表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/81

ピザまん

 

 空は青く日差しも感じられるのに、外に一歩踏み出せば吐き出した息が白い湯気となって浮かぶ。それだけでより一層寒さが増したように感じられた。

 肩に羽織ったショールを掻き合わせる。寒さで鼻や耳が赤くなる前に、足早に訓練広場へと足を進めていく。

 はやく春が来ればいいのに。

 そう思う反面、手に持った籐籠の中身を考えると、これぐらいの寒さの方が味は格別かもしれないと考える。


(念願のピザまんができてしまった!)


 ありがとう、料理人。あなたの頑張りで、コンビニホットスナックコーナーを求める私の夢がまたひとつ叶いました。

 この国にはチーズやベーコンが捩じ込まれたパンやピザっぽい物は元々あったけど、具を包み込んだパンはなかった。蒸しパンもなかった。

 おかげで料理人にフワフワの蒸しパンの説明をするのは大変だった。私も料理に詳しくないから、ふわっとしか説明できないので、作るロビンにはさぞかし苦労させたことでしょう。ごめん。ありがとう。

 勿論、今回も完成した時に金一封を出している。


(今回は特に自信作! 私が作ったわけではないけれど!)


 大事そうに籠を抱える私を見て、護衛のラッセルが微笑ましげな目をしている気がする。だけど気にしたら負けだ。

 冷めないうちに、と急いで訓練広場まで辿り着いた。


「こんにちは、アルト様」

「こんにちは。ご機嫌そうですね、アルフェ様」


 辿り着くなり、聞き慣れた声が掛けられた。クライブと、この気安さはニコラスである。

 足を止めると、ニコラスの開いているかいないかわからない目線の先が私の持つ籐籠に向けられた。良さそうな物を持ってますね、と顔に書いてある。

 私が籠を持ってくると、何かにありつけると覚えさせてしまったのかもしれない。よく試作品の感想をもらえるから、別に良いのだけど。

 それに今日はニコラスがいてくれて都合が良かった。


「ニコラスに手配していただいた例の件、とても素晴らしかったです」

「それは何よりです。もしかして、そちらがその?」

「そうです。完成しました。理想通りです」


 ニコラスと顔を合わせて頷きあう。そんな私達を見て、クライブが「なんでそんな裏取引でもしていそうな会話なんですか」と呆れ顔だ。ちょっと拗ねているようにも見えるから、仲間外れにされて寂しいのかもしれない。

 でも仕方がない。今回はニコラスの実家である酪農が盛んなコーンウェル公爵家に、チーズとベーコンを融通してもらったのだから。

 籠に被せていた布を取り払えば、丸いふかふかの蒸しパンが登場する。湯気が立たないから、やっぱりちょっと冷めてしまったみたい。

 だけど中の具はまだあたたかいはず。


「どうぞ」


 ニコラスとクライブ、ラッセルにひとつずつ渡す。私は垣根の裏に設置されているベンチに腰掛けてから手に取った。

 いざ、実食!


「生地がふっかふかですね! 蕩けたチーズが伸びて面白いです。ゴロゴロ入ってるベーコンが嬉しいですね」

「この赤いソースはトマトですか? 酸味とベーコンの旨みがチーズと合わさっていいですね」

「……なぜ二人ともそんなに詳細に感想が言えるんですか」


 ニコラスとラッセルが感想を言ってくれるのを聞いて、クライブだけがついていけなくなっている。


「美味しくなかったですか?」

「美味しいです。面白い食感で、あっという間に食べられてしまいます」


 クライブを見上げて問えば、困惑しつつも最後は笑顔を見せてくれた。

 うん。美味しいと思ってくれたなら、それが一番嬉しい。思わず私まで嬉しくなって、得意げに「そうでしょう」と頷く。

 後でロビンに感想を伝えてあげよう。頑張って作ってくれたから、きっと嬉しいに違いない。


(やっぱり冬はピザまんだよね)


 尚、肉まんは中の具材がわからなくて断念した。その内、誰かに開発していただきたい。

 はふはふと白い息を溢しながら頬張る。私以外の三名はとっくに食べ終えていた。男性だと一口が大きいからあっと言う間だ。


「これもランス領名物として販売されるんですか?」

「そうしたかったんですが、ベーコンを入れると原材料費が上がるので庶民向けには難しいかと」


 ニコラスの問いに眉尻を下げた。

 別に私は自分の欲望だけの為に料理人に無茶振りしてるわけではない。将来的に観光名所であるランス領の助けになれば、と思って色々開発しているのだ。

 作ってくれているのは料理人だけど。割合としては、欲望が9割ぐらいではあるけれど……。

 今回は残り1割の益の方が微妙だ。あくまで貴族のおやつという感じの価格設定になってしまいそう。


(ベーコンを抜けばいいけど、そうすると旨味が落ちる気がする)


 悩ましい。しかしせっかく開発したのなら、いろんな人に食べてもらいたい気持ちもある。

 悩みながらピザまんを頬張っていると、不意にニコラスが距離を詰めてきた。声を僅かに潜めて。


「でしたらアルフェ様。そのレシピ、我が領に売っていただけませんか」


 顔を上げる。視線の先ではニコラスが悪巧みをする悪代官みたいな顔をしていた。

 ほほう。お主も悪よのう……と言いたくなる雰囲気だ。

 実際、このレシピは原材料調達が安易なコーンウェル領向けではある。ならば。


「でしたら、この先コーンウェル公爵家から仕入れる乳製品の優遇を求めます」

「せめて年数は区切っていただきたいですが」

「それは試算してから考えましょう。詳細な品目もまた改めて。どうです?」

「乗りました」

「よろしい。では、後程試算してから話し合いましょう」


 うん。こんなところで手を打つべきかな。独占契約されると食べられなくなるから、個人的に楽しむ分は排除してもらって……

 そんなことを考える私の前で、「それでは我々はそろそろ」とニコラスとラッセルが訓練へと向かう。その背を見送った後、場に残されたクライブが呆れと感嘆を滲ませた顔をしていた。


「僕よりニコラスと仲良しではありませんか?」


 呆れながらも、ちょっとだけ面白くなさそうに口を一文字にしている。


(まさか……嫉妬!?)


 今の会話で!? それもランス領の為にしていることなのに!?


「ただの商談です」


 冷静に答える反面、少しだけ胸の奥がくすぐったく感じるのは、性格が悪いかな。


「それでも、少し妬けます」


 ふと肩口にクライブの頭が落ちてきた。甘えるように肩に額が押し付けられて、至近距離から横目に見つめられると心臓が跳ねる。

 バックン、バックン、全身が心臓になったみたい。

 そんなことで妬かなくても。こんな風に私を動揺させて振り回すのは、クライブだけなのに。


「好きなのは、クライブだけですよ」


 それでも言わなければ伝わらないことは、あるだろうなら。

 照れて早口でそう告げる。

 するとクライブは目を瞠った後で嬉しそうに笑って。掠めるように、私の唇にキスをした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ