ルトのお花いっぱいプロジェクト
ようやく、『お花いっぱいプロジェクト』
思えば、これがこの年の夏、最大かつ最高のプロジェクトになったのです。
お花いっぱいリーダーを拝命した私、フローナ・ドロートには勿論、生徒会役員にも、学園全体にとっても、二度とない、想い出深い体験となりました。
題して、『国境線を、ルトの花で埋め尽くすプロジェクト』、発足です。
国境線を流れる川のプラウディ領から王都にかけての畔に、ルトの水田を作るのです。
ルトは水と豊かな土壌が必要なので、まずは土壌作りです。
アルバスト先輩と私が中心となり、プラウディ領での経験を踏まえ、畔の雑草地帯がどんどん水田に変わります。
あ、水田の整備の仕上げは、深夜に行われる、アリスミー殿下の青い炎の儀式でした。
私から殿下にお願いしました。
あの、青い炎がもう一度、見たかったのです。
「わたしは、お祓い屋ではないのだが」
殿下は少々、複雑な表情でした。
水田に植えるルトの種は、私の手持ちだけでは当然足りず、メジオンが商会の威信にかけて、必要な数の種を揃えました。
地勢図片手にヴィラさんは、種と種との間隔を計算し、区分けした場所に種の数を書き出していきます。
ルコーダ様とラリア様は、密かに警備に当たられているそうです。
平民の服装で、ルコーダ様の配下の騎士が、あちこちに配備されてもいます。
さあ。
あとは、ボランティアの生徒や、近隣の平民の方が参加しての、ルトの種蒔きです。
パリトワ様は、種蒔きに参加した人たちに、食料を差し入れてます。
ひと休みして、私もいただくことにしました。
「ねえ、フロー」
「はい」
「ルトって良い植物ね。実も根も食材に出来て」
「栄養価、高いですし」
「私が学園内で『お花いっぱいプロジェクト』を提案した理由の一つが、いずれ来る食料危機への対策だったわ」
「はい、そうお聞きしました」
パリトワ様は優雅に微笑みます。
「まだフローには、言ってなかったことがあるの」
おや、どのようなことでしょう?
「食料危機を解決する鍵は、学園にあるってこと」
「へええ! そうなのですね!」
「だって、ご覧なさい。プラウディ領の土壌改善も、ルトの花を咲かせようとしているのも、ほとんどが、ウチの学園の生徒でしょう」
あ。
ホントだ!
なぜかは分からないけれど。
泥だらけになりながら、多くの生徒が参加しています。
殿下はもとより、アルバスト先輩、パリトワ様が、この国でも指折りの名家だから、忖度で付き合っている生徒も、中にはいるでしょうが。
私はなんだか、嬉しいです。
知識を得るだけなら、自室で家庭教師に教えてもらえば十分です。
でも。
こんな体験は、一人では、きっと出来ないです。
「私、再び種植えに行ってきます」
日暮れの時間が少しずつ早くなってきました。
もうすぐ、夏は行ってしまいます。
学園の休暇も、そろそろ終わりに近づいた頃。
「ルトの蕾が、昨日より膨らんでいます」
「蕾の先が、ほんのりと紅くなってきました」
種を蒔いた生徒たちは、そのままルトの成長を見守っています。
「そろそろかな」
アルバスト先輩が訊いてきます。
それはルトの花の開花日のこと。
「明日か、明後日には」
私は答えました。
「じゃあ明日からは、日の出の前に集まって、ルトの花がひらくところを見よう」
アルバスト先輩が、私の肩をぽんと叩きます。
一緒に……。
見ましょうね! 先輩。
翌日。
暗闇の端が紫色になり、やがて薄紫に変わっていきます。
東の空は下側から、橙色が広がり始めました。
川から来る風は、ルトの水田に乳白色の靄を運んでいます。
東方から、一筋の光が届きます。
光が届くと同時に、靄は消えていきます。
ぽん!
弾けるような音が一つ。
光が最初に当たった場所には、水田からすくっと伸びた茎の上に、薄紅色の花が咲いています。
ぽん。
ぽん。
ぽん。
次々と、ルトの花が開いていきます。
一緒に開花を見ていた人たちは、ほおっとため息をつきます。
美しいだけではない、神々しい花。
信仰の対象になるのも、分かるような気がします。
「綺麗だ……」
アルバスト先輩はそれ以上、言葉にできないようです。
私も黙って、頷くばかりでした。
バサッ! バサバサッ!
川から、水鳥が飛び立ちます。
「危ない!」
そう叫んだのは誰でしょう。
国境線を越えた川の向こうから、たくさんの矢が降ってきました。
そのうちの一本が、私の体を掠めます。
避けた拍子に、私は水田へ、落ちていったのです。
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最後までお付き合いくださいますことを、心中願っております。
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