顛末
なんで子爵家、が狙われたのでしょうか。
片付けが済んだ客室で、ルコーダ様は話を始めました。
母はソファを勧めたのですが、ルコーダ様は直立したままです。
「発端は、西国デバイオの、不穏な動きでした」
話を聞きながら、私とアルバスト先輩は、床に散らばったミーちゃんの回収をしてます。
ミーちゃんは、不穏な動きで逃げています。
「学園内でも、デバイオから来ている生徒が、密かに生徒会を通じて、本人の身の安全を要求したりしていました」
ミーちゃんの安全は確保できました。
ほっとした私は、ソファーに座り、お茶を飲みます。
「そこで今年の春季休業中に、アリスミー殿下はデバイオを含め、近隣諸国を廻られたのです」
そう言えば、初めて生徒会室へ行った時、殿下は外遊中でしたね。
「デバイオで殿下が見たものは、荒廃した土地と、路上にあふれる大量の貧民。痩せた若者が徴兵され、軍事訓練に強制参加させられる姿。そして国中に漂う、怨嗟の声だったそうです」
貧民や痩せた若者を、軍事訓練に参加させる?
何のために?
「国内の問題から国民の目を逸らすには、他国を敵とし、戦争を起こすのが手っ取り早いですからね」
「夫人のおっしゃる通りです」
何と。施政者というのは、そんな考えを持っているのですか!
迷惑極まりないですね……。
しかし何故に、その切っ先がドロートとプラウディの領地に向けられたのでしょう。
軍事施設があるわけでもなく、両子爵はそれほどお金持ちではないですが。
「まず一点目ですが、デバイオからシャギアスの王都まで、一気に攻めるための橋頭保として最適な場所でした。特にプラウディ領は。 二点目は、食料の確保に絶好の場所だったのです」
ああ、ドロート領の農作物目当てでしたか。
なまじ生産量が増加してましたね。
しかし、そのために、プラウディ領の農地をダメにするとか、よくまあ手間暇かかる、面倒な戦略を立てたものです。
「更に、もう一つあったようです」
まだあるんかい。
「ドロート家秘蔵の『幻の種』を、手に入れたかった。……それが、今回ドロート邸を襲った主な理由ですね」
種、ですか!
幻の種なんて、我が家にあったのかしら?
「もしかして、ルトの実のことかしら?」
母が呟きます。
ルトは、泥の中からでも、大きな花を咲かせることが出来、その実も根も、薬になり食用にもなるという、見て良し、食べて良しの優れた花です。
でも、幻というほど、稀少なものではないような……。
「確か、お隣の国では、百年に一度、ルトの花の上に、女神が降臨するという伝説があるの。だから、ルトの種は神殿で、厳重に管理されていると聞いたことがあるわ」
「夫人のおっしゃる通りですね。デバイオは食料自給が困難で、穀物があまり育たない。栄養価の高いルトの実と根は、彼らにとって貴重なものなのでしょう」
母は「そう言えば」と立ち上がり、イザペラと厨房へ行き、すぐに戻ってきました。
イザペラが、皆の前に皿を配ります。
お皿の上には、小粒の白く丸い物が載っています。
「ルトの実の砂糖漬けだ」
懐かしさに私は声を出しました。
風邪気味の時に、食べさせられていたものです。
「よろしかったら、皆さんもお召し上がりになって」
父も表情が和らいだようです。
「酒を飲みすぎた時に良いんだ、これは」
ルコーダ様もアルバスト先輩も、ポリポリ食べてます。
「あ、そうそう。お若い男性が食べすぎると……鼻血……」
母が言い終わる前に、アルバスト先輩は鼻血を出しました。
◇◇
ルコーダ様は殿下に報告すると言って、一足先にプラウディ領に向かいました。
私はここまでやって来た、本来の目的を忘れるとことでしたね。
「お母さん、お花の種が欲しいの」
「あら、何のお花? プラウディ子爵領にはなかったの?」
プラウディ子爵とウルス様は、王都の診療所で安静に過ごしており、子爵夫人は付き添いをしています。プラウディのお邸の使用人に訊いてもよく分からなかったので、ここまで帰ってきたと、私は母に言いました。
「マトリカとクリザンティなら、たくさんあるわ。マトリカは虫除けにもなるし、良いかもね。そうだ、せっかくだから、ルトの種も持って行けば?」
たくさんの種と、焼き菓子を貰ったので、私とアルバスト先輩は、再びプラウディ領に戻ることにしました。
「フローナ」
帰りがけ、父が私に声をかけます。
珍しいこともあるもんです。
雨が降ったら、やだな。
でも。
父の涙の訴えを聞けました。
たとえその場しのぎの言葉だったとしても、それでも良いのです。
『娘だけは巻き込まないでくれ!』
「なんでしょう?」
「これも持っていけ」
父が袋ごと渡してくれたのは、大量の落ち葉です。
「これって……」
「み、ミミズの餌に、向いている木の落ち葉だ」
父も兵士に囲まれ観念した時に、天から降ってきたミーちゃんたちに、救われたと思ったのかもしれません。
私よりもアルバスト先輩が感激し、父に深々とお辞儀をしていました。
帰り道、再びハイゼの背に乗せてもらいます。
先輩の胸板に、私は体を預けています。
最近、先輩との距離、近いですね。
いくら先輩後輩の間柄でも、不味くないでしょうか?
今度、パリトワ様にでも聞いてみましょう。
「ねえ、フロー」
「はい」
「君のお父上だけど」
「はあ」
「良い人、だね。ちょっと変わっているけど」
「……そうかな。そう、ですね」
あえて否定も肯定もせず、私は父の渡してくれた袋を、そっと抱き寄せました。
ルトの実は、蓮の実と似たようなものです。
マトリカは、カモミールみたいなもの。クリザンティはキバナコスモスのイメージです。
お読みくださいまして、ありがとうございました!!
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