あとは若者に任せてね
本日二話目です。
殿下の話は続いています。
「ああ、皆の衆、軍事行動云々は気にするな」
いやいや。
気にするでしょ、普通。
「ルコーダ!」
「はっ」
殿下はドアの前に立つ、ルコーダ様に指示します。
「お前の父上は、既に本件ご存知だ。お父上である騎士団長から命令が出次第、お前も行け」
「御意!」
殿下はウルス様の顔を見つめます。
「ウルス・プラウディ」
「……はい」
「君は、子爵領が大変なことになっているのを、知っていたのか?」
ウルス様は眉を寄せます。
「知らない、わけではなかった、です。しかし、そこまでとは……」
「そうだろうな。君が長期休みの間でも、ほとんど帰省しないで王都にいたと聞いている。夫人は、帰るように促さなかったのか?」
夫人は頭を横に振ります。
「何度も手紙を出していました……」
ウルス様は、目を瞑ります。
「入学してからしばらくは、真面目な生徒であったウルスが、授業をサボり成績はガタ落ち。ただひたすら、婚約者にまとわりつく。どうしてこうなった? ウルス、君自身、どう思う?」
ウルス様は黙っています。
「プラウディ子爵」
「はっ」
「かつては白眉の美青年と言われ、痩身だったそなたが、なぜ今、それほどまでに、腹がせり出している?」
「さあ……年の、せいでしょうか」
「夫人。子爵の腹周りが目立ってきたのは、何時からだ?」
「そうですね、ここ二、三年くらいです」
「時に夫人。プラウディ家で使用する水は、井戸水か?」
「いえ、あの、ずっと井戸を使っていたのですが、堤防が決壊した時に、なぜか井戸も詰まってしまって、使えなくなりました。それ以来、川から水を取っています」
学園入学時には、真面目だったウルス様。
現在は、攻撃的で人を嫌な気分にさせるようになりました。
私は今、なるべく会いたくない方です。
ステアとの、仲の良しあしだけではないように、私には思えます。
そして、プラウディ子爵ですが、直接お会いするのはウルス様とステアの婚約式以来です。
あの時も、プラウディのおじ様、お腹が目立つようになったと思いましたが、本日のお姿は、あの時の比ではない、せり出し方です。
私の頭の中に、もやもやしたものが漂います。
決壊で流入した汚泥。
西のデバイオ国から買い入れた土。
その後の、プラウディ家当主と嫡男の変貌。
もやもやは、徐々に頭の中で形を作っていきます。
そして、一つの解答が生まれます。
これらは全て、偶然では、ない!
ピキ――――ン!!
その瞬間でした。
私の頭の中に、ガラスを弾いたような、澄んだ音が流れます。
顔を上げると、アルバスト先輩と目が合いました。
アルバスト先輩は、私の思考を読んだかのように、深く頷きます。
先輩の視線に誘導されて、パリトワ様を見ると、やはり頷いています。
そして最後に、殿下と視線が合いました。
殿下の口元は「その通り」と動いていました。
私の考えが正しいならば。
何をどうすれば良い。
私に、私たちに、何が出来るのでしょうか。
オリギア卿が、殿下に向かって発言します。
「プラウディ子爵領の土壌を、もう一度変えましょう。新しい土を入れるのではなく、土を蘇らせるのです。もう一度、農作物が収穫出来るように」
「あいわかった。パリトワ!」
殿下はパリトワ様とアイコンタクトをします。
「生徒会から緊急告知を出します。出来るだけ多くの生徒に、手伝ってもらうようにと!」
ファイアット侯爵は、殿下に問いました。
「プラウディ子爵への処分は、如何なさいます?」
「保留だ。ただし、過剰な処罰の必要はないと、わたしから陛下へ進言する」
殿下の言葉に、子爵と子爵夫人は、深く深く頭を下げました。
不貞腐れた表情が消えないウルス様に、殿下は話しかけます。
「ウルス。君は入学時、アルバストに次いで、二位の成績だった。入学後もしばらくは、真面目に努力していたな。よく図書館で見かけたぞ。わたしやパリトワは、密かに期待していたのだ。いずれ、アルバストと一緒に、生徒会を支えてくれるだろう、とな」
ウルス様の両肩が、がくりと落ちます。
声を出さずに、泣いているように私は思いました。
一通り諮問が終わりました。
アルバスト先輩が目の前に来ます。
「フロー、訊きたいことがある」
「はい」
「ドロート子爵領の灌漑は、プラウディ子爵領と同じ川が水源だろうか?」
「その通りです」
「なぜ、ドロート領の土には、影響が出ていないのだろう?」
頭をひねる私の代わりに、母が答えます。
「おそらくは、防虫作用や、余分なカビを防ぐと言われる、花を植えているからではないでしょうか」
「花! そうか花か! やっぱり花も必要だ!」
その後で、母はオリギア卿にも捕まって、土壌改善の方法談義をしました。
「ほおほお。牛の乳から抽出したものね。ああ、確かに土壌の菌を抑制出来そうだ」
卿はちまちまと、メモを取り、アルバスト先輩に何やら指示を与えます。
「すごいね、おば様」
ステアが私に囁きます。
「何が?」
「だって、農業研究所の所長さんに、教えているんだもん」
現場で得た経験は、単なる知識ではなく、叡智である。
母が昔言っていた意味が、私にもようやく分かったのです。
そして、こんな緊迫感のある場所においては、父が空気であると、再認識しました。
次回、土壌改善に向け、若者が動きそうです。
ミーちゃん、出るかも。
お読みくださいまして、大変嬉しいです!!
誤字報告、ありがとうございます!!




