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第302話 ~礼を~





「私の眼の力は過去視。私が視るのは全て過去のことだ。そう分かっていても、自分の夫が日に日に衰弱し、死んでいくのを見ているだけなのは、正直辛かったさ。夫とは親が強制的に決めた政略結婚で、情なんてなかったとばかり思っていたんだがな」



 神成ツツミは自嘲げにフッと笑った。

 そして、顔を上げて俺を見る。



「薄暗い路地裏で薄汚いジジイが横たわって、ついに動けもしなくなった。そんな代わり映えしない景色を見続けたある日、お前たちがやって来た」



 息を呑む俺に、アメリアの心配そうな目が向けられる。

 アメリアには、俺がモルテでしたことについて話していない。それでも、おそらくだいたいは察しているだろう。



「今日は、お前に礼を言うためにここへ呼んだんだ。眼についての話は前置きにすぎない」


「……礼を?」



 ことりと、神成ツツミが手に持っていた煙管を置く音が響く。



「ああ。視ていただけの私にとっても、あそこは地獄のような場所だった。生きていた者たちを助けたのは確かに勇者の小僧だったろう。だが、もう手遅れだった数人を救ったのはお前だった」



 緩慢な動作で脇息から体を起こした神成ツツミが畳に手をついて、俺に向かって頭を下げた。



「あそこにいた者たちを、そして夫である神成カガミを苦しみから救い、そして弔ってくれてありがとう。あいつを、私たち家族のもとに帰してくれて、ありがとう」



 俺は目を見開いて、そして顔を顰める。



「違う。俺は……」



 あの日、俺が殺した者やその遺族から詰られる覚悟は決めていた。だからだろうか、礼を言われるよりも責められた方がマシだなんて思うのは。

 早鐘を打つ胸を宥めながら、俺はカラカラに乾いた口を開いた。



「あんたの目が過去視なら、カガミの最期も視たはずだ」


「そうさね」


「なら知ってるだろ。俺が、俺がカガミを殺した」



 アメリアが息を呑む。



「ああ、間違いなく。だがお前が一番よく知っているだろう。あれはもう手遅れだった。お前が与えたのは死ではなく救いだ。だからもう礼も言えん夫の代わりに私が言ってやってるのさ。ありがとうってね。そんなわけだから、自分を責めるのはもうやめな」


「……」


「いいかい小僧、人間はいつか必ず死ぬ。それが世の理さ。老衰だろうが殺人だろうが、死ぬときは死ぬ。若かろうが年寄りだろうが、そのときが来れば死ぬのが人間だ」



 落ち着いた声音の神成ツツミの言葉が静かな室内に溶ける。



「自分のもんならともかく、他人の死なんぞを後生大事に抱えておくほど、私たちの人生は長くないよ。例え何千年生きるエルフ族でも、生だの死だの答えのない問いを考え続けるのは時間の無駄。んなこと考える時間があんならもっと建設的なことを考えな」


「……納得できるかはともかく、覚えてはおく」


「ハッ! 頑固な小僧だね。もっと雑に考えてもいいだろうに。さぞ世が生きにくいことだろう」



 じっと見据えてくる神成ツツミから俺は目を逸らした。

 それを見た神成ツツミはフッと笑って再び脇息に体を預ける。



「なんだ、これじゃ私がお前をいじめているようじゃないか。とまあ、こっちの用件はそれだけだ。立場上こちらから出向くわけにはいかなかったから、そちらから来てもらったのは悪かったがね。かわりに他にも聞きたいことがあるのなら答えてやるよ」



 カラカラと笑う神成ツツミに、空気が一気に緩んだのを感じる。どうやら本当にそれだけを言うために俺を呼び出したらしい。

 神成ツツミは刻みタバコを火皿に詰め、火をつける。



「それなら聞きたいことがある。この国に神社はあるか? 湖のそばの石階段を上った先にある、白い鳥居の神社だ」


「見てきたように言うじゃないか。お前はこの国に来たことはないはずだが」


「夢で見た。俺の願望が見せた夢かもしれないが、カガミがその神社で若い女の人にお父様って呼ばれていた。そんで、おかえりって」



 あの神社が実際にある場所ならば、一度行ってみたい。



「……そうか」


「それと、なんで神成カガミはあんな場所にいた? あんたの夫で現当主の祖父ならそれなりの地位にいたはずだろ」



 神成ツツミは吸った煙を吹きながら、宙に目を投げて説明し始めた。


 神成家は、アイテルの娘である初代神子の時代から代々神子の職業を受け継いでいた家系である。だがどういうわけか、現当主の神成ミキは神子ではなく巫女という職業で生まれ、そのために代々続いていた習わしがいくつか続けられなくなった。その最たる例が、毎年その神社での祭りの際に行われる、神からの声を伝える『神降ろし』という神事だそうだ。

 先代神子であるツツミの娘スズが早くに亡くなり、神成ミキが当主を継いでからその神事ができなくなった。そのため民衆からの不安や不満が膨れ上がり、神成カガミを含めた神成家は船を出して神子の職業を持つアメリアに会いにエルフ族領へ向かうはずだったらしい。だが、その道中で嵐に遭い、船は大破。生き残った数人と命からがら魔族領へたどり着いたと。


 それを聞いてアメリアが息を呑む。

 カガミの死にアメリアも関係しているということだ。



「私が視たのはこんな感じかね。結局のところその船に乗っていた者はお前たちが助けた三人以外全員海の藻屑かあの路地裏で死んじまったよ。戦時中で今年はそもそも祭りが開催されるか分からないが、現にアメリア王女はこの国にいるから、奴らの遠征も価値があったのかなかったのか……。ああ、神社ならいつでも行っていいはずだよ。お前の言ったとおり、湖近くの階段を上がった先にある。祭り以外のときに人が訪れることはないから、神も喜ぶことだろう」


「分かった。礼を言う」



 俺は頷いた。

 夢で見たときのように桜が咲いているのかは分からないが、そうでなくても綺麗な場所だろう。



「私からも一ついい?」


「構いやしないよ」



 おずおずと手をあげて主張するアメリアに神成ツツミはそっけなく頷く。

 アメリア自身敬語や礼儀なんかを気にする性分ではないが、ここまで普通に接されているのは逆に珍しいかもしれない。ツツミが先々代神子だからだろうか。



「計算が合わないと思うの。アイテル神が『先代神子が身罷ったから』と言って私の体に降りたのが、獣人族領から魔族領に向かっている途中だった。さっき貴方は早くに亡くなったと言ったけれど、それまで神成スズが生きていたのなら、神成カガミが衰弱するのに三日四日かかったとしても、船が難破したりする時間を考えても日数がおかしいし、神成ミキが当主を継いだのはつい先日のことになってしまう。でも会談で話した限り、彼女はもっと前から当主だったはず。……だけれど、神の言葉に偽りがあったとも思えない。正しいのはどちら?」


「ああ、……まあお前たちならいいか」



 確かにアメリアの言う通りだ。特に、アイテルの言葉は俺も聞いていたのだから確かである。

 アメリアの言葉に、神成ツツミは少し難しそうに考えて、そしてため息を吐いた。



「先代神子である、私の娘神成スズは、神の怒りに触れて十年くらい前から昏睡状態だったのさ。俗に言う神罰ってやつだ」


「!?」


「母親の私が言うのもなんだが、スズは昏睡状態になってから死んでいるようなもんだった。あいつは、初代神子の予言をどうにか覆そうとしていたからね」





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