花から生まれる女神とな
本日二話目です。
ドロート子爵邸で兵士を捕らえ、邸から持ち帰った花の種を蒔いてから、二週間ほど経ちました。
汚泥だらけだったプラウディ領は、余分な物は片付き、農地は瑞々しくなっています。間もなく、秋用野菜根菜の、種蒔きを開始をするのでしょう。
農地と農地の間には、マトリカやクリサンディが芽吹いています。こちらももう少ししたら、花が咲くはずです。
川の近くの、水はけの悪い場所は、あえてそのままにして、ルトの種を蒔きました。
十分な水と夏の天候で、すぐにルトは芽を出し、葉を広げています。
「ルトの花、見たことある? フロー」
「ええ、邸では時々」
「どんな花?」
質問してくるアルバスト先輩は、意外にもまだ、ルトの花を見たことがなかったようです。
私は両手を広げます。
「このくらいの大きさで、花びらは五十枚くらいあります。外側は薄い朱色なんですが、内側はもっと赤い、そうですね、夕焼けみたいな色です」
「へえ! きっとすごく綺麗な花だね。楽しみだな」
「早朝に咲くんです。朝もやの中」
アルバスト先輩は、目を細めます。
もし、夏の終わりに咲いたなら……。
一緒に……。
一緒に見てみませんか。先輩……。
「おーい!」
一番大きな野営テントから、メジオンが走って来ます。
「殿下が呼んでる、アル先輩。あとフローも」
二人して、殿下の元へ参上しました。
テントには、殿下とパリトワ様とヴィラさんがいます。
殿下が泊まっているテントの内部は、どういう作りになっているのか、夏でも暑さを感じないのです。
「これは軍用だからな。暑さ寒さをしのげるように、作ってもらっている」
私の「暑くない」という感想に対して、殿下はにやりと笑います。
「あとは、わたしの氷結魔法!」
「えっ! すごい!」
私が素直に驚いたら、パリトワ様やアルバスト先輩は、掌を左右に振っていました。
椅子代わりの木箱の上に、皆、座ります。
殿下は木箱を二段重ねて、腰を下します。
一番位が高いですから。
「生徒会の諸君。大儀である。集まってもらったのは他でもない。陛下が帰国された」
国王陛下と王妃様は、たしか外遊に出られていましたね。
「まあ、外遊と言うより、『交渉』だがな」
戦争に勝つことよりも、戦争を起こさないことが重要であると、地政学で習いました。交渉は、そのための手段の一つなのでしょう。
「特に今回は、デバイオの国王と直々に会談し、交渉が成立したようだ」
「すごい! さすが陛下ですね」
私はついまた、素直な感想を漏らしてしまいました。
「まあ、な。我がシャギアスからは彼の国へ経済支援と食料援助を行う。代わりに、デバイオは北方の国の進軍を止めてもらう」
デバイオの北部には、魔獣を使役すると言われている国があります。
もっとも謎に包まれた国なので、魔獣云々も不確かなんですが。
「そんな国家レベルの話、俺たちにして良いんですか?」
メジオンが悪戯小僧のような表情で、殿下に訊きます。
「いや、来週あたりには、国内で周知予定だから問題なし。しかし、だ」
殿下は私の顔を見て言います。
「プラウディ子爵領への水路汚染や堤防決壊の疑い、並びにドロート子爵邸への不法侵入は、すべて不問に付す、ということになった」
はあ……。
そうなんですね。
それが、政治的判断、ということですね。
ミーちゃんが一匹、殉職したのですが……。
「それじゃあ、捕らえた兵士たちは……」
アルバスト先輩の質問に、殿下は答えます。
「ルコーダがもう、先方へ引き渡した」
「でも、アリスミー。国同士の約定を知らずに、はねっ返りが再び、此処やドロート領を襲うなんてことは、ないのかな?」
パリトワ様と同じことを、私も考えました。
「その心配は、残っている」
「ダメじゃん、それじゃ」
ため息をつく殿下とアルバスト先輩。
「それを防ぐ方法が、一つある」
重低音の声がテントに入って来ます。
声の持ち主は、ルコーダ様でした。
「ルコーダ、聞き出せたか!」
「俺というより、ラリアが、な」
どうやら、ドロート邸で捕らえた兵士たちから、ラリア様が情報を掴んだようです。
しかしラリア様、あの細腕で、どうやって?
まさか……。
ご、拷問なんて、ないですよね。
「ドロート邸に侵入したのは、デバイオでも急進派の連中らしい。急進派はデバイオの中でも、少々特殊な信仰を持っているそうだ」
特殊な信仰?
アル先輩のミーちゃん教、みたいな?
「何の神を信じていると?」
ルコーダ様の説明に、殿下の声が鋭くなります。
「女神だ。しかも、ルトって言ったかな、その花から百年に一度生まれる女神を、強烈に信仰している」
ルトの花。
晩夏の早朝に咲く、大輪の花。
「信仰の対象ならば、きっとその花を傷つけることは、ないのでは……」
私は思わず呟きます。
わざわざその実を狙って、他国の邸を襲いに来るほどですから、彼らにとっては神聖な花なのでしょう。
私の呟きに、アルバスト先輩が、私を見つめました。
さて、フローナはルトの花を、どう活用すると言うのでしょうか。
たくさんの方にお読みいただき、感謝しております!!
誤字報告、いつも助かっています!!




