ジャック・ローズには早すぎる4
なお、この時身に着いた技能は大体7年間の間にすごい役に立ったそうな。
いつかこの世界を人間たちから奪い取るという壮大な計画のためにこなさなきゃいけない仕事は量も数も膨大なものだけど、怪人だってそれに負けないくらいいる。
今、世界には万を越える怪人がいて、それぞれが結社の最終的な勝利のために様々な活動をしている。
だから、なんの任務も無い『休日』だって当然ある……A級怪人のお付きともなれば特に。
もっともそういう時、僕が何しているのかと言えば、たまに健太郎と会っていつものりんごジュース片手に近況報告がてら仕事の愚痴を色々と言いあうことが一つ。
(いつしか健太郎は上司のことを『テツジンのおっさん』とか呼ぶようになっていた。今でもたまにぶん殴られるらしいけど、頭が砕けると思うほど痛いけど、大体『やらかした』時だけだし、死なない程度にきっちり加減してくれてるから、まあいいらしい。結構上手くやってるようだ)
それ以外のときは、ジャック・ローズから色々と教えられている。
怪人としての基礎知識、銃を持った人間や、同じ怪人と戦う場合の怪人としての立ち回り方、罠の見分け方に対処法、結社における『お友達』の作り方、信頼できる怪人の見分け方、人間社会の色んな場所での立ち振る舞いに関するマナー、清潔感と身だしなみの大切さ、相手の気持ちをよく考えて察せることの重要性、炊事洗濯掃除、家事全般の効率的でスマートなやり方などなど……
正直、最後の方は本当に結社の怪人に必要なのか大いに疑問だ。
でも、実際聞いたら『男の子が本当の男になるのには出来た方がいいわ』と、返されてしまった。だからまあ、それなりに頑張っている。
そんな日々が三か月過ぎて、とりあえず僕が卵焼きを焼いても焦がさなくなったし、洗濯機では洗えない服の手洗いが出来るようになった頃、ジャック・ローズは僕に一枚の服をくれた。
「ほら、パピーちゃん。 アンタに合わせたスーツよ。ようやく出来たわ」
最初にそう言われた時、真っ赤なスーツに真っ赤な革靴のジャック・ローズの恰好を見て、御揃いは嫌だなあ、と正直に思った。
「……もちろん、パピーちゃんに似合うようにしたわよ? いまはちょっと着こなせないかもね」
そう思ったのがバレたのか。スーツの埃避けを外し、中に入っていたスーツを見せてくれた。
「……あ、結構いいかも」
「でしょう? やっぱりパピーちゃんにはね、黒が似合うと思うの」
出てきたスーツに、僕は目を見張る。
擬態したときの僕の体型にぴったりと合わせた、真っ黒なスーツの上下。
色合いからして絹であろう、黒いシャツとピカピカに磨かれた黒の革靴を一そろい。
「ほら、着て見せて頂戴」
「は、はい」
ジャック・ローズに促され、僕はスーツを着てみることにした。
多分、前世から数えてもスーツなんて多分初めてだ。僕はゆっくりとスーツを纏っていく。
「……よし」
鏡の前でスーツを着た自分の姿を確認して、少し笑う。
ちょっとこう、着こなせてない感じが酷いけど、ジャック・ローズの見立てはばっちりだった。
「いいわあ。良く似合ってるわよ」
ジャック・ローズ的にもちゃんと似合って見えたようだ。
サプライズが上手く行ったことに、ちょっとだけ緊張していた顔を緩めた。
そのまま笑顔と共にバラ色をしたネクタイに金色のタイピンを僕に渡し、言った。
「それをつけたら、ちょっと出かけましょう……大人の世界、ちょっとだけ見せてあげるわ」
怪人酒場の更に奥には、いわゆるVIP席と言うのがある。
そこは居酒屋みたいな雰囲気の表とは違い、落ち着いた雰囲気で、老いたマスターが1人に、お酒が並ぶ棚と、綺麗に磨かれたカウンターだけがある。
ここでは酒場のマスター(怪人なのは間違いないが、具体的な怪人名は不明だ)自らが高級なお酒やカクテルを出してくれるらしい。
一応サージェントウルフが入ることも許されてはいるが……
コップ1杯で僕の活動費1か月分とかする高いお酒もあるというので、僕だけだったら絶対出入りしない場所だ。
だけどその日、僕は生まれて初めてそこを訪れた……ジャック・ローズに渡された、あの服で。
正直、全然着慣れてないが、いつものラフな格好じゃダメな場所なのは、何となくわかった。
実際、カウンターに座る怪人たちは皆、ぴったりとしたスーツや綺麗なドレスを纏っていた。
彼らは観察するようにジャック・ローズを……ジャック・ローズの連れてきた子供を見ている。
その視線が恐らくはどれもサージェントウルフなんて簡単に殺せるような怪人の視線だと考えると、少し怖い。
ジャック・ローズに連れられているとはいえ、ちょっと場違いな気がする。
「いいんですか? ジャック・ローズ。その……ここ、高いんじゃ?」
その居心地の悪さに、早く出たいと思ってそんなことを言ってしまう。
だけど、ジャック・ローズはふるふると首を振ってから、言う。
「いいの。アタシ、これでも結構アンタを気に入ってるのよ。おごってあげるわ。
頑張ってるご褒美」
「そうですか……じゃあ、ありがたく頂きます」
ジャック・ローズの言葉には素直に従っておく。こういう時に断るのは帰って失礼らしいし。
僕の薄い財布じゃあ絶対足りないだろうから、普通にありがたい。
「お客様。ご注文は?」
問題は、僕が多分、前世から数えてもこんな格好でこんなところに来るのは初めてなことで。
「え? あ、じゃあ……ビール?」
「お客様。当店では未成年にアルコールはお出ししておりません」
取りあえずでビールを頼んだら、即答で返された。どうやら基本的なルールは怪人酒場と一緒らしい。そりゃそうだ。
「ええ……」
「ふふっ。アンタにはまだお酒は早すぎるわね。18歳だもの」
それに困る僕を可笑しそうに笑ったあと、ジャック・ローズが注文する。
「マスター。パピーちゃんにはいつものを。アタシにはジャック・ローズを一杯頂けるかしら」
「ジャック・ローズ?」
それで通じるのかと言う意味合いと、ジャック・ローズの注文がジャック・ローズってなんだそりゃ?という気持ちを込めて聞く。
「かしこまりました」
そう思ったのに、かしこまられた。僕の前にスッと置かれたのは、琥珀色したいつものりんごジュース。
なんで僕が普段頼んでるもの把握してるんだこの人。
そして、マスターがなんかしゃかしゃかやった後に、スッとジャック・ローズの前に置かれたのは……
「綺麗ですね。なんか、バラ色だ」
真っ赤で、綺麗な……バラの色をした酒だった。
「そうよ。これはね、ジャック・ローズっていうアタシと同じ名前のカクテルなの。甘くて、綺麗で、アタシのお気に入り」
「へぇ……」
そう言いながらジャック・ローズが心底美味そうに自分と同じ名前の酒を飲むのを見て、僕は俄然気になった。
一体どんな味がするんだ?
そう思うのは、当然のことだ。
「マスター。僕にもおな「お客様。当店では未成年にアルコールはお出ししておりません」
……言い切る前に、潰された。畜生め。
「諦めなさいな。ここのマスター、すっごく頑固だから」
そんな漫才みたいなやり取りを見て、ジャック・ローズがころころと笑う。
「それにね。お酒なんて、二十歳になればいくらでも飲めるじゃない」
「……サージェントウルフの僕にそれ言います?」
それに続いた言葉で、僕は冗談めかして言ってみる。
そう、常識なんだ。サージェントウルフが一年持たない奴が大半だなんてこと。
「アンタこそ、失礼しちゃうわ」
もちろん、ジャック・ローズにもそれが冗談だって分かってたんだろう。
「アタシはね、A級怪人ジャック・ローズ一号、コードネーム、ジョン・ドゥよ。
永遠に、とは言わないけれどパピーちゃんを一人前の男になるまでのたったの二年くらいは、きっちり面倒見てあげるわ」
ああ、分かってるさ。この人が早々死ぬことなんてないし、僕だって死ぬつもりは無い。
そりゃあ運悪く死ぬことだってあるかもしれないが、そん時は交通事故にでもあったとでも思えばいい。仕方がない。
……永遠なんて、無理だけど、たった二年くらい、大丈夫だと思う。
そう、信じていたんだ。あの日までは。
……あの日が訪れたのは、それから数日たった頃だった。
「はい。こちらジャック・ローズ1号……ええ。分かったわ。了解。すぐに行くわ」
いつものように指令を告げる電話があり、ジャック・ローズが話を聞いて、身体をこわばらせたのを感じた。
「ジャック・ローズ?」
「……さあ、パピーちゃん。お仕事の時間よ。それもお急ぎですって」
そっと受話器を置いたジャック・ローズが、少しだけ息を飲んでから、僕に告げる。
「一体何が……?」
「脱走した怪人の『討伐』部隊の救援よ」
「……討伐?」
その言葉に、僕は違和感を感じた。
三か月前に聞いたとき、アレは『捕獲』が命令じゃなかったか?
「ええ。過去に『あの子』に殺された怪人の……彼らの同僚や後輩たちが、『あの子』を倒そうとして無茶をした。結社の命令にも無いのに、挑んでしまったようなの。複数人で」
そして続いた言葉で、僕も察した。
怪人の世界で言う同僚、後輩……
それはつまり『殺された怪人と同じ種類の怪人』で『正規の命令を受けた怪人より練度が低い』と言う意味だ。
「……まさか」
それでも、数の暴力ってやつがあるはずだろう?
そんな淡い期待を込めて見た僕に対してジャック・ローズは首を横に振った。
「残念ながら劣勢……いえ、もはや全滅に近い惨状だそうよ。
『テツジン』にも応援要請が出たようだけど……急がないと、何人助けられるか」
その言葉に含まれた意味に僕は息を飲む。
彼らは、踏みつけてしまったのだ。『B級怪人アサルトローカスの皮を被った何か』の尾を。
再生怪人が弱いのは、練度の差がでかいです。




