スローライフとなりそうな気配だが
婚約したフローナ、王宮内に越して来ました。
王命により、私、フローナ・ドロートは、アルバスト・イルバ様と婚約いたしました。
夏期休暇中に、学園内の寮から王宮の別邸に荷物を移し、正式な婚姻までの間はそちらに住むことになったのです。
あ、侍女は付きますが、別邸で暮らすのは私一人です。
本邦の成人年齢は十六歳です。
高位貴族として恥ずかしくないお作法を、身に付けるための別邸生活ですが、本分は学園でのお勉強と、生徒会役員としてのお仕事であるのは今までと変わりません。
アリスミー殿下から、新たな指令を受けました。
「指令その一。王宮内に、なるべく多くの種類の花を咲かせること」
はいはい。
なんといっても、お花いっぱいプロジェクトのリーダーですもの。
「指令その二。非常食になりそうな、野菜や果物を栽培すること」
お花と一緒に、実らせましょう。
「指令その三。動物も育ててみよう」
ええ?
動物ですか。
ミーちゃん、じゃないですよね。
可愛い生き物なら良いな。できれば、モフモフ系の。
王宮に、荷物を運び終わった翌日に、殿下とパリトワ様が、大きな篭を持って、別邸に来ました。
篭には、大小様々な卵が入っています。
鳥の卵かしら。
「片付けも済んだようだな、フロー。篭の中は、いろいろな種類の卵だ。頑張って孵化させるように」
一つだけ、大きな赤い卵があります。
殻に「サラマンダー」と書いてありますが、これって殿下の冗談ですよね。
ね……。
「あと、これは私からのプレゼント」
パリトワ様が、懐から何かを取り出します。
動いてます。
モコモコしてます。
私の髪と似たような、ベージュの毛色です。
これって……。
「ううう……」
「そう、ウサギ。まだ子ウサギ。寒がりだから、温かくしてあげてね」
片手に乗る大きさの生き物は、キョトンとした瞳で私を見つめます。
私はそっと、服の中に入れました。
さっそく、クローバーを植えましょう。畑には、人参とキャベツと……。
子ウサギを服の中に入れたまま、私は別邸の庭の一部を開墾し、種蒔きを始めました。
緑のクローバーが生えそろったら、ウサギさんを走らせましょう。
そんな妄想をしている時に、アルバスト先輩がやって来ました。
「さっき、殿下とパリトワに会ったよ」
「はい。ここまで、プレゼントを届けてくれました」
アルバスト先輩も篭の中の卵を見て、「サラマンダー?」と呟いてます。
「俺からも、貰ってくれる? プレゼント」
「もちろんです」
先輩は、ポケットから小箱を取り出し、私の目の前で開きます。
「!!」
それは指輪でした。
五種類の色石が、花を形作っています。
赤、青、黄色、水色そして紫色の小さな石です。
先輩は、私の左手の薬指に、そっと付けてくれました。
キラキラして、綺麗です。
綺麗、という言葉以外、浮かんできません。
「どうかな……フロー」
昔、子どもだった頃、野に咲く花で、作ってもらったティアラ。
自分で摘んだ花をくるんと、薬指に巻いた指輪もどき。
いきなり想い出が蘇り、ぐるぐると溢れます。
「う、う、う……」
言葉が、出てこないのです。
ただ、涙がぽとり。
「う?」
先輩の指が、私の涙を拭こうとします。
すると、私の胸元から、ぴょこんと顔を出す子ウサギ。
「うわっ!」
先輩は、一瞬のけ反ります。
「嬉しいです、先輩。もう本当に嬉しい! で、これはウサギです」
「なんでウサギが胸元に……」
「寒がりだから、あったかくしてねって、パリトワ様が」
先輩はすっと子ウサギを抱き寄せます。
「名前は? ウサギの名前」
「ええと、アイ、です」
咄嗟に名づけました。
先輩からいただいた指輪に、ひと際輝いていたのが、紫色のアイオライトだったから。
「そっか。よろしくアイ。いいな、お前、フローの胸の中……もそもそ動いて…………」
ウサギのアイを抱いた先輩は、何やらブツブツ言ってます。
「そうだ、フロー」
「はい」
「いい加減、俺のこと、アルって呼んで欲しいな」
えっ。
アルバスト先輩はアルバスト先輩でしょう。
でも、先輩がそう言うのなら……。
「アル…………先輩」
ああ、なんだか恥ずかしい。
「はぁ。やっぱり『先輩』付くんだ」
◇◇
それから卵も次々孵り、カモやウズラ、鶏のヒナが生まれました。
最初に目が合った私の後を、ヒナたちはチョコチョコ追ってきます。
最後に、真っ赤な卵が孵り、朱色のトカゲがお出ましになりました。
火を、吹くのかな? これ。
秋が始まりました。
クローバー畑が広がって、子ウサギのアイは順調に大きくなっています。
ヒナたちも、ミーちゃんの親戚筋のような土中の虫を食べたりしながら、羽の色が変わっています。
朱色のトカゲさんは、まだ火を出しません。
そんなある日。
王宮警備担当の騎士が、別邸まで走ってきます。
「フローナ様。ちょっと!」
顔色、悪いですね。
「今、門のところに……」
騎士の話によれば、門に叔母が押しかけて来ているそうです。
ステアの母であり、グロリアス伯爵夫人の、あの叔母です。
伯爵夫人とはいえ、アポなしで無理やり、王宮に入れるわけないでしょう。
「納得いかないわ! なんでフローナみたいな地味な子爵の小娘が、王宮に住んでいるのよ! しかも公爵子息と、婚約までしたっていうじゃない!
フローナを出しなさい!
私は、伯爵夫人です!」
モフモフ動物、ウサギじゃなくても、犬とか猫とかで良いのでは?
と思った方、正解です。
次回、暴走する叔母、どうなるフローナ!
完結まであと僅か。
よろしくお願い申し上げます!!




