花は心の中にも咲くのかな
最終話です。
私が暗殺者に狙われて、アル先輩は以前よりももっと、過保護になりました。
「心配だから、俺も王宮の別邸で暮らそうかなあ」
そのように、先輩の御父上である宰相に言ったら、問答無用に殴られたと笑っていました。
宰相閣下。
鉄拳、ありがとうございました。
その代わりに、朝はここまで迎えに来て、帰りも送ってくれます。
学園では、休み時間ごとに高等部の教室から中等部の私のクラスまで、様子を見に来ます。
「うっふ。愛されているね」
ステアは刺繍をしながら、私の愚痴を聞いてくれます。
ステアの刺繍の技量は、夏の間にぐんぐん上がり、「売り物になるよ」とメジオンに誉められています。
「そういうステアこそ、どうなのよ。ウルス様」
「元気になって良かったわ。今夜は、快気祝いのお食事会よ」
にこっと笑うステアは、本当に可愛い。
ウルス様のご実家も、秋野菜が順調に育っているそうです。
怒涛の夏でしたが、それぞれが落ち着きを取り戻した秋になりました。
その日の放課後、私は学園の花壇の前で、次にどんな花を植えようか、考えていました。
カサリ。
落ち葉を踏む足音です。
「一人で行動したら、危ないからね」
アル先輩が立っていました。
思えば春。
花壇の前で先輩と出会ってから、もう半年が過ぎています。
「次に、どんな花がいいかなって、考えていました」
「フローの考えは決まったの?」
「ええ、シバンが良いかなあって」
シバンは秋に咲く花です。
クリザンティに似ていますが、もっと儚げで優しそうな花。
「そうか。それじゃあ、また、綺麗に咲くように、花壇にミミズを入れないと」
「あはは……お願いします」
ミーちゃんはやっぱり、必要なのね。
自信なく始まった学園生活でしたが、支えてくれる人たちのおかげで、私は今幸せです。
アル先輩と一緒なら、もっともっと、大きな花を咲かせていけると思うのです。
フローナ・ドロート。
子爵令嬢だが、公爵子息のアルバスト・イルバと婚約中。
アルバスト・イルバ。
宰相である公爵の子息。王立の農業研究所に入りたい。
フローナと婚約中。
◇◇
子爵家の出来事。side ドロート子爵夫人
慌ただしい夏が終わり、実りの秋が到来した。
今までも週に何回か、私は領地の見分に出ていたが、なぜか最近、夫であるスキーラ・ドロートが一緒について来る。
さらに、何故か。
何故かスキーラは、私と手を繋ぎたがるのだ。
「相変わらず仲の良いことで」
領民に冷やかされると、夫は照れくさそうに笑う。
一人娘が婚約して寂しいのか、溺愛していた妹が処罰をくらって、何か思うところでもあったのか。
今更感が、半端ないけれど。
魅了の魔法の無効化。
アリスミー殿下に質問された時に、適当に答えたが、夫の妹、セラシアは特異体質の持ち主であり、魅了魔法を使えるわけではない。
昆虫などは、オスやらメスやらを惹きつける、時別な物質を出している種があると聞く。
ごく稀に、人間にもいるのだ。
汗や体液の中に、超微量の異性を惹きつける成分を、排出する者が。
その成分は、鼻から吸収される。
そして、女性の場合は、不思議と出産と同時に、その微量成分を失う。
出産後のセラシアに対して、その夫君である伯爵は、熱烈な恋愛感情がすっかり消えたと本人から聞いた。
もっとも娘が可愛いので、離婚はしないようだ。
セラシアが、その体質を持っているのではないかと気付いたのは、夫と結婚する前だ。
年々、横幅が増加していくセラシアに対し、独身時代と変わらぬ美貌だと言い続ける夫。認知能力がずれている。
夫は、兄として、生後間もない頃から妹の面倒を見ていたという。
おそらくは長い間、セラシアが出す微量成分を、吸い続けていただろう。
ならば、極ごく少量の、気付け薬の役割を持つ、植物由来の成分を、夫に嗅がせてみたらどうだろう。
邸の中、すべての部屋に、植物由来の成分を用意して十年たった。
どうやら、夫の認知の歪みは、少し改善したように感じる。
まあ、少しだが。
それでも、娘のフローナが美しく成長したことを認められるようになったのは、母として嬉しい。
「なあ」
領地見分の帰り、夫が言う。
「フローナを嫁に出すとなると、跡取り、どうしようか」
「養子を迎えれば良いでしょう」
夫は俯き小声になる。
「後継ぎ、作らないか?」
「はい?」
「もう一回、もう一人だけ、子どもを、作ってみないか?」
えええええ!!
どうして、そういう発想になるの!!
夫は私の心の声に全く気付かず、しっかりと手を握ってきた。
夫の手は、湿っていた。
スキーラ・ドロート
フローナの父。金髪碧眼の美しい男性だった、らしい。
ペリノ・ドロート
フローナの母。同世代の女性としては、宰相の秘書を務めるラドアと成績を競っていた。
◇◇
おまけ・セラシア叔母様は諦めない side グロリアス伯爵
妻は独身時代、「妖精姫」と呼ばれていた。
妻の両親と兄に溺愛され、それはそれは美しく、そして我儘に育った。
私は婚約者がいたが、妻に一目惚れし、強引に妻を娶った。
人生最大の、失敗だった。
出産後、妻は妖精から妖怪になった。
相変わらず我儘。傍若無人。知性も足りない。
だが、生まれた娘は可愛いので、仕方なく結婚生活を続けている。
しかし限界だ。
王宮無期限出入り禁止なんて、高位貴族の恥でしかない。
今更、性格は変わらないだろうし、知性を高めようにも資質が足りないのだから、せめて外見だけでも整えて欲しい。
よって、厳しい食事制限と、妻でも出来る運動をやらせることにした。
痩せたら、ドレスでも宝石でも、好きなものを買って良いと言ってある。
「お父様」
「なんだい?」
そんな母を反面教師にして、娘は最近大人びて、成績も伸びてきた。
伯母である、ドロート子爵夫人をお手本にしているという。
「いつまで続くかな、お母様の減量」
「さあね」
ドッタンバッタンと、妻はよく分からない運動をしている。
掛け声は「ドレス、指輪、ネックレス、バングル……」と物欲満載だ。
まあ出来る限り、諦めないで、続けてくれ。
君が美しくなったら……思い出の中の姿に、少しでも近づいたら……。
好きなだけ、欲しい物を買ってあげるから。
セラシア・グロリアス
フローナの叔母。昔は妖精姫と言われていた。
グロリアス伯爵
セラシアの夫。結婚生活に諦観している。
了
最後まで、お付き合いくださいまして、心より御礼申し上げます!!
また、本作を書くきっかけと作ってくださった、たこす様に御礼申し上げます!!
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お読みくださいました皆様にも、大きな花が咲きますようにお祈り申し上げます。




