パーティ会場にて・その1
食堂のホールを使って、パーティは行われます。
テーブルや椅子を片隅に寄せると、軽く五、六百人は入れる広さです。
いつもの食堂が、煌びやかなパーティ会場になっているのは、生徒会役員らの奮闘の賜物。
「ねえ、フロー」
「はい」
「緊張してる?」
「大丈夫です」
アルバスト先輩の問いかけに、私は笑顔で答えます。
「今日は正式なパーティじゃないけど……。君のデビューの時は」
先輩は私を真っすぐ見ています。
「俺のプレゼントを、受け取って欲しい。ネックレス、とか」
鼓動は一層早足になります。
先輩、ずるいです。
そんな目で言われて、断れる女子はいませんから。
小声で了承した私の顔は、きっと熟したワイルドベリーよりも赤くなっていたでしょう。
「ミミズたちの御礼も兼ねてね」
私は三日月よりも細い目で、微笑みました。
入場すると、あちこちで歓声が上がります。
「ええ、アルさん? やだ嘘、カッコいい!」
学園内でのアルバスト先輩は、やはり作業服のイメージなんですね。
「隣の女子って誰?」
ヒソヒソ声が聞こえます。
「中等部のコだよ。成績優秀者の」
はい、私の存在価値はそこだけですから。
「泥んこ底辺とか聞いてたけど……」
「なんだ、結構可愛いじゃん」
えっ!?
可愛い?
今、どなたか可愛いって、言ってくれましたね。
なんて……。
良い人!
会場には、既にラリア様やヴィラさんが、飲み物を片手に談笑されてます。
ヴィラさん、一見地味な方ですが、小顔で艶やかなお肌を保ち、切れ長の目が魅力的です。
ラリア様はもう、人間離れした美しさです。
本日のドレスは、白と朱色の薄い生地が何枚も重なるような仕立てで、ラリア様が動くたびに、ふわりと裾が広がります。
アルバスト先輩から、飲み物を受け取っていると、会場がわっと盛り上がりました。
パリトワ様をエスコートした、アリスミー殿下が登場したのです。
「ささやかな催し物だが、みんな、気楽に楽しんでくれ」
殿下のお気楽な挨拶で、パーティが始まりました。
あっという間にアルバスト先輩は、女子の群れに囲まれました。
私は邪魔にならないように、先輩から離れて、軽食コーナーでスイーツを選びます。
あ、ベリーパイもある。
ウキウキと皿に取ろうとした時でした。
「ちょっと、何そのドレス!」
うわあ。
出ました。叔母の声です。
「それって、王室御用達の『ポリテリア』のドレスじゃない! なんであんたが着てるのよ」
とうとう叔母から、『あんた』呼ばわりされました。
しかし、御用達店のドレスとは! お高いものでしょうね。
「おい、なんでお前が高級ドレス持ってるんだ。俺は知らないぞ。まさか、悪いことでもしたんじゃないだろうな」
後から父が低い声で言います。
私も父上あなたから、ドレスをいただいた記憶はありません。
「先輩からお借りしました。ヘンな事言わないでください」
早くパイが食べたい私は、かなり冷たい声になっています。
「だいたい、そういう高級ドレスが似合うのは、私やステアみたいなタイプなの。あんたには勿体ないわ。今すぐ着替えなさい」
ぎゃんぎゃんうるさい叔母を無視して、私はスイーツをいただきます。
「何、誰あの人。はしたない」
「ああ、グロリアス夫人じゃない? いつもあんな感じよ」
「昔はねえ、愛らしかったのに……ほら、ようせい……」
囁く声が聞こえてきます。
叔母や父は、耳も悪いのでしょうか。
顔色一つ、変わりません。
「おい、フローナ! 聞いているのか」
無駄に大きい声の父。日頃、こんな声出しているから、周りからの大切なことを、聞き逃しているのでしょうね。
仕方なくナプキンで口を拭き、父の顔をじっと見つめます。
すると、父はちょっと目をそらし、ぶつぶつ言いました。
「だいたい、そのチャラチャラした首飾り、お前の物か? 借り物なのか」
「これはプレゼントでいただいたものです」
「あら、ずるいわ! あんたが貰えるなら、私だって、ステアだって」
母子揃って、ずるいですか。
語彙力!
そう叫びたい。
「わたくしの選んだドレスが、御不満かしら? グロリアス夫人」
拳を握りしめる私の手を、そっと取ってくれたのは、ラリア様でした。
全身に微小な光の粒をまとったようなラリア様が微笑まれると、会場からざわめきが起こります。
「妖精姫よ」
「妖精令嬢!」
「見て見て。光が舞っているわ」
ラリア様のお姿に、さすがの叔母も黙ります。
父はラリア様の全身を、上から下まで眺めた後で、再び下から上まで視線を這わせます。
もういやだ、この親父。
「よ、妖精、姫……」
唸るような父の呟きです。
ラリア様は小首を傾げてくすっと笑うと、父に優雅な淑女の礼を取りました。
「実り多き神に恵まれし、ドロート子爵様にご挨拶をさせていただいても、よろしいでしょうか」
父は表情を作り直して、鷹揚に頷きました。
「わたくし、ファイアット侯爵家が次女のラリアと申します。この度はドロート子爵令嬢のフローナ様に、僭越ながらパーティ用の衣類を用意させていただきました。成績優秀の上に、麗しきご令嬢のフローナ様のお役に立てて、至極光栄でございますわ」
「え、いや、こちらこそ……」
美人を前にすると、父は言葉が出なくなる体質のようです。
「よ、良かったな、フローナ。こんな素敵なドレスを用意して貰って」
さっきと言ってることが違いますよ、父上。
立ち去ったラリア様の後ろ姿を、名残惜しそうに見つめている父の背中を、叔母はバシンと叩きます。
「何よ! あんな小娘が『妖精姫』だなんて。そうでしょ、お兄様」
「えっ? あ、ああ、そう、かな」
父は叔母の顔をしげしげ見た上で叔母に言います。
「背中、痛かったぞ」
嘗ての妖精姫は、下腹をドレスのボリュームで誤魔化し、二の腕は丸太のようです。
真の妖精姫が、長い時間呪縛していた魔法を解呪したのです。
この瞬間、父にはようやく、叔母の真実の姿が見えたのでした。
パーティ話、続きます。
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