ジャック・ローズには早すぎる3
この人ら、これでも怪人なんだ。
それから、僕はいつものように任務をこなし続けた。
と言っても色んな任務を受けて、主にジャック・ローズが一人で任務遂行して、僕はその補佐だ。
「……今日のお仕事は、あの施設の奥にある、特殊な物質の強奪よ」
仕事モードに入ったジャック・ローズが歩く道すがら、僕に任務の説明をする。
警戒されないギリギリのラインで車を降りて、戦闘員を2匹連れて黙って歩く。
人間なら通れないような獣道、それはつまり怪人にとっては何の苦にもならない移動経路になる。
そう、ジャック・ローズから聞かされた時は、なるほどと思った。
人間、自分が絶対通らない道はそもそもあることを認識しないか、知っててもまさかここを通るとは思わないものらしい。
「警備員を無力化して、奥まで行って、獲物をゲットして、帰る。いつものように行きましょ」
―――了解。
仕事中、無駄口を叩かない。サージェントウルフには便利な《沈黙の命令》があるんだから、使わないとね。
ジャック・ローズからそう教わった。
なるほど、聞かれる心配が無いし、言い間違いも聞き間違いもないし、話してる声を聴かれる可能性だって減る。
おまけに声に出さない分、伝わるのが『早い』……とても応用性が高いんだなと思った。
自分の持っている特殊能力がどんなものか把握してすらいないのが三流、使いこなせて二流、応用出来て、一流。
まごうことなき『一流』であろうジャック・ローズの教えは、いつも大体理に叶っている。
―――1,2。後ろからついてきて気絶か床に手をついた人間を見たら、渡した縄で縛れ。
こくり。
つい先ほどであったばかりの今回の支給品であり、適当に数字を振った戦闘員に命令を出すと、縄を持った戦闘員が頷く。
全身真っ黒の身体に貼り付けられたプロテクターみたいな外骨格と蟻の顔そのままな頭。
それが、戦闘員だ。対して強くは無いがそれでも警官が持ってるような小型拳銃の弾くらいは弾くし、パンチで人間殺すくらいは出来る。
壊れるような命令を出しても粛々とその通り動き続けるので、壊れても惜しくないのを考えれば捨て駒としてはまあ悪くない。
もうちょっと頭良くなってくれるとありがたいけど、それは贅沢ってもんだろう。
命令をしておけばその命令通りに動く、それしか出来ないから、こうしてサージェントウルフが《沈黙の命令》で命令するのが基本だ。
別に音声入力でも事前プログラミングでもいいらしいけど、やっぱりその場その場の対処を臨機応変にこなすのは、
現場についてきたサージェントウルフが一番だ。それが、サージェントウルフが良く死ぬ理由の一つなんだけどね。
「さあ、お仕事開始よ」
そう言いつつ、ジャック・ローズが胸元に仕込んでいたマスケラとかいう人の顔白くしたような仮面を取り出して被り、
擬態を解除した戦闘モードに入る。
服装は、いつものバラ色のスーツ……その下は今、変幻自在のバラのツルの塊になっている。
クイーン・ローズがバラの花の怪人ならば、ジャック・ローズはバラのツルの怪人、らしい。
「それじゃ、ちょっとお邪魔するわね」
そうして、施設の外壁、一番出入り口から遠いのに目的の物質が近いと言う、素晴らしい立地の壁の前に立った。
……ちなみにその場所の特定は、ジャック・ローズの『お友達』がやってくれたらしい。
ジャック・ローズはバラのツルで出来た鞭を振るう。
ジャック・ローズがA級怪人たる証とも言える、音速すら生ぬるい速度で振るわれるツルは、マシンガンの銃弾すら叩き落すし、コンクリートすら切り裂く。
コンクリートの壁に、バラのツルがめり込み『切断』していく。
数回振るえばあっという間に匠の技で出入り口が完成。
「はい。出来上がり。行くわよ。パピーちゃん」
……この人に僕、いるのかな?
警報が鳴り響く、施設の中を、走る。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
「侵入者発見……その恰好、まさか、ジャック・ローズ!?」
駆け付けた警備員たちもその侵入者を見て、いきなり固まってしまった。
バラ色のスーツを着て、マスケラで顔を隠したバラのツルを使う怪人、『怪盗』ジャック・ローズの名前は、既に世間に知られている。
むしろわざとやってる。絶対に。
「初めまして。A級怪人のジャック・ローズよ……今日のお相手は、あなた方でいいのかしら?」
そう言ってそちらを見るだけで、何人か腰を抜かしてしまう……何しろ相手は人間では対抗不能と言われる、A級怪人なのだ。無理もない。
僕だって人間だった頃に普通に仕事をしてて目の前に急にA級怪人が現れたら、全力で逃げるくらいしかできなかっただろう。で、逃げきれなくて死ぬ。
―――ジャック・ローズ。足音が聞こえる。増援。多分4人。走り方に迷いが無いから、多分ジャック・ローズだと知らない。
『命令』に従い、動き出した戦闘員を見ながら、僕は耳を澄ませて聞こえた音の意味を考えて《沈黙の命令》に乗せる。
最近ようやくサージェントウルフとしては二流になれてきたと思う……一流になる方法は、まだ良く分からない。
「了解よ。パピーちゃん」
ジャック・ローズは僕の情報を元に警備員が走ってくる方向の通路の天井を叩いて照明をたたき割る。
「ひぃ!?な、なんだ!?」
「お、おい……この手口ってもしかして……」
「じゃ、ジャック・ローズなのか!?」
結果は、驚いて腰を抜かしたのが1、立ち止まったのが2……逃げたのが、1。
―――ジャック・ローズ、1人逃げた。
「任せときなさい」
そうして駆け出した僕の横を、バラのツタが通り過ぎていく。
「あ……ぐ……」
一応そこそこ早いはずの僕より早いバラのツタが逃げた奴の首に絡まり、首を絞め……気絶させる。
前にこの方法で似たような警備員を殺してしまったから、この力加減を習得するのに随分と戦闘員を壊して練習した、そう言っていた……
ジャック・ローズ的には大事なことだったらしい。
とは言えその間に僕はと言うと、地味に骨を折ったり腹を殴ったりして残った3人の警備員たちを無力化する。
殺すのはアウト。再起不能にしちゃうのも、アウト。それ未満ならセーフ。
ジャック・ローズが決めたルールだ。
ちなみに人間がこういう時使うスタンガンとかスタンロッドは、僕は使わない。
基地内ではともかく外に出てるときに持ってるの見つかると色々面倒なのだ。
やっぱり素手がなんだかんだ楽だ。あとはその辺で拾える石。
―――この3人を捕縛したら、車まで帰投。
戦闘員に縛るのは任せて、次に向かう。
今回は樹里さんと言うジャック・ローズの『お友達』のB級怪人からの情報があるから探す手間が省けている。
強奪はいつだって、時間との戦いだ。
今回の最終目標地点である、特殊な物質とやらが保管されている部屋。当然のように認証装置と分厚い鉄の扉があった。
「……なるほどねぇ、これはアタシが投入されるわけだわ」
そんなことを言いながら、ジャック・ローズはバラのツタを振るって、扉を切り刻む。
当然のように鳴り響く警報装置をBGMに、部屋の中に入って、目的の品を取る。
なんかレーザーかなんかあったみたいでジャック・ローズのツタが一部焼け焦げたけど、
A級怪人に相応しいだけの再生能力を持つジャック・ローズならばすぐ再生する。
そしてレーザーの照射装置ををツタで壊す。
どんなにハイテクなセキュリティ装置だって、基本的には武装した人間程度、サージェントウルフなら何とか防げる程度までしか想定していない。
その扉を正面から破壊できて応援とやらがいくら来ても意味ないA級怪人には無力だ。
それが出来るからこそ、ジャック・ローズは世間から『怪盗』なんて言われるほど物資の強奪任務が多いんだろう。
「さ、帰るわよ。パピーちゃん」
―――了解。
問題の物質らしきものを持ってきた鞄に詰めて、僕らは急いで施設を後にする。
山奥の施設は、警察とかが来るのすごく遅いから、楽だ。
帰り道は、僕が来た時とは別の車を運転し、後部座席にジャック・ローズが座ることにしている。
車の運転なんて、年上の上司にやってもらうもんじゃないからね。
「……そう言えば、ジャック・ローズはなんで殺さないんですか?」
「あら? どういうこと?」
帰る道すがらと言うのは、割と暇だ。こういう時は、質問する。
この人は聞けば教えてくれる。疑問に思ったことを確認しておくのはとても、大事なことだ。
そう、ジャック・ローズに教わった。
「ジャック・ローズなら、人間なんて簡単に殺せるでしょ?
でもわざわざ殺さずに驚かせて捕縛したり、気絶させたり、骨折させたり、面倒くさくないですか?」
前々から疑問には思っていた。なんで殺さないのかと。結社の怪人なんだから、今更、法律がどうとか関係ないじゃないか。
「分かってないのね。パピーちゃんは」
「だからパピーちゃんはやめてください」
だが、そう言うとジャック・ローズはため息と共にいつものように言って、僕はそれに同じような答えを返す。
「ダメ。アンタが『男の子』なうちはパピーちゃんよ」
……で、どうやったら僕を男の人だと認めてくれるんだろうか? それは未だに分からない。
「……クソったれ」
「で、なんで殺さないのか、だったかしら」
僕の悪態は、華麗にスルーされた。
「……はい」
「それはね、とっても簡単な話」
ミラー越しに、ジャック・ローズが意味深に笑いながら、その理由を言った。
「結社の命令を受けてないからよ」
「……は?」
その答えに納得いかず、僕は呆けた声を上げてしまった。
「パピーちゃん、今回の任務は?」
「……この研究所にある、特殊な物質の強奪」
そんな僕に噛んで含めるように、ジャック・ローズは思ったことをいう。
「そうね。で、特殊な物質の強奪で、人を殺す必要はあるのかしら?」
「……無いと、思います」
それはまあ、分かる。殺す必要は無かったし、今回は誰も殺してない。
「だから、出来る限りは殺さない。どうしようもない事故みたいな不運とか、A級怪人ジャック・ローズ相手であっても戦って、死ぬのを覚悟している戦士だというなら別よ?
でもね、死にたくなんて無いと思ってる、殺さなくても命令が達成できる。
そういう時は殺さないようにしているの……殺したら、きっと悲しむ人が居るもの」
……そう言えば、そうだ。あの警備の人たちだって、何かしら持ってるんだろう。家族とか友人とか。
「お友達が死んであんなに悲しんでいたパピーちゃんが、大切な人が死んで悲しいという気持ちが分からないなんて、言わせないわよ?」
「……そりゃ、分かりますけど」
そして、それはきっと人間だった頃を『前世』と割り切る僕ら怪人よりも多い、はずだ。
「あそこにいた人たちにはね。きっと同じくらい、死んだら悲しんでくれる人がいるの。それもたくさん」
僕の目に理解が宿ったからか、笑顔が意味深なものから朗らかなものに変わった。
それから、真面目な顔をして、言う。
「アタシたちは怪人で、すごい力を持ってる。あそこの人たちは人間で、すごい力を持っていない。
たったそれだけの違い。それだけの差よ。だったら、同じくらい尊重しないとダメ」
……結社では『怪人は優良種で劣等なる人間より優れてる』って教わったんだが、ジャック・ローズの意見は違うみたいだ。
「そういうもん、ですか」
「そういうもんよ」
だが、そう言うものらしい。
「アタシたちは力を持ってる。それは、ただの力。それ以上でも、それ以下でもない。何をしても許される免罪符では決して無いの」
怪人はすごい力を持っているのだから、何をしてもいい……
結社ではごく普通の考えなのに、そっちもジャック・ローズの意見は違うみたいだ。
「でも、僕たちは怪人だし、悪じゃないんですか?」
「……アタシには善とか悪とか、難しいことは分からない。でもね、どうすればカッコいいのかは分かるの」
そう言うジャック・ローズの顔は少し悲し気だ。多分、分かってるんだろう。
自分の考えが強い奴が何しても許されるが徹底されてる結社の中ではおかしいってことくらいは。
「カッコいいって……生きるか死ぬかがすべてじゃないんですか?」
僕だって、本当なら生き残ることを最優先したい。あんなに優秀だった5127号が3日で死んだのを知っているから。
「そんな生き様だと、長生きできないし、くだらない死に方をする。生き延びてもいつかダサいかぼちゃになる。
それを見てきたからこそ、アタシはせめてカッコよくいたいの」
……そう言えば、ジャック・ローズの知り合いはB級怪人が多い。他のA級怪人はあまり好きじゃないとも言っていた。
他のA級怪人はジャック・ローズのいう『ダサいかぼちゃ』が多いんだろう。多分だけど。
「アタシたちは結社の怪人。それは変えられない。結社の命令だったら、盗みだろうと殺しだろうとなんでもする。それも変えられないし、命令遂行のためだったら何をやっても成し遂げる。それがアタシなりの怪人としての誇り」
多分、この人なりに悩んではいるんだろう。
脳改造受けた怪人が結社の命令に逆らえるように出来ていないのと、根っこがとびっきりの善人であることの差に。
「でもね。命令が無いときは自由なの。
結社の怪人だからって、どんなときも悪いことしなきゃダメだなんて聞いてない。
だったら、出来るだけ悪いことはしないで、出来るだけいいことをする。
そうやってカッコつけるくらい許してくれても良いと思わない?」
「……よく、分からないです」
そうして悩んで出したらしい結論。だが、僕にはまだ良く分からない。
「分かるようになったら、アンタはパピーちゃん卒業よ。そのときは、アタシが寝ないで考えたコードネームで呼んであげるわ」
それが分かるようになったら、大人なのか。僕はしばらく大人になれそうに無いな。
……そう思ってて、ふと気づいた。
「……僕のコードネームってそんなに考えて決めたんですか?」
「パピーちゃんが一生背負うことになる名前なのよ? 最高にカッコいい名前つけてあげないと、失礼でしょ」
クッソ。この人こういう時はすごくカッコいい。さりげないから余計に。
「だったら、パピーちゃん呼びをまずやめてくださいってば」
「それは、ダメ。アンタはまだあの名前に相応しい『カッコいい男の人』じゃないもの。
パピーちゃんにはいつか名前を問われたときにあの名前を堂々と名乗れるくらい、カッコいい人になって欲しいの」
そうか。あの名前、カッコいいから名乗ろうと思ったら『大人』にならないといけないのか。
「それと、アンタもジャック・ローズ呼び辞めても良いと思うんだけど?」
「え?」
だから、続いた言葉に僕は面食らう。
「コードネーム。アタシにもちゃんとあるの、知ってるでしょ?」
「……確か、ジョン・ドゥでしたっけ?」
そう言えば、数か月前、初めて会った時に名乗られた気がする。
でも僕も含めてみんなジャック・ローズのことは『ジャック・ローズ』って呼ぶから、全然なじみが無い。
「そうよ。アタシに相応しい名前だと思わない?」
「でもジャック・ローズは結社に1人しかいませんし……そもそもジャックとジョンってあんまり変わらなくないですか?」
それが僕なりに考えて、出した結論。
「……パピーちゃん、アンタ、まず調べる癖をつけなさい。よく見て、調べる。観察する。それが生き延びる秘訣よ」
僕の回答は、ダメだったらしい。
ジャック・ローズにため息をつかれた……確かに、生き延びるには知ろうとすることは悪くない。
その教えに従い、僕はその意味を調べて……ジャック・ローズのままで行くことを決めた。
派手で、カッコよくて、一度見たら忘れられない『正義のヒーロー』みたいなジャック・ローズには、ジョン・ドゥなんて名前は似合わない。
人間相手なら、命がけになる必要があんまり無いんだ。基本的には。




