従姉の気持ち
ステアのお話です。
彼女も彼女なりに、もがいていたようです。
side ステア
今もかろうじて婚約者であるウルスの、お見舞いに行った。
ウルスは、何かの毒が溜まって、心と体が不安定になっているという。
殿下の計らいで、ウルスは現在、王都でも評判の良い診療所にいる。
「もう、ウルスなんて見限って、もっと高位の相手を見つけなさいよ」
母はそう言ったけれど、私は新しい相手を見つけようとは思わない。
ウルスとの婚約を、解消しても構わないけれど。
そもそも、私は婚約とか結婚とかに、今は憧れを持てないのだ。
ウルスから結婚を前提にしたお付き合いを申し込まれた、最初の頃は良かった。
ウルスに恋愛感情はまったくなかったけれど、貴族の結婚なんて、そんなものだと思っていた。
友人がいなかった当時の私には、同世代の人と話しをするだけでも楽しかったから。
ウルスが学園に入学し、頻繁に当家の邸に立ち寄るようになった。
父は歓迎していたが、母はあまり良い顔をしなかった。
ウルスの方が、爵位が低いことに不満があるようだった。
「あなたは美人なんだから、もっと良い相手がいるわ」
そう言って、しばしばお茶会に連れ出された。
伯爵家以上の夫人が集まるお茶会だった。
正直、嫌だった。
ご婦人たちは口先だけの誉め言葉を言う。
「まあ、なんて美しいお嬢様」
「お母様のお若い頃にそっくりね」
そして彼女らは横目で母を見ながら、必ず、次の言葉を言うのだ。
「でも、美しさは一時のもの。かつての『妖精姫』だって、ねえ……」
婚前の母の美貌は有名だったそうだ。
まあ、顔面の配置は今も、整っているとは思う。
だが、私を産んでから、体型はどんどん膨らんだみたいだ。
お茶会の場では、余分なことも耳に入った。
「グロリアス伯爵も、馬鹿なことをしたわね」
「ラドア様と、そのままご結婚されれば、ねえ……」
どうやら、父には家同士で決めた、良家の婚約者がいたようだ。
だが、若かりし頃の母に溺れ、勝手に婚約を破棄し、母と結婚した。
「ラドア様は結局、ご結婚されないままね」
「でも文官として、宰相の元でご活躍よ」
「結局、才女は重用されるのね」
女性でも、王宮で働くことが出来るのか。
結婚しなくても、生きていく道はあるのだ。
そういえば、伯母であるフローナの御母上も、フローナに言っていたっけ。
「貴族の女性に美しさは必要。でも、それだけじゃ、ダメよ」
今私がどんなにちやほやされても、年を取ったら見向きもされなくなる。
それは、母に対する父の態度を見れば想像がつく。
ラドア様。
どんな女性なのだろう。
ある日、学園からの帰り道、馬車から外を眺めていたら、父の姿を見つけた。
父は、すらっとした女性と歩いていた。
女性は髪を肩で切り揃えていて、男性が着るような紺色の上着を着ていた。
私は直感する。
きっと、彼女がラドア様なんだ。
馬車を止め、駆け出した私は声をかける。
「あ、あの!」
「おや、ステアじゃないか。どうした?」
父は驚く素振りもなく、私の顔を見る。
そのまま、娘であることを隣の女性に紹介した。
「初めまして。ラドア・イエーカーです」
笑顔が爽やかだ。
雰囲気も物腰も、とても柔らかい。
この女性が、ラドア様……。
「今日は王宮に用があってね。彼女は宰相の秘書官だよ」
「お父様とは、学園時代の同級生だったの」
父とラドア様が並んでいると、凄くお似合いだと思う。
化粧の濃い、年齢と体型を無視したドレスを纏う、母よりも、ずっと……。
邸に戻ってからも、父はラドア様のことを何も言わなかった。
私も敢えて尋ねたりしない。
だが、ラドア様に会って、決めたことがある。
母の言うことばかり、聞いていてはいけない。
私の生き方は自分で決めていきたい。
そのためには、もっと色々な意見を聞かないと。
そんな私の考えを、母以外に否定する人がいた。
それが、婚約者であるウルスだった。
「今更、もっと勉強しようって、何言ってるの」
「君がフローナみたいな頭でっかちになったら、僕はイヤだな」
「成績優秀者になって、生徒会にでも入るつもり? 無理無理。君の頭はそれほど良くないから。フローナと違って」
そんなこと、言われなくても分かっている。
フローナは賢い。それはもう、小さい時から。
生徒会に入りたいから勉強するんじゃない。
自分の未来を自分で決めたいから、もっと学びたいんだ。
そこまで言ったら喧嘩になった。
しかも学園のパーティの場で。
「婚約破棄だ!」
ウルスは叫ぶ。
それならそれで、構わない!
だからパーティに来ていた伯母様とフローナに頼んだ。
せめて夏休みの間は、母から離れて過ごしたいと。
◇◇
フローナと一緒に、毎朝毎夕水やりをしていたら、ウルスのお邸に召集された。
そこで、プラウディ子爵とウルスには、加療が必要だと分かった。
病室でウルスは、静かに本を読んでいた。
「やあ、ステア。来てくれたんだ」
少しほっとした。
こけていた頬もふっくらして、顔色が良くなっている。
「君は、陽に焼けたね」
ああ、昔の笑顔だ。
ギラギラしていた目付きも、穏やかになっている。
「することもないから、勉強しているよ」
ウルスが読んでいるのは、殿下から下賜されたという歴史の本だった。
「体が治ったら、もう一度真面目にやってみるよ」
体から毒気がだいぶ抜けたようだ。
婚約に関しては、しばらく保留のままで良いかな。
次回、フローナは種を蒔きます。
うまく咲くでしょうか。
ここまでお読みくださいまして、本当に本当に、ありがとうございます!!
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