芽が出るまで、あと少し
夏休みは自由な時間がいっぱいあって、好きなこともいろいろ出来ます。
学園に入るまでは、時間の有難さって、あまり気付きませんでした。
だから、長期のお休みは貴重です。
お母様や、イザペラやロジャーと一緒の食事は、やっぱり楽しいですし。
さて、朝です。
水やりに行かねば。
私が支度をしていると、私の部屋の隣のドアが開きました。
「何してるの? フロー」
隣室に滞在している、ステアが起きてきたのです。
「畑に行って、水やりするの」
「一緒に、行っていい?」
えええ!!
こんな早い時間にステアが起きるのもビックリですが、畑に一緒に行きたいですって?
「いい、けど……」
「ちょっと待ってて。着替える」
「わ、分かった。あ、汚れても平気な服にしてね」
門を出る前に、私はステアに麦わら帽子を被せます。
「これって、フローの帽子じゃあ……」
「ステアは色白だから、陽に焼けると大変でしょ? 私はこれで良いから」
私はタオルを頭からかぶります。
それを見たステアは、ぷっと吹き出します。
「貴族令嬢には、見えないわ」
失礼な。
と、思いながらも同意する私でした。
イロトロープの花が咲く、畑に辿り着きます。
ステアは息を切らしていました。
「……ここが、水やりの畑?」
ステアの呼吸は、ぜいぜいしてます。
ステアさん、いくら貴族令嬢でも、あなた運動不足ですわよ。
「そう。此処なの。見て見て。木箱が並んでいるでしょ? 全部の木箱には、種を蒔いてあるの」
「へえ……」
物珍し気に、ステアは木箱を覗き込みます。
その間、私はあぜ道にある井戸から、水を汲みだします。
そして持参した水筒にも水を入れます。
「はい」
「何? これ」
「水が入っているわ」
「あ、ありがとう」
ごくごくと水を飲むステアの喉も、やはり白いです。
私が水やりをするところを、ステアはじっくりと見ていました。
「蒔いた種って、何?」
「ペリリア」
「うわっ。ペリリアの葉っぱ、私苦手」
「食用じゃないから。あ、でも食用にも出来るか」
この種蒔きとその後の世話は、生徒会のお仕事の一つだと、ステアに伝えます。
「すごいな、フロー。生徒会なんて、果てしなく遠い世界だよ。王家とその一族でしょう? 役員は」
「ステアだって、高位貴族なんだから、私なんかよりずっと、近い世界でしょう」
ステアは黙って木箱を上から見ています。
水やりが終わった土は、柔らかくなっていて、所々小さく盛り上がっています。
「あれ、ここって色が違う」
じっと木箱を見ていたステアが、何かに気付きました。
「え、どこどこ」
まさか。
ミーちゃんが顔出ししてますか?
ステアが泣くから、やめてね、ミーちゃん。
ステアが指さした場所を見ると、確かに盛り上がった土のほんの一部、針の先ほどの大きさで、緑色に見えます。
「あ! 芽だ! 芽が出かかってる!」
「そうなの。これが、芽なんだ……」
「あと何日かしたら、小さな緑の葉が開くよ」
「へええ。……ちょっと見たいかも」
「一緒に……」
キラキラさせて、小さな芽を見つめるステアに、私はそっと言いました。
「一緒に見よう」
「うん」
邸に戻る道すがら、私はステアに訊ねました。
「ねえステア。なんで王都を離れて、ウチに来ることにしたの?」
ステアは口ごもりながら、ポツポツ話をします。
「ずっと、フローが羨ましかったの」
「へっ? 何で?」
「フローは元気で賢いから。お父様はよく誉めているわ。『ステア、君の従妹さんは、良いコだね』って」
マジですか!
グロリアス伯爵って、素敵な大人ですね。
私の父が、私を誉めたことなんて……。
ああ、最近、『大人っぽくなった』とか言ってたけど、誉められた気はしませんね。
「私も賢くなりたい。もっと勉強したいって、ずっとお母様に言ってたの。だけど……」
ステアは首を振ります。
「お母様は、私の言うことを聞いてくれなかった。『女は綺麗にして、いつもニコニコ笑って、ちょっとおバカな方が良いの!』ですって」
はあ。
いかにも叔母様の、言いそうなことですね。
そうやって、子爵家から伯爵家へ嫁がれた方ですから。
「でもね、私は無理に、バカなフリなんてしたくない。まあ、今はフリしなくても馬鹿だけど。可愛いとか美人とか言って寄って来る男子、私の何処を見てるの? 顔だけなのって問い詰めたいわ」
いや……。
それ、私にだけなら良いけど、他の女子には言わない方が良いよ、ステア。
自虐自慢と思われて、友だち失くすから。
「フローのお母様、すっごくカッコいいから、ずっと憧れていたわ」
「うん。私も憧れてる」
「だから、今回の夏休みは、フローのお母様から、いろいろ教わりたくて。それと……」
ステアは悪戯っぽい笑顔になります。
「学園の夏休みの課題、フローにも手伝ってもらおうかと思って」
「あはは、いいよ! 私が分かる範囲なら」
本当は、ウルス様との婚約について、ステアに訊きたいことがありました。
ウルス様って、以前からあんな性格だったかどうかも。
でも、ステアが自分を変えていきたい思いが、なんとなく伝わってきたので、婚約の話は、ステアが話す気になってからにしましょう。
二人で邸に着いた時には、朝食の時間になっていました。
次回、見分に向かったアルバスト先輩は、何を見つけるか。
いつも応援感想、ありがとうございます!!
誤字報告、助かっています。




