学園の生徒会室
フローナと先輩たちのお話です。
そもそも、クラスでもお友だちが少なく、社交的でない私が、自分の悪口めいたものを知る機会は少ないです。
なんで知ったかというと、それはウルス様によってもたらされたのです。
夏休み前に行われるテストの為、私はミーファと図書館で勉強していました。
図書館は、学園内に一つだけ。
中等部生も高等部生も一緒に使っています。
「ちょっといいかな、フローナ」
聞き覚えのある声がやって来ました。
少しだけ。
ほんの少しだけ、胸がどきっとします。
「はい、なんでしょう、ウルス様」
手招きされて、廊下に出ました。
私が入学してから、ウルス様とお話するのは、これが初めてです。
婚約式の時よりも、さらに背が伸びたウルス様は、髪の長さも変わっていて、大人びた感じです。
ただ、私が見たこともなかった、眉間に皺を寄せた表情をしています。
機嫌、悪そうです。
「あのさ、止めて欲しいんだ。花の手入れ」
「えっ?」
「迷惑してるんだよ、俺もステアも」
何故? どうして?
花壇の手入れが、迷惑?
ウルス様に? なんでステアが?
「田舎から、出てきたばかりの君は知らないだろうけど、アルバストの家って公爵だよ」
「存じて、おりますが……」
「じゃあ、なんで一緒にいるのさ。君が『どろんこ令嬢』とか『花を使って男に言い寄る田舎娘』なんて呼ばれているから、ステアまで白い眼で見られているんだ。繊細な彼女は、それが辛くて体調崩して、ここしばらく欠席しているというのに!」
ぞっとするような口ぶりで、ウルス様は言いました。
今の今まで、私は陰で何と言われているかなんて、全く知らなかったのです。
そして、私のせいで、ステアにまで迷惑をかけていることなど、思ってもいませんでした。
「も、申し訳、ないです」
震えながら頭を下げました。
廊下を通り過ぎる生徒らが、チラチラとこちらを見ているのが感じられます。
「ふん。分かったならいいよ。これ以上、こっちに迷惑かけるな!」
立ち去るウルス様の背中を見ることなく、私は頭を下げ続けました。
もし今一人きりだったら、きっと泣いていたでしょう。
図書室に戻ると、ミーファが心配そうな顔をしています。
「どうしたのフローナ? 顔色悪いよ」
「うん、ちょっと、ね」
深くは聞かず、ミーファはキャンディを一つ、渡してくれました。
「無理、しないで」
私は頷き、キャンディを有難く頂きました。
心遣いにまた、涙が出そうです。
でも。
涙を流す前に、やるべきことをしなければ。
私は生徒会室を目指しました。
アルバスト先輩を捕まえて、『中等部お花いっぱいリーダー』を解任して貰わなければ。
生徒会室は五階建て校舎の最上階にあります。
場所は知っていましたが、足を踏み入れるのは勿論初めてです。
私は、恐る恐るノックしました。
「失礼します。中等部一年S組のフローナ・ドロートと申します」
すると向こうからドアが開きました。
「あら、いらっしゃい。どうしました?」
開けてくれたのは、黒髪を肩で切りそろえた女子生徒さんです。
制服のリボンの色から、高等部の方だと分かります。
切れ長の紫がかった瞳は涼やかで、理知的なお顔の方です。
「あの、アルバスト先輩、いえ、アルバスト・イルバ様は、いらっしゃいますか?」
理知的な女子の先輩は頷いて、室内に声をかけました。
「アル! 中等部の可愛いお嬢さんが来てるよ!」
バタバタと足音がして、アルバスト先輩が奥から出てきます。
白いシャツ姿の先輩を見るのは、新鮮ですね。
いつもは『ザ・庭師』ですから。
「ああ、やっぱりフローだね。どうしたの?」
先輩の笑顔は、夏の午後の光のようで、私は思わず目を伏せました。
先ほどの、ウルス様の表情や口調が、あまりにもキツイ感じだったので、先輩がとても眩しいのです。
思わず、伏せた目元から、ポタリ。
あっ。
やだっ!
つい涙を零してしまった私を見て、アルバスト先輩は慌てます。
その背後から、理知的な女子先輩が、アルバスト先輩の首を絞めます。
「ゴラア! お前、いたいけな中等部女子に、何したんじゃあ!」
「してない、してない、まだしてないって」
「これからする気だったんか!」
涙を流しながらも、お二人のやりとりを聞いて、つい笑ってしまいました。
あとから理知的な女子先輩は、筆頭公爵家の令嬢、パリトワ様と紹介されます。
パリトワ様は、第一王子の婚約者であるということも。
生徒会室には、たまたまアルバスト先輩と、パリトワ様しかいなかったので、私は少しほっとしました。田舎令嬢はわりと人見知りなのですから。
その爵位と身分を感じさせることなく、パリトワ様は、自ら紅茶を淹れてくれました。
一口飲んで、私は言いました。
「中等部の花いっぱいリーダーを、辞退させていただきたいのです」
「えええええ!! なんでなんで? フローじゃなきゃダメだよ」
アルバスト先輩の頭を、パリトワ様がパチコーンと叩きます。
そして私に、優しい口調で訊きました。
「理由を、辞めたい理由を教えてくれる?」
ヘンな嘘や言い訳を、この二人の先輩に、私は言いたくなかったです。
年下で、身分も下の一介の中等部生に、真摯に向き合ってくれる人たちです。
だからと言って、ウルス様のことを告げ口したくもない。
黙ってしまった私に、アルバスト先輩がぽつりと言いました。
「俺、君が植えてくれた白い花が咲くの、すげえ楽しみなんだ」
ここまでお読みくださいまして、心より感謝申し上げます。
なぜに「お花いっぱいリーダー」なんてものが必要だったのか。
次話以降、明らかになっていきます。




