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★それは夏の早朝

虫、環形動物など苦手な方は、無理なさらずに。

 試験も終わり、あとは夏期休業を待つ日々です。

 夏の間私は、ドロート邸に戻ります。


 母へ手紙を書きました。

 マトリカの花が咲いてきたこと。試験の結果が良かったこと。

 そして生徒会のお手伝いをしていることも。


 さすがに第一王子が炎の魔法を使える人物とかは、書けませんでした。



 すぐに返事が来ました。

 ドロートの領地では、小麦も大麦も良く実ったそうです。


 ちょっと驚いたことも書いてありました。


『そうそう。学園の高等部の男子生徒さんが、ウチの領地の土が欲しいって、取りにきたの。銀髪の、カッコいい男子だったわ。

ウチに来た後、お隣のプラウディ領の土も貰う予定って言ってたけど、お隣は今年の麦類の収穫、あまり良くなかったらしいの。大丈夫だったかしら』


 そうだったのですか。

 私がマトリカの種を蒔く時に、せっせと花壇に運んだ土は、ドロート領とプラウディ領のものだったとは。


 母の手紙を読みながら、私は領民から教わったことを想い出していました。


 確か……。

 ミミズのいない土地は実りが少ない。

 あまり黒過ぎる土はダメ。


 一緒に農作業しながら、いくつも格言めいたお話を聞きました。


「ミミズ……ミミズかあ」


 花壇に顔を出した、丸々としたミミズ。

 ヴィラさんに叫び声を出させたミミズ。

 あれって、ドロート産のミミズだったのかしら。


 私が領地で見たものは、もっとホッソリとしてたような気がします。


 ちょっと、確かめてみたくなった私は、翌日早朝、学園の花壇を目指しました。

 夏の朝は涼しくて、風が気持ち良いです。

 葉先にたまった朝露が、真珠のように零れます。


 花壇を前に、私は目を(みは)りました。


 マトリカの花が、花壇いっぱいに咲いているのです。

 一面、真っ白な空間です。

 朝日をあびた白い花たちは、光り輝いています。


「きれい……」

「ホント! これは綺麗だね!」

「えっ」


 振り向くと、アルバスト先輩が白い歯を見せていました。

 先輩は作業用の服を着て、手にはスコップを持っています。


「でもどうしたの、フロー。マトリカを見に来たの? こんなに早い時間に」


「ええと、それもあるのですが、ちょっと気になることがあって。朝の早い時間なら、他の生徒いないかなって」


「何? 気になることって」


 私は母の手紙の内容をかいつまんで話ます。


「ここの土、ドロート領のものだったのですね」


「そうそう。フローが領地から種を貰うって言ってたから、じゃあ、土も同じトコのが良いかなって。馬に乗って取りにいったよ。あ、言うの忘れてたね! フローの母上様にはお世話になった」


 アルバスト先輩は、ぺこりと頭を下げました。


「実はこの前、花壇から出てきたミミズ、ドロート領であまり見ないものだったので、もう一回調べてみたいと思いまして」


 そう言うと、アルバスト先輩の目がきらりと光ります。


「ミミズ、興味ある?」


 本音を言えば、ミミズ愛みたいなものは私はないですが。


「見せてあげようか!」


 アルバスト先輩は、いきなり私の手を取り、走り出しました。


「!!」


「こっちこっち!」


 先輩、速いです。

 足の長さ、違いますよ。

 という言葉を発する暇もありません。


 あっ、でも。

 この感覚。


 朝日はどんどん眩しくなります。

 男性の手に引かれ、一生懸命付いて行く私。

 夏の白い花が、今を盛りと咲き誇っている。


 懐かしい記憶が現在(いま)に重なります。

 あの時、私の手を引いていたのは……お父様?


 いや、ステアの姿がなかったから、違うかな。



 手を引かれ、ひとしきり走ると、庭園奥の雑木林に入っていました。

 その中の太い幹の木の下は、落ち葉が集められています。


「ここが俺の本来のフィールドなんだ」


 ちょっとはにかむように、アルバスト先輩は落ち葉の山を指差します。


 本来のフィールドって、一体何でしょう。

 落ち葉を集めて、焚火でもするのかしら。

 焼き芋を作るとか?

 でも先輩、夏はやめておきましょうよ。


「見てごらん」


 先輩は手にしたスコップで、落ち葉をそっと端に寄せます。


「これこれ! 農地の改良に必要だから、こっそり育てていたんだ」


 見るとそこには。

 とてもとてもとても沢山の。


 ミミズたちが…………。


 虫やら何やらに慣れている私ですら、一瞬変な声を出しそうになりました。


「ミミズは農地を救う!」


 アルバスト先輩は、手に持つスコップを振り上げます。


「でも、なかなか理解してくれる人がいなくてね」


 先輩はミミズを育てるのに最適な環境を、滔々と語ります。

 私は無言のまま、目を細めた笑顔で、ずっと拝聴しました。




挿絵(By みてみん)

(ひだまりのねこ様作・アルバスト先輩)



◇◇


「ああ、さすがに腹減ったな。フローは?」


「ええ? まあ……」


「朝食くらい奢るよ。食堂開いているし」


 私は入学して初めて、学園の食堂に入りました。

 昼食はお弁当持参ですし、寮では夕食が出ます。


 始業前の時間、食堂では簡単な朝食を出しているのも初めて知りました。


 アルバスト先輩は大量のパンとスープ、オムレツを選び、私はパン二個とスープを取りました。

 高等部の男子って、朝から結構な量を食するのですね。


 もっともさすがに高位貴族の先輩、食事のお作法には隙がないです。

 私も見倣いながら、焼き立てのパンを堪能しました。


 食堂には、朝食を摂る生徒たちが、ぱらぱらと入ってきます。

 混む前に出ようと、ハンカチで口を押えたその時でした。


 いきなり私の肩を、誰かがドンと推したのです。


「痛っ!」


「何やってんだよ、朝っぱらから」


 声の主は、はい、ウルス様でした。


「えっ? もしかして、フロー?」


 ウルス様の後ろから、女子の声がします。

 ちらっと覗かせた顔は、よく知っている人物でした。


「ステア?」


 アルバスト先輩は、三人のやり取りを横目で見ながら、まだパンを口に運んでいました。

お読みくださいまして、ありがとうございます!!

ようやく、従姉に会ったフローナ。

不機嫌なウルス。

パン食べてるアルバスト。

この関係は一体どうなるでしょうか。

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