第65話 ただいま
「聖一!」
エアクッションから這い出てきた聖一をおもいっきり殴り付けた。
「レ――」
聖一はエアクッションの横にめり込むように吹き飛び、まだ上に乗っていた肌色の物体が宙に舞い飛ぶ。
限界まで食い込んだ聖一が、元の姿に戻ろうとするエアクッションから吐き出され、ドスンと俺の足元に仰向けで落ちてきた。
ビクンビクンと脈動している。まだ生きているようだ。
だけど全裸の聖一のちょうど中心、胸の部分が俺の拳の形に凹んでいて、肋骨が何本も開放骨折しているのが見えた。
「ゴフッ……れ、イ、テメエ」
「聖一。もう終わりだよ。聖一はやりすぎたんだ。山本先輩も捕まったよ」
「は、ああ? ん、な分けねえだろ、な、にかの間違い……だ。ほら見ろよ、うちの黒服がいる、じゃねえか、俺はまた、やりたいこと、だけやりたいだ、けやってやるぜ」
何を言っても、何を見ても、自分に都合のよい方へ解釈しちゃうのは出会った頃、そのままだよな。
「うん。それでいいよ。でも、これだけは言っておく」
横たわり、血を吐きながらニヤリと笑う聖一。
「聖一。偽物だったけど、友達になってくれてありがとう。聖一のお陰で楽しかったこともたくさんあったんだ」
何を言ってる? って俺を見上げ黙っている聖一。
「そのお陰で俺は両親が死に、ミクが意識不明になっても頑張れたと思うんだ」
「……けっ、いいこぶり、やがって、そうだ、これは言って……おいて、やる。お前が、二葉と初デート……した日、俺様がっ、……二葉の処女を破ったんだぜ」
「……そうだったんだね、次の日歩きにくそうだったから、歩かせ過ぎたのかなと心配していたけど。それならもういいよ」
「ふ、ん、それ……とな、レイ、お前……両親の、事故は……」
まだ何か言おうとしてるけど、声は少しずつ小さくなっていくし、途切れ戸切で集中してないと聞こえない。
それなのに、気になるところで声が途絶えた。
「え? おい! 聖一! 両親の事故はなんだってんだよ! 答えろ聖一!」
聖一の頬を叩き、続きを聞こうとするけど返事がない。
「レイくんお疲れ様。あとは私の方でやっておく」
「でも! 聖一が俺の両親の事故のことを言いかけたんだ! 絶対なにか知ってるはずなんです!」
「何? それは本当かい?」
「はい! だから聖一を起こして聞き出さないと!」
「ちょっと待ってね…………うん。まだ息は有りそうだ。任せなさい、もし聖一くんから聞き出せなくとも、御三家を問いただすこともできます。それに別動隊の山本凛はこちら側にいます」
聖一から引き離されたと思ったら、聖一の首に指をあて、胸の動きを見てそう俺に向かってそう言った。
そうだ、両親が事故に遭った時、幼かった聖一が関わっている可能性は低い。一つ年上の山本先輩も同じく事故には関わっていないだろう。
残りは御三家。やっぱり高橋さんに頼ることしかできないのか俺は……。でも――
「はい。よろしくお願いします」
素直にお願いすることにした。それにここのところ疑問に思っていたことがある。
それはSランクの高橋さんとパーティーを組んでいた両親が普通の事故で亡くなるのはおかしい。
タマちゃんのところで修行していた時にも思っていたこと。
俺やシオン、シオリの手足は簡単に切り飛ばしていた前鬼さんと後鬼さんが、高橋さんだけは無理だったからだ。
レベルの違いだよ。と言われその時はそうなんだと納得していたけど……。
同じくSランクだったと聞かされた父さんと母さんが、事故で亡くなるのはおかしくないかと、どんどん疑問は深まるだけだった。
「その件に関して、私もずっと疑問だったのです。あの二人、トラックに引かれようと、剣で切りつけられようと、そう簡単には死にませんから」
「はい。修行中からですけど、ずっと疑問でした」
「近い内に知らせられるようにします。レイくん。レイくんは……ほら、シオンちゃんとシオリちゃんが心配していますよ、今日のところはゆっくり休んでください」
走り回りすぎて、前髪が上がったシオンと、そっくりなシオリが少しはなれたところで俺を見てる。ミクやタマちゃんたちも。
唯一の友達で、何年も一緒に居てくれた聖一と、今日で完全に決別できたと思う。
心の中にある、歪な大きな穴の端っこにこびり付いていた聖一との繋がり。それがやっと切れ、歪さが無くなった大きな穴。
みんなを見ているとその穴が少しずつ修復されるように小さくなっている気がした。
高橋さんに返事する前に足が勝手に動き出した。みんなの元に向かって。
背後で聖一が担架に乗せられ運ばれていく気配がしたけど、今はもう一刻も早くみんなのところにまざりたかった。
身体強化のあとに出る体のだるさもあってか、中々近づけない。たった数メートルが、凄く遠く感じるほどだ。
そしてやっと――
「「「「「「お帰りなさい」」」」」」
「レイ。お疲れ様なのです。よく頑張りましたねですよ」
「よく頑張りましたわレイ。ほら、ふらついてますわよ」
「お兄ちゃんカッコ良かったよ? ね、エンちゃんもそう思うでしょ?」
「お兄ちゃん頑張った。カッコいい」
「ようやったのレイ。少々気になることもあるじゃろうが、今はゆっくり心と身体を休ませるのじゃ」
みんなが笑顔で迎えてくれる。
ずっとあったわだかまりが消えたからか、自然に一番言いたかった言葉が安堵の息とともに出た。
「ただいま」
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