13章:コンプリートブルー(22)
「前回見てしまった時も今回も、私が音響監督に詰め寄られていた時だったんです。だから、陽山さんが私を庇ってくれたのかもって……」
「陽山さんとは大事な関係だったんですね」
そうでなければ、自分のために男に抱かれる女がいるなんて、思えるはずがない。
いくらなんでも、お花畑な発想であることは、冷泉さん自身もわかっていたのだろう。
もっとも、陽山さんが枕営業なんてしていてほしくないという願望もあったのだろうが。
それが、今日の陽山さんの表情をみて、無理矢理などではないと確信してしまったのだ。
「人としてどうかはともかく、最高のライバルだと思ってる。彼女がどう思ってくれているかはわからないけど……」
「でも、陽山さんくらいの人気と実力があれば、枕営業なんて必要ないでしょうに」
「この仕事は不安定だから……。時間切れが来る前に、できるだけ将来に繋がり続けるような大きな仕事をたくさんとっておきたいんです」
「時間切れ……若くてかわいく、ギャラが安くて使われやすいうちに足場を固めないとってことですね」
この辺の情報は、未来の声優オタクにとってはほぼ常識だ。
冷泉さんは少し驚いたようだが、話を続けた。
「陽山さんは売れる大きな波に乗っている。それでも不安なんだと思う。来年には仕事がなくなってるかもしれない。自分のことなんて誰も覚えてないかもしれないって。だからといってスタッフと寝るなんて……。彼女の才能があればそんなことをしなくても……」
俯いた冷泉さんはそれっきり黙ってしまった。
自分のためであれば、陽山さんへかける言葉もあっただろう。
それがどんなに辛いことになるとしても、
だが、自分の意思でしていることだとしたら、冷泉さんにはどうすることもできない。
「枕営業なんてやめなよ」なんてことを言えるだろうか?
つきつける証拠はない。
あったとしても、ろくな結果にはならないだろうし、解決もしない。
とれる手段があるとすれば、それとなく諭すことだが……。
難しいだろうな。
彼女達は強固な意志をもってこの場に立っている。
その上で、自分で決めて行動しているのだ。
覆すのは生半可なことではない。
それに、オレは美海から聞いて知ってしまっている。
陽山さんが自分の役を得るためだけではなく、冷泉さんに仕事をまわさないようにしていることを。
天真爛漫なアイドル声優のお腹の中は真っ黒だ。
ある意味、ライバルとして認めているということではあるのだが、それを冷泉さんに言えるわけもない。
だがなぜ冷泉さんをターゲットにしているのだろうか。
同じ事務所、同期。
理由は思いつくが、他にも対象はいそうなものだ。
それをあえて冷泉さんだけを狙い撃ちするというのが解せない。
励ましの言葉をかけるのは簡単だ。
「がんばってください」なんて言葉は、ラジオへのハガキに何度書いたかわからない。
だが彼女に必要なのは、そんな上辺だけの激励ではないだろう。
間もなくデビューする陽山さんと冷泉さんによるユニットは、一定の成果を収めることをオレは知っている。
つまり、彼女達はこの問題を乗り越えるのだ。
その後の冷泉さんに関する記憶がないことを考えると、ヴァリアントに喰われたとすればそのあたりのタイミングということになる。
オレの活動により、未来は変わりつつあるようなので、多少のズレは生じるかもしれないが。
だからオレにできることといえば、ヴァリアントから冷泉さんを護ることくらいだ。
それでも何か、かけられる言葉があるのではないだろうか。
「陽山さんのしたこと、許せませんか?」
「わからない……わからないわ……」
冷泉さんは一粒だけ涙をこぼした。
彼女の中で葛藤があるのだろう。
自分の基準では忌むべきことだが、万人がそうとは限らないということを、彼女は知っているからだろう。
「あなた! アイちゃんになにしてるの!」
宵闇を引き裂かんばかりの声が公園に響いたのはその時だった。
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