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監査官の制服にまつわるエトセトラ

※前半:ドレス工房の女主ヘレン夫人視点



 まだ冬の寒さは残るが晴天に恵まれたその日、アルフェンルート皇女殿下に城に招かれた。

 正確にはドレス工房の女主人ヘレンとして、ドレスの依頼のために呼ばれたのだ。

 これまでの制作デザイン画の入った重い鞄を手に、城を前にして馬車から降り立つ。


(アルフェンルート殿下とお別れする時に、ドレスを新調される際にはご検討くださいとは言ったけれど)


 詳しくは知らされなかったが、何かしらの御事情を抱えて一時的に平民として暮らしていた少女が頭に浮かぶ。

 幼い頃から工房に通っていた少女エリザベスから、


「ここで雇ってもらいたいと言っている子がいるんですけど」


 と手渡された刺繍は丁寧だった。生地は上質なもので、訳ありの子なのかしらと脳裏を掠めた。

 しかし昔から、祖母も母もそういった女性達を受け入れてきた。事情がある分、真面目に働いてくれる人が多かったし、助けた以上に支える力になってもらえたから。

 また、そんな彼女達を保護する場も必要だと言っていた母の言葉が頭に残っていた。以前にエリザベス親子を受け入れた時と同様に、彼女も雇い入れた。


(ただ、さすがに皇女殿下でいらしたとは思わなかったけれど)


 彼女が化粧を落とした顔を見た時の動揺は、今思い返しても心臓に悪い。

 かつて見た、彼女の母によく似ていらしたから。


(他人の空似だと思いたかったわ)


 思い出して遠い目になりかける。しかし嫌な予感通り、彼女は皇女だった。

 皇女に雑用を申し付けていただなんて。不敬罪に問われなくて本当に良かった。

 そして、まさかそれが縁であれから一年以上も経った今、本当に城に呼ばれるとは思っていなかった。


 入城して受付を済ませると、しばらくして案内の侍女が現れた。後宮内へと案内され、応接室に通される。

 丁寧に良い香りのするお茶まで出されてから、侍女は静かに下がっていった。指先に至るまで洗練された所作はさすが後宮、感嘆の息が落ちる。


(またお城に伺える日が来るなんて、人生ってわからないものね)

 

 曽祖母の時代から続く老舗の工房とはいえ、中堅どころだ。

 貴族向けのドレスを扱うが、どちらかと言えば貴族の普段着を担当することが多い。華美なドレスの発注は大変ありがたいものの、落ち着いていて着やすさにこだわった服の方が得意分野である。

 そんな自分の工房を引き継いだばかりの頃に、エルフェリア妃殿下から注文を受けたことが一度だけある。

 それは新たな主をいただいた工房を応援されるおつもりでの注文だったことは理解している。

 エルフェリア妃殿下が公爵令嬢の頃からそういった形の心遣いをされるのは、ドレス工房界隈では有名な話だ。

 対してアルフェンルート殿下は皇子として育てられた生い立ちからか、昔から決まった工房でのみ発注されていた。

 故にこうして依頼される日が来るとは思っていなかった。


 応接室をノックされる音が部屋に響いた。

 皇女の来訪が告げられたので、急いで立ち上がって深く頭を下げる。同時に扉が開かれた。

 護衛騎士と侍女を伴って、絨毯の上を歩く足が下げた視界に映り込む。向かいのソファーの前に立つのがわかった。


「忙しい中、ご足労いただき感謝します」


 淡々とした声が頭上に降ってきた。


「勿体無きお言葉でございます。お声掛けいただきまして、身に余る光栄と存じます」


 会ったことのある相手とはいえ、今はまったく立場が違う。

 長年の経験で顔には出さないものの、心臓は緊張でバクバクと脈打つ。

 優雅な仕草で相手が腰を下ろす。


「どうぞ、おかけなさい」


 許す声は皇女然としていた。もう私が知っている彼女とは違うのだと、改めて気を引き締める。

 言われるままに顔を上げて一礼してから、腰を下ろした。

 向き合った女性は、成人を迎えたとはいえまだ幼さを残している。

 金の睫毛に縁取られたアーモンド型の深い青い瞳。癖一つない淡い金髪は窓から差し込む光を反射して明るく煌めく。

 変わったことといえば、あの頃より随分と髪が伸びたことだろうか。

 平民が着る古着を平然と着ていたかつての少女は、今は上質なことが一目でわかる上品なドレスを身に纏っている。ただレースやリボンは控えめで、装飾品も耳を飾る淡い真珠のみ。


(妃殿下に似ておられると思っていたけれど、改めてこうして見ると随分と印象は違われるのね)


 妃殿下はいかにも女性らしい華やかな雰囲気があった。服装も然り。

 それは公爵令嬢として皆の見本となるべく、気高い女性として育てられた所作から滲み出るものでもあった。

 対してアルフェンルート皇女殿下は、女性の格好をされていても性別を感じさせない不思議な雰囲気がある。

 少女らしい柔らかさや甘さは感じられず、かといって少年と言うには雄々しさは一切ない。とはいえか弱くも見えず、どころか隙が見えない。

 男女どちらともつかない不透明さが、妙に目を離せなくさせる。

 派手さはないが左右対称に整った容姿が拍車をかけて、性別不詳のよく出来た人形のよう。

 不意に殿下が三日月型に目を細めた。いたずらっぽく笑いかけてくださる。

 一瞬で人形に命が吹き込まれたみたいに印象が切り替わった。思わず息を呑む。


「またお会いできて嬉しく思います、ヘレン夫人。その節は貴女には大変世話になりました」

「こちらこそ、知らぬこととはいえ大変な失礼を致しました。申し訳ございません」

「私は助けていただいた身です。謝罪していただく必要はありません。どうぞ、楽にされてください。ここには事情を知る者しかおりません」


 小首を傾げて眉尻を下げられる。困ったみたいに笑う顔は、工房に出入りしていた時から変わっていなかった。

 そのことに無意識に張っていた肩から力が抜ける。


「お約束を果たすのに、少し時間をいただいてしまいましたが」


 そう言い置いて、アルフェンルート殿下は工房で職人の作業を見ていた時と同じように瞳を輝かせた。


「貴女をお呼び立てしたのは、女性監査官として着用する制服を作っていただきたいからです」

「制服、でございますか」


 てっきりドレスの依頼だとばかり思っていたので、制服と言われて目を瞬かせた。


「制服とはいえ、現時点では女性監査官は私のみなのですが……将来的に、人員は増やしていく予定です」


 まっすぐに未来を見据える眼差しに迷いはなかった。


「ですから、年齢問わず着こなせる形が理想です」


 真摯な眼差しからは世話になった義理でドレスを注文する、という風には見えなかった。


「ヘレン夫人の工房の服はラインが美しい上に、着心地が良いとお聞きしています。長時間着用しても疲れない事が一番大事なのです」


 ちゃんと我が工房の特色を踏まえた上で、選んでくださったのだと感じられる。


(ああ、だから時間が掛かったと仰ったのね)


 ただ義理で注文するだけならば、いつでもよかったはず。けれどちゃんと次に繋げられる仕事になるように、きっと考えてくださったのだ。

 制服ともなれば、その職業の顔になる。人によっては制服を着たい為にその職を目指す、最初はそんなきっかけにもなりうるくらいに重要な役割もある。

 それまでのふわふわと夢見るように浮き足立っていた気持ちが、地に足をつけたみたく感じられた。

 自分たちの仕事を認められてこその依頼は、いつだって心を震わせる。


「個人的なデザインの希望としては、近衛騎士の制服を女性用にアレンジした感じがいいのですが」


 アルフェンルート殿下はよほど楽しみにしておられたのか、嬉々として語り出す。

 持ってきたカタログは傍に置いて、スケッチブックを取り出した。ペン代わりの黒檀に布を巻きつけたものを手に、デザイン画を描いていく。


 そこからは楽しい作業だった。


 アルフェンルート殿下の希望は、コルセット不要ながら美しいラインを出すこと。また長時間の机仕事に耐えうるよう、お腹を締め付けないワンピース型。

 それでいて近衛騎士のような貫禄も持たせながら、女性らしい柔らかさと上品さを醸し出せるデザインを模索する。

 話し合う間、殿下も色々と考えてくださった。


「スカートは半円に取って、広がりすぎない方が年齢も幅広く着こなせるかと」

「袖口は痛みが早いので、銀のラインはパイピングで補強する形に」

「黒一色では重くなりすぎるならば、お腹は紐で調整できるようにした数段フリルの白のアンダースカートを履いて、上に被せる形の後ろのスカート部分に切り込みを入れる形で中を見せては」


 などなど。

 時々ご自身でも型紙の縮小版を引かれるので、驚いて目を瞬かせてしまった。

 うちの工房に勤めていた時も、楽しそうに職人達の仕事を見ていたけれど。ここまで服作りに関して知識をお持ちだったなんて。

 思い返せば、彼女に頼んだ細かいビーズの縫い付けは丁寧で速かった。


「殿下はお洋服作りに詳しくあられたのですね」

「私は独学ですから、本職の方々には到底及びません」


 謙遜されたが、独学という割に先程から指摘が専門的だ。

 アルフェンルート殿下は博識であると聞き及んでいたけれど、ここまで多岐に渡られるとは。


(惜しいわ。皇女殿下であられなかったなら、後継として考えられたのに)


 生憎と私には無骨な息子達しかいない。女性ならではの職である針子業は任せられない。息子の嫁達も気心は優しいが、どの子もあまり服作りには向いていない。

 エリザベスも有力候補だったのに、彼女も今では伯爵令嬢として迎え入れられて巣立っていってしまった。

 なんとも惜しい気持ちが湧いてくる。


「殿下があのまま工房にいらしたら、どれほど心強かったでしょう」


 思わず、ぽろりと本音が零れ落ちた。

 殿下が驚いて目を瞠った。何も言わずに、ただ目を細めてくすぐったそうに笑みを溢れさせた。

 今はもう通り過ぎた過去。時が戻ることはないし、彼女がその道を選ぶことはない。ありえない話だから特に何も仰らなかったけれど、その笑みはどこか誇らしげに映った。


 たった数ヶ月に満たない時間を共に過ごした少女。

 私の工房で働かせてほしいと願った時の彼女の真っ直ぐな瞳を思い出す。そこにはちょっと腰掛け程度で働く、という甘さは感じられなかった。

 あの時は本気でこの職に就きたい気持ちが見えた。

 きっとそこに、嘘はない。

 そうして懐に入れた以上、本当はもっと教えたいことがたくさんあった。職人として、女性として、成長する様を見守ろうと一度は決めた娘。

 その時の想いは、今も胸にある。

 工房の主とお抱え職人という形ではなくなってしまったけれど、こうして新たな形で縁を繋げたことは嬉しく思う。

 彼女が皇女だから、ではなくて。

 どんな雑務にも嫌な顔はせず、職人とはいえ平民にも尊敬を持って接していた。ドレスという華やかな世界の裏で地味な作業をすることを厭わず、努力する姿勢を見せてくれていた彼女だからこそ。

 陰ながら、微力でも、私なりのやり方で力になりたいと思うのです。




   ***



 以前、家出中に大変お世話になったドレス工房の主、ヘレン夫人。

 快く応じてくれて、理想より遥かに魅力的なデザインを描いてくれた彼女には頭が上がらない。

 彼女が帰った後、予備として渡されたデザインの走り書きに見入って頬が緩んでしまう。


(やっぱり服作りって楽しいよね)


 今は暇がなくて裁縫まで手が回らないけれど、かつてのコスプレ衣装制作を思い出す。

 ただの平たい布と一本の糸が確かな形になっていく様は、いっそ感動すら覚えたものだった。

 そういう楽しさを知っているという点では、ヘレン夫人とは恐れ多くはあるが同志と呼べるかもしれない。


(知ってる方だから色々意見も言いやすいし、工房の雰囲気もわかってるから安心して任せられるし)


 なんて素敵な縁を繋いだのだろう。私の家出も無駄ではなかった。

 多方面に迷惑は掛けたけれど……。

 それに関しては、申し訳ない。反省してる。


「さて、それでは陛下の元に参りましょう」


 ひとしきり脳内で反省してから、応接間のソファーから立ち上がる。部屋に入ったのは昼を過ぎたばかりだったはずなのに、気づけば窓の外はすっかり夕闇に暮れていた。

 父もそろそろ手を休めてもいい時間だろう。

 これから私はこのデザイン画を手に、戦わなければならないのだ。

 くるくると紙を巻いて手に持つ。メリッサには先に自室に帰って夕食の準備を頼み、ラッセルだけを伴って父の執務室へと足を向ける。


 今は父との仲が良いかといえば、わからない。

 悪くはない。ただ父娘というより直属の上司と部下、と言った方がいいかもしれない。ただこちらの言い分には耳を傾けてくれる。一応は。

 そんな父は兄に対しても私と同じ態度、より若干雑ですらある。アレが父の通常運転なのかも、と近頃では思ったりする。


「失礼いたします。お父様」


 いざ執務室に乗り込むと、相変わらず父は王らしからぬラフな格好で執務机に陣取っていた。三つ編みにされた長い金髪は無造作に背に流されていて、空色の瞳は書類に落とされたままだ。


「どうした」


 優雅に一礼してみせたが、顔も上げられない。

 忙しい人だから仕方ない。そっけない態度にいちいち傷つくことはない。元々、先生と呼んでいた時も基本はこんな感じだった。

 だけど、ちゃんと話を聞いてくれる気はある。

 デザイン画を手に執務机の前まで歩み寄る。遠慮なくそれを書類の上に被せて視界に入り込ませた。


「女性用監査官の制服案が出来上がりましたので、認可をいただきに参りました」


 無理やり視界を奪われたからか溜息を吐きつつ、モノクルを外して私を見上げる。


「アルフェが着るドレスに私の許可はいらない」

「私だけが着るわけではありませんから」

「女性監査官はおまえしかいないわけだが?」

「これから増えれば必要となりましょう」


 淡々と用意してきた言葉を投げ返すと、父の眉が顰められる。


「おまえのような奇異な存在がそうそういるとでも?」

「私がやっていることは、地味で面倒なだけで難しいことではありません。ただそれに耐えられる適性があるかないかです」

「たとえ適性があっても、恨みを買いやすい職だ。アルフェのように周りが十分守れるだけの力がなければ、か弱い女性には安易に任せられる任務じゃない」


 言われた通り、監査官は感謝されることなどほぼない職だ。疎まれるし、警戒されたり、敵愾心を抱かれるのは日常茶飯事。理不尽に逆恨みされることも多々ある。

 そういう時、特にか弱い女性ならば力で敵わないことも出てくるだろう。

 そう父が言いことは、もちろん理解している。私自身が身をもって世間の目を体感しているのだから。

 だけど、引けない。

 たとえば男同士でしか話せないことがあるように、女性だからこそでしか聞けない話もある。


「適性があって、安易に手を出せない立場の女性達がいるから、進言しているのです」


 私も何も考えずに来たわけじゃない。めぼしい人材を思いついたから、こうして乗り込んできたのだ。


「聞こう」


 父が背もたれに背を預けて私を見上げる。

 こういう時にちゃんと目を見て話してくれるのは、昔から変わらない。


「爵位を後継に譲られた後の貴婦人方です。彼女達は女主人として家政を取り仕切ってきたから、お金の動きは理解できています。そして社交に出て、流行り物や各家の動きも把握されていた方々です」


 社交界の荒波を泳ぎ切った歴戦の貴婦人達。

 場の空気を読み、世渡りが上手ならば口もうまい。引き際も攻め時もその身に叩き込まれているはず。更に年齢を重ねた分、酸いも甘いもの噛み分けてきているから、多少の汚さも許容する。

 監査官というのは、ただ正義感が強いだけでは向いていないのだ。多少は目を瞑って、恩を着せたり弱みを握ってみたりも手段の内。

 そうすることに罪悪感を抱かないふてぶてしさと、強かさも必要となる。


「なるほどな」


 言われて父も思い至ったのか、素直に呟いた。


「更に言えば、引退されても貴族夫人であることに変わりはありません。手を出す愚か者が出るとも考えにくいです」


 彼女達に手を出すのは、家そのものに喧嘩を売るのと同じだ。

 そして彼女達自身、これまでの人生で伝手はたくさんあるだろうし、場合によっては人様の弱みも握ったりしてきているだろうから防衛には長けている。

 そして引退しているから、家格争いは次代に任せてさほど派閥に関わることもない。

 実に素晴らしい人材の宝庫と言える。社交に疎い私としては、ぜひ欲しい即戦力。

 その為に、年齢問わず上品に着こなせる制服を頼んだのだ。


「いかがでしょう? 眠らせておくには惜しいと思われませんか」


 多分これまで女性を男社会に引き込むこと自体、考えることすらなかっただろう。

 私という存在だけ、使えるから例外的に使おうとしたに過ぎない。


(だけど私は、女性監査官を一代限りで終わらせる気はない)


 別に男女平等を謳いたいわけでもなければ、男性社会を乱したいわけでもない。ただそこに女性を寄り添わせるだけ。

 邪魔をするのではなく、足りない部分を補って支え合うことで、助けられるものが増えればいいと願うだけ。

 ふ、と父が小さく息を吐き出した。


「アルフェの言い分はわかった。これに関しては、まずはアルフェの視察旅行での結果を見てから考えよう」


 チラリとデザイン画に視線を落とし、指先で拾い上げたそれは返されてしまう。

 まずは私自身が次へと繋げる価値を示せ、と。

 だけど「考えてくれる」と言った。

 この人がそういうならば、ちゃんと考えてくれると知っている。


「わかりました」


 だからこの場は頷いて引き下がった。言いたいことは伝えられた。

 デザイン画を受け取るために手を伸ばし、しかし紙はなぜか離されない。

 首を傾げれば、父の目が私に向けられた。


「この服は随分と騎士の制服に似通っているように思うが」


 ギクリ、と心臓が竦んだ。

 まさか指摘されてしまうなんて。女性用の服自体にはなんの興味も示さないと思っていたのに!

 内心焦りつつも、万一に備えて用意しておいた理由を口にする。


「国を守る、という点においては騎士も監査官も同じですから。彼らの在り方に敬意を表して、寄り添い合えるデザインにしております」


 嘘ではない。10%くらいは本心だ。

 80%が、近衛騎士みたいなかっこいい服が着たかった、という個人的な趣味嗜好なだけである。

 そして残り10%が、クライブと並んだ時にお揃いみたくなるのが嬉しくて……これは誰にも言う気はないけれど。

 しばし目線が絡み合って、私が動じないのがわかったのか手は離された。


「そうか。制服の件は任せる。好きにするといい」

「ありがとうございます」


 勝った!!

 満面の笑みを浮かべてしまった。

 そんな私を見て父はやや呆れを滲ませたけれど、何も言わずに再び書類に視線を向けた。

 どうやら付き合ってくれるのはこれでおしまい、ということらしい。


「それでは失礼致します」


 見ていないと思いつつも一礼する。ふと、身を翻す際に出窓に置かれている置物に目が留まった。


(陶器の猫……?)


 猫と思われる置物は外側を向いている為、背中しか見えない。色は兄と自分の飼い猫によく似た灰色。首には赤いリボンが巻かれている。

 必要なものしか置いてないように見える殺風景な部屋の中、しかしそれは不思議なほど景色に溶け込んで見えた。


(お父様も猫が好きだったんだ!?)


 ちょっとどころでないほどに意外で目を瞠った。けれど猫は可愛いから、好きになる気持ちはとても理解できる。

 こんなところで親子の共通点を見つけてしまうなんて。

 ちょっと嬉しい、かもしれない。


(でもあの猫、どこかで見た覚えがある気がするのだけれど)


 そんなことを考えながら執務室を出て自室に戻り、後日、たまたま外から父の執務室を見上げた時に気づいてしまった。

 エメラルドが目に嵌め込まれた、陶器の猫の置物。

 それは私が家出中に、とある店先に飾られているのをよく眺めていたものだと。売られた後も、なぜかずっと店にあった猫。

 なぜそんな物が、父の執務室に飾られているの!?



 その理由を私が知るのは、数十年後の話。

 わかりにくい上に不器用な父の愛情は、ちゃんと私にも向けられていたのだということを。



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