やってきたのか、コイバナ
水田に落ちたら、きっと泥だらけです。
私は、ルトの水田に落ちたはずでした。
ルトの花の咲かせているのは、豊かな水と土壌です。
要するに、私が落ちたのは、泥水の中。
だった、はずです。
ところが。
ぎゅうっと目を瞑った私の目には、信じられない光景が見えていました。
私は透き通った水の中を、ゆっくり泳いでいます。
上を見ると、彼方の水面には、ルトの花の茎が見えています。
水面には、地上で何が起こっているのかが、はっきりと映っています。
私たちの居た場所に飛んだ矢は、ルコーダ様とラリア様によって、打ち落されました。ルコーダ様は縦横無尽に長剣を揮い、ラリア様は短剣で、シュバシュバ矢を切っています。
お二人の動きは、まるで舞いのよう。
川の向こうで構える西の国の兵隊は、次の矢を構えています。
みんな、逃げて! 気をつけて!
声を出そうとする私の口から、ポコポコと泡が零れていきます。
気泡は、水面を目指し、どんどん上昇しています。
光の束が集まり、柱になったような場所を目指して……。
川の向こうの様子が見えます。
弓を構える兵士の前に、誰かが飛び出して来ました。
他の兵士よりも、いかつい甲冑を付けています。
偉い人、なのかな。
その人が大きく両手を振って、何か叫んでいます。
コウゲキ、チュウシ
私にはそう聞こえました。
降り注ぐ光は白金に輝き、水面全体がキラキラしています。
もう少しで水面に手が届き……そう…………。
「大丈夫か! フロー!」
目を開けると、アルバスト先輩の顔が間近にありました。
先輩は、泥だらけの私を、ルトの水田から引き上げてくれたようです。
私は手で顔の泥を掃い、自分の足で立ち上がります。
体中、ルトの花びらにまみれていて、頭にも花が載っていました。
頭の花を取ろうと、私は片手を上げました。
その瞬間。
うおおおおおお!!
川向うから響く声。
兵士らが、拳を突き上げています。
「!!」
いかつい甲冑をつけた偉い人(多分)が、何か叫びます。
すると、川向うの、先ほどまで弓を構えていた兵士一同が、こちらに向かって一斉に、低頭したのです。
え、何があったの ?
誰かが、殿下あたりが、幻術でも使ったのですか?
アルバスト先輩を見ると、先輩も頭をひねっています。
川の向こうは、澄んだ青空が広がっていました。
◇◇
その後、私は泥を落とすために、ドロートの邸に戻りました。
湯浴みし、着替えが終わった頃に、殿下がやって来るという先ぶれが来ました。
「お、お嬢さま、で、殿下が、第一王子殿下がこちらに、お見えになると、今!」
ロジャーがおののいてます。
イザペラは、バタバタしています。
「まあまあ、そうなの。おもてなし、しないとね」
母はいつもと変わらず、優雅な仕草です。
父は。
いつも空気の父は、なんと正装してます。
どうしちゃったの、パパ!
ドロート邸が落ち着く頃に、敷地に馬車が一台入って来ました。
馬車からは、殿下とパリトワ様、そしてアルバスト先輩が降りてきたのです。
三人は、いつもの農作業用の服ではなく、準正装といった服装です。
「子爵、子爵夫人、フローナ嬢。大儀である」
こんな時の殿下は、ちゃんと王族の方ですね。
父も母も私も、正式なお辞儀をいたします。
「子爵令嬢を脅威にさらしてしまったお詫びに、今日は来たのです」
パリトワ様が話を進めます。
「質問、よろしいですか?」
「どうぞ、フローナ嬢」
「早朝に、川向うから攻撃を受けることは、ご存知だったのですか?」
「はい、ある程度は」
「申し訳ない、フロー。俺、いや私がもっと気をつけているべきだった」
アルバスト先輩が頭を下げます。
「いえ、大丈夫でしたので」
一つ咳払いをして、殿下が話を始めます。
「狂信的な一部の人間への対策として、川沿いにルトの花を咲かすという、フローナ嬢の提言は見事であった。実際、攻撃してきた一団も、ルトの花を踏み荒らすことが出来なかったからな」
「では彼らが、武器を捨て低頭したのは、降伏、ですか?」
「まあ、降伏の意もあるようだが……」
アルバスト先輩が私を見つめます。
「君を、フローを指して、『女神』と言っていた」
へっ!
なんですって!?
めがみ??
くすくす母が笑う。
「御免なさいね、一言だけ。隣国の伝説、前に話しましたね。ルトの花の上に、女神が降臨するという」
私の場合だと、泥だらけの女神なんですが。それでいいの?
「子爵夫人のおっしゃる通り、彼らは君を女神と思ったらしい。そこで本題だ」
ええ……。
今までは前説だったのですかぁ。
殿下の話、くどいよね。
絶対言えないけど。
「今度は攻撃ではなく、フローナ嬢への過剰な執着、誘拐などが推測される。それゆえ、我がシャギアス王国が責任を持って、彼女を守護していきたい。その承諾を子爵にいただきたいと思う」
一つ息を吐き、父は殿下に答えます。
「御意」
「恐れながら殿下」
「なにかな、夫人」
「具体的には、どう娘を守って下さるのかと」
待ってましたと言わんばかりに、殿下はにやりと笑う。
「フローナは王宮にて生活してもらう」
「身分が……子爵では前例がないのでは?」
「そこは大丈夫! パリトワ説明を」
「まずは、ここにいる、アルバスト・イルバ公爵子息と、婚約をしていただきます。ご存知の通り、イルバ公爵は宰相でもありますので、ご子息はその助手をかねて、王宮に滞在し、フローナ嬢をお守りできるのです」
ぎゃあああ!
なんていうことを、パリトワ様!!
なんですか、その、アルバスト先輩にとって罰ゲームみたいな婚約は!!
「身に余る光栄でございます」
「わたしも、誠心誠意を持って、フローナ嬢をお守りする所存です」
父とアルバスト先輩は、互いに頭を下げていました。
混乱する私が母を見ると、母は頷いていました。
父に視線を向けると、ふいっと逸らされました。
準備の良いパリトワ様は、貴族同士の婚約に関する書類を持参していて、父はさくさく署名をしました。
婚約してしまったフローナの未来はどうなるのでしょう。
本編完結まで、あとちょっと。
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