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第303話 ~国か人か~




「初代神子が成した予言。十以上あったその中に、この国で起こる災害についてのものがあった。起こったのは十年も前で、すでに復興もしたことだから詳細については割愛するが、人も動物も魔物も、命という命がたくさん死んだよ」



 神成ツツミは手の平を上にして水平に上げた。その手から水のように命が零れ落ちているような光景を錯覚する。

 どんな災いだったのかは知らないが、確かに今の大和の国にそんな陰は見えない。まだ行った場所は少ないが、どこもかなり活発に賑わっていた印象がある。



「スズはおそらく初代様を抜いた歴代神子で一番“星読み”が上手かった。だから親類や民草の被害についても事前に予知して知っていたんだろう。私にも知られぬように予言を止めようと動いていたスズは、一体何をしたのか災害が起こる前のある日、神罰の雷に撃たれた。そこから十年昏睡状態のまま、目覚めることなく死んじまったよ。それがきっと、お前のもとに神が降りられた日だったんだろうさ。結果的に見ると、スズのしたことはすべて無駄だった。犬死だ」


「……そのことについて、他の御三家すらも知らないのね。神成スズが初代神子の予言に抗ったこと、昏睡状態だったことすらも」



 だからアメリアが空挺船内でアマリリスに聞いた話と少しばかり齟齬があったようだ。

 俺はその場にいなかったが、神成家の予言についてアメリアに説明したアマリリスは、まるで神成家が祖先である初代神子の予言をその通りに起こすために口を噤み、暗躍していると思っている。口を噤んでいたのは確かだが、何もできなかったとはいえ抗う者がいないわけではなかったということを知らなかったのだろう。

 無駄だったと、娘のことを言うツツミに俺は少し顔を顰めた。

 神成カガミを通じて見た夢でカガミを迎えたあの十二単の女性が、おそらく神成スズなのだろう。だからだろうか、他人事のように思えないのは。



「ああ。それどころかこのことはミキすらも知らない。神成家当主としてあるために、ミキには雷が落ちた日に母は亡くなったと言ってある。すでに神子ではなくなった私がまた当主に返り咲くわけにもいかなかったからな」


「それはっ……!」



 俺は思わず少しばかり大きな声を出してしまった。

 それは、あまりに酷ではないだろうか。

 ここまで姿がないということは、おそらく神成ミキの父親もいないか、すでに死んでいるのだろう。神成ミキの正確な年齢は知らないが、十年前というと今の俺よりもまだ幼い子どもだったはずだ。それなのに母が辛うじてであっても生きていることを知らされず、当主として立たなくてはならなかった。

 しかも、一族が代々継いできたはずの職業を生まれながらに継承できなかったのだ。さぞ風当りは強いものだっただろう。神成ミキは一人っ子だと聞いているから、俺にとっての唯のように、苦しみを分かち合える人もいない。

 自分に置き換えてみるとそれはかなり辛い。俺ならきっと耐えられない。



「でもアキラ、王や当主の血筋というのはそういうものよ」



 静かな声でアメリアが俺を窘める。



「民と私たちの命は同価値ではなく、権力は与えられていても、時としてその命は民よりも下になる。それでも私たちは人の上に立たなくてはならない。そう生まれたから。特にハイエルフも神成家もアイテル神にまつわる神事を司るから、その血は尊ばれるべきであり、何があっても途絶えさせられないの。そう考えると、神成スズの選択は独善的で愚かだったと思う」



 魔族が関わっていた上に情状酌量の余地があったとはいえ、次期王女であるアメリアを害したキリカをそのままにしているのも、おそらくアメリアが言った理由からなのだろう。

 俺は首を振る。



「人を助けたいって思いは決して愚かなんかじゃないだろう。……俺には神成ミキに母親のことを教えなかったことが理解できない。意識すらなくても、母親が生きてるってのに死んだって聞かされていて、それで知らないところで本当に死んでしまってたなんて、もしそれを知れば俺だったら無理だ。この世すべてを恨んでも足りない」



 この世すべてを破壊しつくしても、足りない。なるほど、魔王の気持ちが少しだけわかった気がする。

 生まれや育ちが違うが故に両者の論点がズレ、意見が割れた俺たちを宥めるように、神成ツツミは言った。



「スズやお前を含む多くの者はそうだろう。我らも理解してほしいとは思わない。ただ、そこのアメリアも含め、そういうことが求められる家は多い。結局のところ、誰かが貧乏くじを引かなければ世は回らないからだ。不幸自慢したところで何にもならないから、どこも口を噤むがね」



 国か人か、神成スズはおそらく人を選んだ。アメリアはきっと国を選ぶだろう。そう生まれ、そう育ったから。俺はきっと人をとる。神や国なんぞよりも、出会った人やその人が大切にする人を守りたいと思うから。

 王女として生まれたアメリアと、ごく一般的な家系に生まれた俺。ここに来るまで大した隔たりはなかったように思うが、初めて明確に意見が決裂した。いや、これまでアメリアが俺の意見を受け入れてくれていただけかもしれないが。



「まあ聞け。神成家に生まれた子はまず自分の欲を断つよう教育されるのさ。神へお体をお貸しする代わりに、我ら神子は望んだものを手に入れることができる。欲深い者がこの力を手にすれば、たちまち世は乱れ、国は滅んでしまうからね。だから代々の神子は神成家だけに継承されるように、神に祈った。神も神子の願いを聞き届け、神成家のみに神子が継承されてきた」



 神子は勇者と同じく一代に世界一人の職業だ。おそらくまだ大和の国に神子がいたのにもかかわらず、未覚醒だったとはいえ神子として生まれたアメリアはかなりイレギュラーだった。神に愛された愛し子ゆえだろうか。



「神成家ではないエルフの神子よ。心を沈め、せいぜいその身を利用されないように気を付けな。気を抜けば何をされるか分からないよ。戦争では人の心を無くした方が勝つのだから」



 一方的にまくし立てた神成ツツミは、アメリアを見て最後にそう締めくくった。廊下に人の気配が現れ、同時に屋根裏にもいくつかの気配が戻ってくる。約束の一時間が経ったのだ。



「大奥様、朝食のご用意ができました」


「ああ。すぐ行く」



 神成ツツミは廊下からの声にそう返し、立ち上がる。



「悪いがここでの会話は全て他言無用で頼む。二人で話すのは構わないが、それ以外の人間がいるときに話すのはやめてくれ。それと、朝から重い話をしてすまなかったね。朝食は二人でとってくれ。部屋はセバスチャンに案内させる」


「……わかった。最後に一ついいか?」



 口封じを頼んできたツツミに頷き俺は立ち上がった彼女を見上げる。



「なんであんたは祈り御殿の統括なんてしてるんだ? 今話しただけでも祈りなんて現実的じゃないことを好むとも思えない」


「大層な理由なんてもんはないよ。ただ、騒がしい場所が好かんだけさ。ここは静かでいい」



 それだけ言って、ツツミは部屋から出て行った。

 そういえば神成カガミの職業は祈祷師だった。ひょっとすると、ここは元々カガミがつくった場所なのではないだろうか。

 なんにせよ、朝からどっと疲れた。



「もっと世の中が単純だったらいいのにな」


「それはそうかも」



 俺のぼやきに、アメリアは深く頷いた。





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