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14 収束

 

 クライブ・ランス子爵、すなわちアルの旦那様が到着されてからは、事態はあっという間に収束された。



 ランス子爵は、ランス子爵一行を襲う指示をしたのがハミルトン子爵であると突き止めてすぐ、騎士団の一部を引き連れて先に馬で駆けつけたのだ。

 テラスから現れたのは、テラスで怪しい動きをしていた私とアルに気づいたからだそう。

 近づいてみればシーツで作ったロープが垂れ下がっており、ただごとではない状況であると判断して乗り込まれたという。

 おかげで助かったわ……。


 ランス伯爵家の私設騎士団も引き連れてきていた為、あの後すぐに屋敷に押し入っていた賊を制圧。

 あの時点で8人いた賊はほぼアルの護衛騎士たちによって片づけられていたものの、一部が使用人を人質に膠着。そちらは騎士団の対処で解放されて、賊も無事に捕らえられた。

 アルと私は騎士団にすぐに保護されて、私はセインの状況を伝えた。セインと娼館の元には騎士団の人達が行ってくれて、残りの賊も回収されたのだった。

 彼らには、厳しい沙汰が待っている事でしょう。



 今回の件で、ハミルトン子爵はまず旅行中のランス子爵一行を、足止め目的で野盗に襲わせたとして捕縛。

 ついで、事前にアル達が確認していた厨房地下の食料備蓄庫に不法入国者を監禁していたことに加え、アーチボルト伯爵への不法入国者の斡旋容疑も掛けられている。

 ハミルトン子爵夫人も、夫の罪を知りながら加担したものと見做して捕縛。

 ケネス・ハミルトン子爵令息も同様で、加えてアルと私への傷害、更にアルの誘拐未遂でこちらも捕縛された。


(アルが自分を惑わせたんだ、とか言ってるみたいだけど。勝手よね)


 アルには、念の為にケネスを覚えていたか聞いてみた。


「全く覚えがない……。だいたい私は目が悪いから、視線くらいは感じるけど、その人の顔までは見えていないことが多いんだよ」


 そう言って、心底困り果てた表情をしていた。

 そもそもアルに見入っていた人はケネスだけではなかったはず。ただでさえデビュタントを兼ねた初の公務。忙しくしていた中で、下級貴族の息子をいちいち気に掛けてはいられないわよね。

 どうやら完全に、ケネスが一人で空回りしていただけだったみたい。なんて迷惑な。


(結局ケネスは、逃げ出すことに大層な理由を付けたいだけだったんでしょうね)


 両親を見限って、自分だけ逃げるのは気が咎めるから。

 そこに密かに好ましく思っていたアルが現れたから、自分に都合のいい理由を掲げて物語を作り、それに逃避しただけ。

『可哀想なお姫様を連れて、愛のために逃げる』

 そんな大義名分を手に、父の所業を見ないフリをしていた罪と自分の罪悪感から目を逸らしたかっただけ。


(アルが現れたことがきっかけにはなったかもしれないけど。最後にそれを選んだのは自分よね)


 素直に父の罪を訴えて、不法入国者の保護に協力して減刑を嘆願する事だって出来たのに。

 それを選ばなかった時点で、ケネスの性根も知れるというもの。

 思わず深い嘆息が漏れる。



 ハミルトン子爵一家はこのあと王都に送られて、裁判にかけられることになる。

 最低でも子爵位は取り上げられて、領地と財産は没収されるだろう。責任ある領主の身で奴隷売買に手を染めたのだから、相応の罰も下されると予想される。処刑まではされないでしょうけど、それなりの苦行は待っている。

 ケネスに関してはアルを拐かそうとした分、更に厳しい罰が下るはずだった。

 しかし、アルがそれに関しては不問にすると首を横に振った。


「まだ20歳ですし、ハミルトン子爵に進んで加担したわけではないようですから。それに……肋骨が数本、折れているみたいなので」


 たぶんそれは、ランス子爵に負わされた怪我ね。アルはちょっと気まずそうな表情だった。

 自業自得だと思う私に、アルはこっそり耳打ちした。


「それはそれとして、レイとセインが彼を一発ぶん殴るぐらいは見逃すよ」


 真面目な顔をしてとんでもないことを言い出す辺り、アルは私たちが傷つけられたことにかなり怒っていたよう。やってしまえ、と言わんばかりに拳を握りしめていた。

 でも私達より、アルを誘拐するつもりだったと知ったランス子爵の方が怖い顔をしていたので、その権利は譲ることにした。

 アルには、「駄目ですよ、クライブ」と釘を刺されていたけど。

 ともかくハミルトン子爵一家には、これから頑張って心を入れ替えて償っていってほしいものだわ。



 また事の発端となった不法入国者である二家族は、騎士団に保護される形となった。

 この人達は、ひとまずアーチボルト領にいた不法入国者と合流して、一旦は国の保護化に入る模様。

 彼らのこれからは、アルにも管轄外でわからないそうだ。

 ただ騙されて来た人は被害者な部分もある為、隣国に強制送還されることはないみたい。下手に返すと問題も出て来そうだし……。

 隣国で犯罪者でなかったかどうかを調べられ、問題があれば監視下に置かれる。そうでなければ、我が国の戸籍を与えられて暮らしていくことになりそう。

 今度こそ、新天地で普通に暮らしていけたらいいと願ってる。



 そして昨夜あんな騒動があったのに、アルは早朝から起き出してドレスに着替えていた。

 ドレスといっても、煌びやかさはない。スタンドカラーの黒いドレスにはレースやリボンもなく、襟と折り返しのある袖口に銀のラインが一本入っている。

 雰囲気は近衛騎士の制服によく似ていた。彼らの制服を女性用のドレスにアレンジしたら、アルがいま着ているドレスになりそうといった風。

 朝方、追いついて来た馬車から降りて来た侍女達に髪を結い上げられて薄く化粧を施した姿は、確かに子爵夫人と言える姿だった。

 中性的な容姿は変わらないのに、凛と背を伸ばして微かに笑むと皇女様然となる。派手さはないけど楚々とした美しさがあった。

 服と化粧と髪型でこうまで変わるのかと、ちょっと呆気に取られてしまったわ。完全に少年らしさは消えていた。

 というか、本来はこちらが正しい姿なのよね。


「あとは肝心な信憑書類の調査だね。ここからは私の仕事」


 アルはそう言うと、纏う雰囲気は一気に硬質なものに変わった。

 そういう姿をすると澄ました表情があまり崩れない。綺麗な人形のよう。

 ふと、もし自分だけがそんな人の素の表情を見られたら。確かに、心打たれるものがあるかもしれないと思えた。

 だからといって、ケネスのしようとしたことに同意も同情もまったく出来ないけど。



 アルは近衛騎士と監査官達を従え、朝日が煌めく中、颯爽と屋敷に残された使用人達の前に立った。

 

「陛下直属、特別監査官アルフェンルート・ランスです。これより、ハミルトン子爵によるアーチボルト伯爵への不法入国者の斡旋、及びランス子爵一行とイースデイル辺境伯令嬢に対する傷害に関する調査を開始します」


 そう言うと、一気にざわめく使用人を軽く手で制した。


「これから先は屋敷の物には一切手を触れないでください。おかしな動きをした者は不正に加担したものと見做して拘束します」


 人形のごとき無表情と情のない硬質な声に、使用人だけでなく端で聞いていた私まで息を飲む。

 しかし、すぐにアルは安心させるように静かに微笑んだ。


「ハミルトン子爵に仕えていたあなた方の事情は考慮します。ご自身の家庭や生活を守る為に、これまで黙認していたことも不問にしましょう」


 たぶん一番心配していたであろうことが取り除かれて、使用人達が安堵の息を漏らす。

 その隙にアルは有無を言わさぬ笑顔で締めくくる。


「この先のよりよい生活の為に、あなた方にもご協力願います。それでは監査官、始めてください」


 丁寧な口調だが、それは命じる声であった。

 アルの号令を機に、控えていた監査官達が早足で各々の目的地へ散っていく。

 内の一人は使用人達に優しく声をかけていた。自分達を害さず、主人もこの先変わるとなれば、彼らは惜しげもなく領主の悪行を訴えるだろう。

 それを確認してから、アル自身も執務室へと向かっていった。どうやらアルも監査に立ち会うらしい。

 まさか元皇女自ら!?


「アルフェ様ご自身も調査されるんですよ。この様子だと本腰入れて調べられるでしょうから、しばらくは出てこられないです」


 驚いていたら、セインの代わりに私の護衛についてくれたニコラスが苦笑しながら教えてくれた。

 ちなみにセインは私が気絶した後、私を庇って賊の暴行を受けていて肋骨にヒビが入っていたらしい。今は安静にさせているので、ここにはいない。

 どうりで体調悪そうにしていたはずよ!

 それを聞いた時、ケネスを殴る権利ではなく、賊を一発ずつ殴る権利を得ておくべきだったと激しく後悔した。

 ただアルが「……刑は重めで頼んでおくね」と低い声で言ったので、何も言えなくなったけど。

 きっと相応の罰を受けるんだと思うわ。怖くなって聞けなかったけれども。




 かくして、ハミルトン子爵邸は徹底的に洗われて証拠書類も確保し、今回の件は幕を閉じたのだった。




 尚、アルはハミルトン領を立つ最終日には、なんとか当初の目的であった鍛冶屋に駆け込んでいた。


「メル爺からハミルトン製の剣は耐久性が素晴らしいと聞いていて。ぜひ旅行の思い出として贈りたいと思っていました」


 アルは笑顔で言いながら、嬉しそうに店主に注文していた。

 6本も。


「なんで6本も!?」


 着いてきていた私とランス子爵が突っ込めば、アルは不思議そうに小首を傾げた。


「まずはクライブの分。それと、ランス家のお義父様とお義母様も好きそうでいらっしゃるから、お土産に。そうなると、デリックだけ仲間外れは可哀想でしょう? 名前も借りてしまったから、お詫びも兼ねて」

「残り2本はどうなさるんですか」

「そちらは、兄様とお父様に。ランス家だけに渡すのは不公平になりますから、ここは平等に」

「陛下とシークヴァルド殿下に、ですか」

「はい。剣は戦っていると血で切れなくなるので、最終的にはいかに折れずに殴れる棒であり続けるか、というのが重要になるようなのです。ハミルトン製の剣はその点が長けているらしいので、今後武器を制作する際の研究用にしても良いかと」


 ランス子爵の顔が引き攣っていたけど、アルの意志は固かった。


「たぶん、兄様もお父様もこういうものはお好きだと思うのです」


 どこの世界にそんな切れ味でも美しさでもなく、耐久性だけが自慢の武器を喜ぶ王族がいるのだろう。

 と思ったけど、アルの青い瞳には並々ならぬ自信が溢れていたので口を閉じた。

 家族であるアルが言うなら、そういうものかもしれないし。


「アルトがそれで納得しているなら、止めませんが……」

「この上なく納得しています。本当は、海の干物とどちらにしようかとても悩んだのですが」

「剣にしておきましょう。耐久性が高いのは大事です」

「やっぱりそうですか? 干物は干物で買ってもいいですしね」

「剣だけにしておきましょう。それだけで十分喜ばれます、きっと」


 ランス子爵はまだ困惑を滲ませていたけど、結局は好きにさせることにしたみたい。夫婦でそんな会話をしながら、アルは店主に向き直って改めて細かく注文を始めた。

 ただ陛下と皇太子殿下に贈られるのだと聞いた店主は、今にも白目を剥いて泡を吹きそうな顔になっていた。

 名誉なことではあるのだけど、心理的重圧を思うとお気の毒に……。



プライベッターにも【閑話】を掲載しました。

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