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第95話 〜やっと〜 リア・ラグーン目線



魔族の少年、アウルム・トレースが息を吹き込んだ笛からはなんの音もしなかった。

それでもアメリア様はもう一度アキラ様に逃げるように言う。

私はその言葉に従って逃げようとしたが、自分の足が動かないことに気が付いた。

いくら結界を張ったとしても、魔族の魔力を長時間浴びたためか、体が強張って動けない。

なるほど、蛇に睨まれた蛙の心境はこんな感じなのかと、場違いながらも感心する。



「魔族は魔物を操り、使役する種族。もうすでに使役されている魔物以外は僕の手足となる」



迷宮の壁という壁から魔物があふれ出した。

数十、数百なんて数ではない。

おそらく数千ほどの魔物の大軍だ。



迷宮というものに潜ることこそ初めてだが、話はよく聞いていた。

迷宮内にはトラップというものが多数設置されていて、中には本気で命を狙いにきている物まであるとか。

こんなふうに、数で押しつぶすような。


そんな話を聞いていたからか、魔族と直接対決しているわけではなかったからか、はたまたアメリア様の忠告のおかげか、一番最初に硬直を抜け出したのは私だった。



「『神の結界』強化!!」



とりあえず私にできること、結界の強化に努める。

私はアキラ様たちとは離れた場所にいたためか、大量の魔物によってアキラ様たちと分断されてしまった。


醜い顔をした魔物たちが寄ってくる。

思わず顔が引き攣った。



「いやっっ!!来ないでください!!」



短剣を出して応戦しようとするが、相手は迷宮の最下層を彷徨く魔物たちだ。

城の騎士たちに無理を言って鍛えてもらっていた短剣でも一つも傷がつかない。


アキラ様は一人の方がきっとやりやすいだろう。

アメリア様にはヨル様がついているので大丈夫だ。

すでに使役されている魔物は使役できないらしいので、ヨル様がアメリア様を守るだろう。


つまり、私が一番落としやすく、なおかつ浮いた駒だということだ。

実力のある数匹がアキラ様やヨル様の気を引いて、他が私の息の根を止める。

いつもなら猪突猛進で目の前にいる人間に襲いかかる魔物も、魔族が率いるとここまで知的に行動できるものなのか。



「守り手がいたら後々厄介になるんだよってマヒロが言ってたからさー、まずは君を潰すね?」



いつの間にか近くに来ていたアウルム・トレースが魔物の上で無邪気に微笑んでいた。


魔族の膨大な魔力を至近距離で感じたため、体がガクガクと震え、手足に力が入らなかった。

短剣が手から滑り落ちる。

短剣が落ちる音が響き、続いて私の体も迷宮の地面に沈んだ。

辛うじて目は動くが、自分の死が近づいてくるのをただ見ているだけに過ぎない。


絶対絶命の大ピンチ。

アメリア様に忠告したいがために、大した実力もないのにこんな所まで来てしまった私に対する罰だろうか。


走馬灯のように、今までの忘れていたような記憶が頭の中を流れる。

まるで、死を悟った私に忘れるなと言っているように。


そうだった。

罰だとしても、生きていても意味がないと皆が思っていたとしても……。



「……そうだとしても、私は、ここで死ぬわけには、いかないんです」



そう口から言葉が出るのと同時に、体に感覚が戻ってきた。

少し、彼の魔力に慣れたのだろうか。

震える腕で自分の上半身を上げる。


ふと視線を巡らせると、魔法を使うとき以外でも片時も手離すことがなかった大切な杖がそばに落ちていた。

あれだけのスピードで走るヨル様の上にいたときも、アキラ様が私の首を絞めたときも、……家族が亡くなった瞬間も、いつも一緒にいた相棒だ。

その杖を手に取る。

杖を、まだ力の入らない足の代わりとして立ち上がった。



「んー?まだ立ち上がるの?寝たままだったら楽に死ねたのにね」



確かに、死は一種の救いだ。

この命のしがらみから解放される。



「それでも、あの人に会うまでは……いえ、この気持ちが通じるまでは死ぬわけにはいきません」



アキラ様からあれだけ想われているアメリア様が羨ましいのと同時に、少し後悔もしていた。


私はあの人と離れるとき、自分の意思を伝えただろうか。

ここまで必死になれただろうか。

私はあの人のために何かしてあげられただろうか。


私は思えば、してもらうばかりで自分から行動に移したことはほぼないに等しい。

あるとすれば、王族の養子に入ったときくらいだろうか。


けれど、アキラ様を見て気持ちが変わった。

羨ましがるだけでは、見ているだけではダメだ。

行動に移さなければ。

消そうと思っていた想いだったが、アキラ様とアメリア様を見ていればそれがどれだけ愚かなことか分かった。

私はあの人を逃げる理由にしていただけだ。



「私はもう逃げません。流されもしません。私は、私は……もう自分の言葉を曲げない」



杖についている巨大な魔石が青い光を帯びた。

この杖はあの人が自ら作ってくれたもの。

魔石はあの人が討伐した魔物の魔石。

この杖があれば私は何も怖くない。



「私は必ずあの人に会いに行きます」



復讐に囚われた私を癒してくれたように、私もあの人を癒したい。


私の想いに呼応するように、これまで以上に魔石が光った。



「『神の反転結界』」



魔石がさらに輝き、続いて私の体も光りだす。

動揺したような声から察するに、アキラ様やヨル様、アメリア様も同じような状態だろう。


この魔法は、私が王城で集めた書物の情報を元に作り出した新しい結界だ。

理論上は実現可能だったが、何かが致命的に足りず、そのときは一度も成功することはなかった。

だが、どうやら足りなかったものとは、私の気持ちだったらしい。

やっと、成功した。



「それ、歴代の守り手にはなかった技だね。ふーん、マヒロはこれを嫌がってたのかな?見たところそんなに変わってない気がするけど……ま、攻撃してみれば分かるか!」



アウルム・トレースは近くにいる全ての魔物に命令を下した。



「殺せ」



一斉に私に向かって牙、爪、魔法が襲ってくる。

私はしっかりと目を開けた。

何も見逃さないように。

怖がるメーターが振り切って自暴自棄になったのではない。

もう怖がる理由がなくなったからだ。



「なっ!!?」



一瞬ですべて片付いた。

開けた視界の中で私と同じ光に包まれたアキラ様とヨル様を視認する。

おそらくアメリア様はヨル様の後ろだろう。


徐々に光は収まり、アウルム・トレースの呆けた顔がとても印象に残った。




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