこと。
私への評価が、私の親戚にも悪い影響を与えてしまったこと。
「なるほど」
パリトワ様が頷きます。
「じゃあ、陰口が出ないようにすれば、問題ないよね」
アルバスト先輩がじっと私を見つめます。
碧がかった青い瞳が光っています。
私の胸が小さく鳴りました。
「そんなこと、出来るんですか?」
パリトワ様がにっこりします。
悪童のような笑顔です。
「前々から、計画してたことがあったの。『花いっぱいリーダー』もその一つでね。少々早いけど、学園全体で、取り組んで良いかな」
「そうだね、俺が中等部に根回ししないまま、フローナ嬢一人に任せたのが、そもそも不味かったわけで」
パリトワ様は、紙を丸く筒状にして、「そうだそうだ、お前が悪い悪い」とはやし立てます。
仲の良いお二人なんですね。
私もお二人につられるように、訊いてみました。
「前からの計画って、どのようなものですか?」
「聞きたい? 聞きたいよね」
こっくりと頷く私に、パリトワ様の目が縦長になります。
髪が肩で揺れ、まるで黒猫のよう。
「実は……」
話始めたアルバスト先輩を手で制し、パリトワ様が言いました。
「今日は生徒会役員が二人しかいないし、アルに任せると話があっちゃこっちゃに飛ぶのよ。フローナさんの他にも、話を聞いて欲しい人がいるの。だから明日、もう一度来てくれる?」
「分かりました」
生徒会室を出ようとした私は、「あっ」と思い、振り返ります。
「中等部のお花リーダー、続けますね」
アルバスト先輩は白い歯を見せ、拳を前に突き出しました。
◇◇
翌日の放課後。
生徒会室に行くと、パリトワ様とアルバスト先輩の他に、二人の生徒会役員がいました。
お一人は、縦にも横にも大きい男子。ムッキムキです。もう一人は、夕陽のような色の髪を腰まで伸ばした綺麗な女子です。四人とも、『生徒会役員』という腕章をしています。
一方、私以外に、本日ここに呼ばれたらしい生徒は二人。
一人は高等部のリボンを付けた小柄な女子で、もう一人は中等部の男子でした。私と同じ学年ではないようです。
「テスト前の忙しいところ、ようこそ」
パリトワ様が挨拶します。
「生徒会長は、ただ今外遊中なので、副会長の私から、お話します」
たしか入学式で挨拶していた生徒会長は、第一王子でした。
外遊といっても、ただ物見遊山の旅ではないのでしょうね。
「簡単に、生徒会役員の紹介をします。私の左隣の、銀色ロン毛がアルバスト。高等部一年。その隣のデカい男子がルコーダ。高等部二年。そして妖怪、じゃない妖艶な女子がラリア。高等部三年です」
生徒会の諸先輩は、雰囲気がどう見ても高位貴族です。
次に、集まった生徒たちの自己紹介が行われました。
「高等部一年のヴィラです」
「中等部二年のメジオン、です」
私も二人に倣って、簡単に挨拶しました。
「今、わが国は、困った問題に直面してます。それを学園の生徒会が中心になって、解決していきたいと思ってます」
パリトワ様の言葉に、私はだらしなくも口をぽっかり開けてしまいました。
何でしょう?
そんな大それたお役割だったのですか?
お花いっぱいリーダーって……。
熊のようなルコーダさんが、資料を配ります。
「これは!」
高等部一年のヴィラさんが声を出します。
数字が羅列してあるだけの資料ですが、見ただけで内容は分かるのですね。
きっと優秀な生徒さんです。
「我が国の穀物を始めとする収穫量の年次変化と、他国からの食物輸入の変化です」
「減ってる……」
私は思わず声を出していました。
収穫量が年々落ちている。
逆に、輸入量は増加する一方です。
「その通り。大きな災害などなかったこの十年で、どこの領地も収穫が落ち続けているのです。国民の食べ物を用意できない国は、いずれ滅びます」
パリトワ様の目は真剣そのもの。
ガラス玉を買いに来たのに、最高級の宝石をおしつけられた感は、この際置いておくしかなさそうです。
「しかし、学園の生徒に、そんな国家の大きな問題を解決なんてできますか?」
真っ当な質問をしたのは、一年先輩の男子、メジオンさんでした。
「他の国では、どうなっているんですか?」
「それについては、わたくしがお答えしましょう」
立ち上がったのは、妖艶なラリアさん。
「他国は魔術を使用して、収穫量を増加させています」
魔術!
私をはじめ、集まった生徒たちは息をのみました。
魔法や魔術。
それは我がシャギアス王国では、『失われた指輪』と呼ばれています。
百年くらい前までは、わが国でも魔法が使える人たちが一定数居たそうです。
国の歴史で習いました。
しかしながら、いまではお伽噺のレベルです。
よその国もそうだとばかり思っていました。
「では、他国から魔術師を借りるとか、出来ないでしょうか?」
ヴィラさんが訊きます。
「難しいですね。ただ殿下、もとい生徒会長が外遊しているのは、その件に関係したことです」
私は、頭が溶けて、鼻や耳から出そうな気がします。
たしかに、国の中枢部にいる、やんごとなき方々、要は王族や高位貴族の中には、薄っすらと魔力を持つ人がいるらしいという噂はありました。
お花いっぱいリーダーが、この国を救う?
既に脳は思考を放棄しています。
もう帰って、良いでしょうか。
「魔術はなくても、技術は産み出せる。俺はそう思ってる」
アルバスト先輩が、力強く言い切りました。
このセリフは、私の心にストンと落ちたのです。
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