第69話 乗り越えた先は自分の死に恐怖を覚えなくなるのじゃ
「失礼します!」
談話室に大きな声を出して入ってきたのは自衛隊の方々。
先頭は少し歳のいったおじさんだけど、やっぱりめちゃくちゃ姿勢がいい。重心が頭のてっぺんから足元までピーンと一本線だ。
「来たようだね」
ん? 高橋さんが呼んだのかな? 後ろに何人か若そうな方が続いて入ってくる。
「ほほう。中々よい顔つきをしておるな、この基地にいるものだけじゃのに、これは期待ができるのう」
「ですね。こちらの方たちが、この基地のスキル持ちで三十歳までの全員でしょうか?」
「いえ。非番のものに数人おりますので全員ではありません。それと、全国、あと、海外派遣されているものを合わせれば五百人弱。そのものたちを現任務から外し、集結するよう辞令も下りております」
「ありがたい。思ったより早い動きで助かります。さすがに総理も重い腰を上げてくれたようですので安心しました」
「こやつらを最低Bランクまでにのう。くくっ、何人がたかぴーの修行についてこれるか楽しみじゃな」
「タマさん、ここではさすがにたかぴーは……」
あ、自衛隊員の方々、笑顔にはなってないけど震えてる……笑いをこらえてるんだね。わかるよその気持ち。
だけど、Bランク? 俺たちもそうだけど、もしかしてこの方たちも半年でBランクにするって言うの?
「構わんであろうが。どうせ生き残るのは数名なのじゃからな。くっくっく……」
あ、タマちゃんのいたずらだ。真剣にそうだとしたら笑い話には絶対しない。
……ということは……高橋さんが修行をつけるならランクアップも可能だろうな……たぶん。
その方たちに高橋さんが軽く説明をしたあと、俺たちもこの基地での用事も終わったようで、帰り支度をするように言われた。
片付けるのは駄菓子の包装と、紙コップだけなんだけどね。
残る高橋さんを置いて、キャンピングカーに戻ってきた俺たち。
「レイ、それに皆も言っておくが、これからやる修行は表には出せん。じゃからお主らは学園に通いながら、修行をしてもらうことになる」
タマちゃんが席に着いた俺たちに向けて真剣な顔をしてそんなことを言ってくるけど――
「タマちゃんのほっぺたにチョコがついてるです」
「ぬ? 格好がつかんではないか……これでよいかの?」
「……タマちゃん、俺の手はタオルじゃないからね……まあいいけど」
シオンに指摘された横に座っていたタマちゃんは俺の手をひっ掴んでゴシゴシと自分の口まわりを拭いた。
まあいいけど、言ったシオンも手についたチョコを舐め取っている。……どっちもどっちだ。
チョコで焦げ茶色になったけど、ティッシュペーパーは遠い……仕方ないか。
ペロリと舐め終えたのか、今度は俺の手についたチョコに照準を変え、しゅぱっと、捕獲された……。
シオンに舐めとられながらも、タマちゃんの話に集中する。
「お主らはすでに学生ランクではSランクと言っても過言ではないのはわかっておるか?」
「え? そうなの?」
「なんじゃレイ、元々の実力でシオリはAランクだったのじゃ、それからさらに強うなったんじゃからSなど当たり前じゃ」
「ですわね。ですが学生ランクなんてプロから見ればSランクと言っても、ちょっと強いCランクと変わりませんわよ?」
「それは謙遜しすぎじゃ、Bランクと変わらん強さは持っておる」
プロのCランクの上位やBランクなんて夢のまた夢だったけど、話的にそれを越えていかないと駄目だってことだよな。
……でもそうか、学生でもSランクになれるのならプロのSランクは当然狙いたい。
高橋さんやタマちゃんがこうも堂々と言うくらい、世界でも一握りの探索者になれる可能性がある。それも俺たち四人全員がだ。
「くっくっく。さあ面白くなってきおった、レイとミクの両親が通った道じゃ、覚悟しておくがよい、乗り越えた先は自分の死に恐怖を覚えなくなるのじゃ」
タマちゃんはそう言ってブラックサ○ダーをふたたび齧りはじめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ほれ! 右手もいただきじゃ!」
「っ! それはオトリ! 本命は――」
「甘い! その左足はすでに切っておるわ!」
残っていた右手と左足が宙に舞う。だけど今日はタマちゃんに一撃入れることができた。
ドサッ。
「くっくっく。レイよ、お主のその格好も見慣れてきたのう」
「ぐぎぎ、た、タマちゃん、そんなのんびりしてないで、これ以上血を流せば俺だって死んじゃうよ! 早くくっつけてよ!」
「仕方ないのう。レイの左手はどこじゃったかな? これは……ミクのか、あ、シオンの尻の下にあったのじゃ」
首を動かすと、シオンが胴体を切り離されて地面に落ちていた……。
「は? ちょっ、シオンが死んじゃうよ! 前鬼さん早く!」
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「今日は十回だけ死にかけたのです。頭が無事だったから生きてるですけど」
「私も八回、首が飛びましたわ……それに後鬼さんは私のこのおっぱいが気に入らないのか、何度ももぎ取られましたし」
シオンとミクの殺気を帯びた視線がシオリの胸にそそがれてる。
やめて上げてねシオン。ミクもそのワキワキした手は何をする気なの?
スッと二人とシオリとの間に体を入れてなんとか守っておく。二人にはほっぺたをつねられ伸ばされたけど……殺気は消えた。
「お兄ちゃんがそう言うなら仕方ない、か。そうそうエンちゃんも容赦ないよねー、座敷わらしは戦うと強いって再認識したよ、腸がビローンだよ? さすがに引くって」
「俺もタマちゃんのクセなのか手足は何回飛ばされたかわからないよ」
社務所裏にある露天風呂に入り、今日の疲れを取っているんだけど、数日前にタマちゃんが言ってた――
『乗り越えた先は自分の死に恐怖を覚えなくなるのじゃ』
――を実感している。
修行開始後はじめての週末。タマちゃんの神社にお泊まりで修行に来て、全員ボコボコだ。
これまでも修行で何度も切り刻まれているけど、一日一回だった。その後は血が足りなくなるからだけど、修行の終わり間近になるだけだった。
だけど今は毎日複数回はそんな状態だ。死を恐れないか……。いや、怖すぎて避けるの上手くなりそうだよ……。
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