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早くても遅くても、いずれ芽吹くから

 私とステアは、毎日畑に通っています。

 種を蒔いた三つの木箱の表面が、土の色から徐々に緑色に変わっていきます。

 ステアは土から出た芽を見つけると、嬉しそうな顔になります。


 ある朝のこと。

 座りこんで、木箱をじっと見るステアは、いつになく真剣な表情です。


「どうしたの? ステア」

「あのね、ここの角だけ、芽が出ないの。種を蒔いてない場所かなと思って」

「どれどれ。……ここ蒔いてあるよ。あと、土がちょっと盛り上がっているから、もうすぐ芽が出るかな」


「そっかあ」


 水に濡れた土の上に、朝日が当たり始めます。

 既に芽吹いた小さな葉は、まるで緑色の宝石のように輝きます。


 ぽんっ。


 それは密やかな気配でした。

 何かが抜けたような、微かな音が聞こえたのです。


「あっ!」


 ステアが声を上げ、指差します。

 私もステアの視線に合わせて、そこを見ました。


 今まさに、土から抜け出したばかりの芽が、お日様に向かって、顔を上げたのです。


「ホントだ! 芽が出た! 出たね、フロー!」


 ステアは何時になく、はしゃいでいます。

 発芽がそんなに嬉しいことなのか、よく分からないけれど、ステアの素の笑顔に、私も嬉しくなりました。


「うんうん。ちゃんと出たでしょ。良かったね、ステア」


 ステアは朝夕の水やり以外は、母のところで刺繍と裁縫の手ほどきを受けています。

 私は、時々領民を捉まえては、収穫量を上げるための肥料や害虫の駆除について、お話を聞いていました。


 木箱に蒔いた種は、おおよそ全て発芽しました。

 丁度、蒔いてから一週間経っています。


 そういえば。

 お隣のプラウディ領地に行ったアルバスト先輩が、発芽したらまた、ここに来ると言ってましたが、どうなったでしょう。



 その日の午後でした。

 噂をすれば、って私の胸の中だけですが、アルバスト先輩がドロートの邸にやって来ました。

 なぜか今日は、作業服ではありません。


「両日中に、正式な招集状が届くと思いますが……」


 先輩は、父と母に挨拶すると、本題に入ります。

 応接室で、父と母と私とステアが先輩を迎えました。


「ファイアット侯爵から、ドロート子爵とプラウディ子爵にご質問があるとのことです。ご準備をお願いいたします」


 アルバスト先輩は、侯爵の名代として、やって来たようです。


「侯爵は、ドロート子爵夫妻とご息女様。並びに、プラウディ子爵ご夫妻と嫡男様、及び嫡男様の婚約者様全員に、今回来て欲しいと言われました」


 アルバスト先輩は、私とステアに顔を向けて言います。

 なるほど。だから、父と母だけでなく、私もステアも応接室に呼ばれたのですね。


「いや、しかし、急にそんな。こっちにも予定が……」


 ぶつぶつ文句を言っている父に代わり、母が先輩に答えます。


「かしこまりました。イルバ様。ちなみに、ファイアット侯爵がお尋ねになりたいことは、領地関係でしょうか?」


「僕……わたしも詳細は知りません。ですが、寄親に当たる方が気にすることは、第一に領地経営ではないでしょうか」


「それでは、わたくしペリノ・ドロートが責任をもって、必要書類をお持ちいたします」


 母は伸びやかな笑顔です。

 父は不満げな顔で、独り言を続けています。

 そんな父に、先輩は告げます。


「ドロート子爵。今回の件、すなわちファイアット侯爵への説明に関しては、国王陛下の指示で行われるものです」


 父は目を見開き、こくこく頭を振りました。


「さて、子爵。この後フロー、いや、フローナ嬢を少々、お借りしてよろしいでしょうか」


 アルバスト先輩に対して、父は目を閉じ、こくこく頭を振ります。

 あ、この父親、「国王陛下」の名前聞いて、思考を手離したな。


「夫人もよろしいですか?」


 母は柔らかな眼差しで「もちろん」と答えました。


「ステア、一緒に行く?」


「わたしは遠慮します」


 小声でステアは言いました。


「遅れていた芽が、出たのね、フロー」


 なっ!

 私はステアに言葉を返せずに、アルバスト先輩について行きました。


「先輩。発芽の状態をご覧になりたいのですね」

「うん。どう? 順調?」


 私は先輩と木箱を置いてある場所に行きました。

 傾いた陽が、イロトロープの大きな花を、オレンジ色に染めています。


「ねえ、フロー。前に来た時も気になっていたんだけど、このイロトロープって、なんで小麦用の畑に生えているの?」


「それは、夏が終わると、イロトロープは枯れてしまうので、枯れた茎や葉を、農地の肥料にするためだそうです」


「へえ! 家畜の糞尿は使わないの?」


「以前は使っていたみたいです。でも畑の土の質を良好に保つには、枯れたイロトロープの方が良いという結論になったと聞きました」


 これは、領民に教えてもらったことです。


「そうなんだ。勉強になるなあ」


 二人で木箱を確認します。


「三つの箱に差はあった?」

「はい。発芽が早かったのは、大きなミーちゃんと小さなミーちゃん、両方が入った箱でした」


「ミーちゃん?」


「あ、ごめんなさい。ミミズのことです」


「よし、分かった! 頑張ったね、フロー」


 そう言いながら、先輩は私の頭を撫でてくれました。

 私の顔が赤いのは、夕陽のせいなんだってば。

次回、侯爵邸でフローナは、ウルスと会ってしまうのか!

王命によるヒヤリングで、何がわかるのでしょうか?


いつも応援、ありがとうございます!!

誤字報告、助かっています!!

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