表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
298/307

第294話 ~会食①~ 佐藤司目線




 最後に晶がいつの間にか所持していたこの国の国宝を返却するという、想定外の事態こそあったが、会談自体はつつがなく終わった。概ね飛行艇内で予想していた通りに進んだので戦果としてはまずまずといったところだろう。

 あとは俺たちが救助した人族の中に何人大和の国の人がいるかだ。全員この国出身だと楽だなとは思っている。どうやら晶が返した国宝の護送と、それを持った神成ミキの祖父の護衛で少なくない人数が船に乗りそのまま帰ってきていないそうなので、可能性としては高いらしいが、こればかりは助かった人たちの運なのでどうしようもない。



 そして現在は続いて行われる会食のためにカンゾウを先頭に本丸の廊下をぞろぞろと歩いているところだ。どうやら急な訪問にも関わらず急遽用意してくれたらしい。旅の間はどうしても煮込み料理が多くなるから、久しぶりの“大和の国”の食事が本当に楽しみだ。他のみんなもそうなのか、楽し気な様子の後ろをついて縁側を歩きながら、思考は先ほどあった唯一のイレギュラーに向かう。


 それにしても晶のやつ、一体いつどこであんな代物を手に入れていたんだ。

 晶が懐から取り出したときは銀のチャームがついたネックレスのようなものだったのに、神成ミキが声をかけた瞬間に、よく日本史の教科書などで見たことのある銅鏡に形が変わった。あれって教科書では裏面の凸凹した意匠の方しか見たことがなかったけど、表面はちゃんと鏡なんだな。鏡面が太陽の光を反射していたので、持っている晶の影が濃くなったのがやけに目についた。

 聞くところによると、あれはこの“大和の国”の国宝と呼ばれる魔法具らしい。先代までは、魔力の少ない人族の神子が“神降し”をするために使用されていたのだとか。ちなみに国宝は全部で三つあるそうなので、おそらく残り二つは勾玉と剣だろう。文化や服装、城といい、この国を建てた四代目勇者って本当に日本が大好きだったんだろうな。元の世界に帰れずさぞ無念だったことだろう。


 晶が持っていた鏡だが、あれの正体が分かった瞬間、御三家の連中の空気が明らかに変わった。管理していた神成家はもちろんのこと月見家や木花家も、一気に棘が抜けたというか、俺が話しているときにすら頑なに剥がれなかった最後の壁が崩れ落ちたような感覚がした。それまでにあった警戒心を俺がつき崩していたからこそ、晶のが決定打になったのだとはわかっているものの、釈然としないのはなんだろうな。信用が得られたのはいいが。



「にしても、サクヤ様の殺気、久しぶりにお会いしたとしても前より脅威に感じなかったな……」



 アマリリスさんが泣いて経緯を話していたときに木花サクヤが周囲に雷光を具現化させるほどに激昂していたが、アメリアさんはもちろんのこと俺も隣の朝比奈君も微動だにしなかった。それほど、取り乱したあのときの木花サクヤが危険だと本能的に思えなかったのだ。

 以前この国に滞在していた際に何度もお会いしたことがあるが、そのときに感じた威圧や恐怖をまるで感じなかった。



「そりゃ、晶がたまに漏らすのより生命の危機を感じねえもん。あの人も弱いってわけじゃないんだろうけど、確実に晶よりは弱いし、たぶん今はお前や京介より下だぜ?」



 漏らした言葉に少し前を歩く七瀬君が肩を竦めた。

 確かに、No.7の地下や魔王城などで晶が『影魔法』の制御を一時的に狂わせたときや感情を乱したときには、膝をつきたくなるような重圧が周囲にまき散らされるので、それで慣らされてしまったのかもしれない。あいつが何を考えているのは分からないが、そういう意味では分かりやすい。

 まあ、それはそうとして、



「あの木花サクヤが俺より下……?」



 実感が伴わず、有り得ない言葉を聞いたように俺の脳が一時的に停止した。

 セーフハウスでノアさんにしごかれたときほどではないが、それでも上下関係を肉体に叩きこまれるくらいには稽古で尽く負かされたことのある木花サクヤが俺よりも下??

 宇宙を背負う俺に、前を歩く朝比奈君が少し笑って頷いた。みんなが角を曲がったが朝比奈君が立ち止まったので後ろを歩く俺たちも曲がり角の手前で足を止める。



「分かるぞ。師というのはずっと敵わない存在だと思うものだからな。俺もいくら強くなっても、例え全国一位になったとしても、道場の先生たちには敵わないと思ってしまう。それは健全だ」



 そう口では言いつつも朝比奈君は顔を顰めた。



「だが一番ダメなのは敵わないと思い込んで、戦わなきゃいけない場面で端から勝負を諦めることだ。もしも彼女と敵対した場合、本能が感じた実力通りの勝利をおさめることができるのかどうか。相手を選んで委縮する大将なら不戦勝の方がマシだからな。それだけは覚えておけ、よっ!」



 珍しく饒舌にそう言って、俺がたたらを踏むほどに強く背を叩いてきた朝比奈君は、身悶える俺をよそにさっさと廊下の角を曲がって行ってしまった。



「おいおい、大丈夫か? 京介のやつ、珍しく乱暴だったな」


「うん。でも言っていることは正しいから。発破をかけてくれたんだと思う。……いない方がマシ、か。まあそうならないように頑張るよ」


「んーでも、俺らはお前に背負われるためにここにいるわけじゃないの、忘れるなよな~?」



 まだ少し痺れている背を擦って七瀬君が悪戯っぽく笑った。

 優しい彼に、それでも俺は首を振る。



「ありがとう。それでも、俺は勇者だから。今回ので分かったよ。認知度という意味でも、結局矢面に立つのは俺だ。だから、どれだけ君たちに反対されても、俺自身が納得する方法でいきたいんだ。もちろん妥協はするし、頑なになるつもりはないけれどね」


「まあ、その方がお前らしいっちゃらしいよ。少なくとも俺はお前の選択について行くからさ、あんましょい込みすぎるなよな!」



 俺の言葉に気を悪くすることもなくにかっと笑う七瀬君に俺も同じ顔を浮かべる。



「うん。君たちがいるなら俺は大丈夫。なにが相手だって立ち向かってみせるよ」



 カンティネン迷宮で、当時のレベルでは確実に敵わないと分かるミノタウロス相手に立ち続けることができたのは、後ろにいるクラスメイトの存在があったからだ。そしてここに至るまでの旅でも、彼らにはたくさん助けてもらった。彼らがあの日一緒に来てくれたからこそ俺はここまで進み続けることができた。だから俺はそれに報いたいと思う。



 会食はコースらしく、すでに長机に先付けが並べられている状態だった。

 三列に並べられた長机の真ん中の列には御三家当主が左右と中央に散らばって座っており、それ以外の長机はすでに当主の後ろに控えていた他の者たちで埋まってしまっている。つまり、俺たちは強制的に御三家当主と同席することになるわけだ。なるほど、食コミュニケーションというわけか。先ほどの会談とは違って上座下座も関係ないようになっているし、家柄や身分に厳しいこの国には珍しい無礼講だ。だがさすがにアメリアさんは神成ミキの隣で、出入り口から遠い場所に座っているから無礼講なのは俺たちにだけだろうか。


 並べられた季節の食材を使用した六つの色とりどりの小鉢も大変美味しそうだが、それよりも否応なしに長机の中心に座す人物に目が奪われる。会談では抜き身の刀のような雰囲気だったその人は食事の前だからか、鞘に納められた刀くらいには雰囲気を緩ませていた。

 俺たちが最後に入室したわけだけど、既にみんな着席していて、その人の前の席だけが二つあいている。自然に避けたのかこの人が避けるように言ったのかどちらなのだろう。



「来たか、勇者の小僧。さあさ、こちらへ。……それにしても、貴様が妾たちと腹芸を成すことができるほどに成長するとはな? 以前とは大違いではないか」


「はい、失礼します。まあ、あれから色々とありまして……」



 かろうじて返答はできたものの、うろうろと目が揺れるのが自分でもわかった。うっそりと笑う木花サクヤが促すままに座敷に歩を進め、その前に座る。七瀬君は残った一つ、俺と神成ミキの間だ。ご愁傷様。だがコミュニケーション能力の高い彼ならきっと上手くやるだろう。

 朝比奈君が俺を見て微かに笑ったのと、そしてアメリアさんの真正面に座っている晶がなぜか納得したように頷いたのも見えた。

 席に着いた俺を満足げに見て、そして木花サクヤが口を開く。乾杯の合図かと思えば、その口から出たのは世話話だった。



「して、アメリア様を含めて人数が増えたようだが、そこにおるのが貴様らの言っておった追いつきたい者とやらか?」



 サクヤがちらりと目を向けた先にいるのは晶だ。

 俺は思わず顔を顰める。



「う゛……。ごほん、ええそうですサクヤ様。よくお分かりになられましたね」


「ああ分かるとも。力のある者なら誰でもわかるだろうて。月見ムツキならば見た瞬間に斬りかかっておったかもしれんな。その気配、魔力、覇気。どれをとっても人族ではない。貴様、まさか魔族か?」



 木花サクヤの言葉に残り二つの机がざわりと揺れる空気を気にも留めず、晶は外向けの笑みを浮かべる。その笑顔を見て思わず腕に鳥肌が立った。



「いいや。俺はこいつらと同じときにこの世界にやってきた、ただの暗殺者だ」



 お前のどこが“ただの”なんだという言葉を必死に飲み込む。普通の暗殺者は魔族と真正面から戦わないし、エルフ族の王女とは結ばれないんだぞ。他のメンバーもどこかもにょりとしたような表情を浮かべていたので、きっと考えることは同じだったのだろう。



「暗殺者、とな。ふふ、忍びと同じ忍ぶべき者がそれほどの強大な気配を身に着けるとは。相当な場数を踏んだのであろう。一戦死合ってみたいものだ。名は?」


「織田晶、だ」



 鯉口が切られる音がしたような気がする。

 挑発するかのように木花サクヤから晶に向かって殺気が発せられ、それに呼応するように晶の気配が段々と濃くなっていく。お前は暗殺者だろう、忍べ!

 両者とも得物を握っていないのに今にもこの場が戦場に変わってしまいそうだ。



「サクヤ様、食前で血生臭いことはやめていただけます?」



 と、一触即発にも思えたそれは神成ミキの一言で両者ともに霧散した。



「おっと、それはすまんな神成の。さて、此度は我が木花家の料理人が腕を振るった料理だ。有難くいただくとしようか…………では、乾杯!」



 それが音頭となり、全員がそれぞれのトゲトゲしたグラス、切子に注がれた飲み物を掲げる。慌てて俺たちもグラスをとって見様見真似で同じ動作をした。掲げるだけで合わせないのか。合わせようとしたところで、これだけ縦に長い机だと前と両隣くらいしか合わせられないけれど。

 掲げたあと、唇を潤す程度に口を付ける。水だった。毒の混入を警戒しているのだろうか。

 グイっと用意されていたものを飲み干した木花サクヤは、控えていた侍女におかわりを注いでもらいながらついっと俺たちに視線を向ける。この人、顔がいいから何をしても似合うな。

 同じく人間とは思えないほどの美形であるアメリアさんは絶対にしないような粗暴な動作だったが、不思議と違和感はなかった。



「勇者の小僧、この国を出た後はブルート大陸に行くと言っていたが、どうだった? 食べながらで構わんから何か話せ」



 箸で豆腐のようなものを切り、口に運びながら木花サクヤが言ってくる。出た、木花サクヤの無茶ぶり。

 頭では色々と考えながら同じものに箸を運ぶ。切ってみると豆腐にしては感触が少し固めだった。上にのってる赤いのはこれなんだろうな。六つある小鉢の中でパッと見てわかるものがサクラエビっぽいものしかない。

 なじみ深い和食だというのに、おそらく普段食べていたものと単価が違いすぎて見覚えがないのが面白いが、不安でもある。まあ、食にこだわりを持つこの国の住人が飲み物や食事に毒を盛るとは思えないが。



「とりあえず食事に関しては“大和の国”が一番ですね。あちらの大陸は大味が多くて、それに俺たちの世界にもあった料理に関しては名前が微妙に違っているものが多くありました」


「ああ、かの大陸に異世界より召喚された三代目の勇者は、あまり食事に興味がなく、かなり陽気で大雑把なお方だったというからな。それも朝令暮改が当然だったと聞くほどに」


「ああ、なるほどそれで……」



 箸を進めるが今口の中に何を入れたのかさっぱり何か分からない。原材料を言われると分かる気もするが、それでも美味しいのが不思議だ。

 にしても、三代目勇者は朝令暮改が当然だったなんて、認知症か何かだったんじゃないのか。なんて頭ではそんなことを考えつつ、傍から見れば何気なくみえるような会話をしながら頭を回し続けていた。時々七瀬君も話に入ってきてくれるのでとてもありがたい。



 月見ヤヨイの両脇にいる細山さんと上野さんは三人できゃいきゃいとこの世界のメイクやネイルについて楽しそうに話しているので心底羨ましい。ところでアマリリスさんはともかく、彼女たちに囲まれている和木君はなんで話についていけてるんだろう。と思ったが、そういえば彼には姉がいたんだったか。

 神成ミキの隣にいるアメリアさんと、その前にいる晶たちもぽつぽつと会話はしているようだが、月見ヤヨイ周辺ほど盛り上がってはいない。おそらく神成ミキの祖父だという神成カガミについて話しているのだろう。あの日、晶が手にかけた老人について話しているのだとすれば、しんみりとした雰囲気に納得がいく。頼むからその雰囲気を壊すように二人の世界を作らないでくれよ。


 先付けが下げられ、続いてお吸い物が出された。透明な出汁に浮かぶ三つ葉と桜の形をした麩、そしてふんわりと香る優しい匂いが懐かしさをくすぐってくる。先付けも美味しくはあったが、人間味のある暖かさに思わずホッと息を吐いた。



「そういえば、なんでこの国の事をレイティス国では“東国”と呼ぶんですか? レイティス国から見ればここは北ですよね? ここの西にもう一国ありますけど、そっちも正式な国名ではなく“西国”と呼んでいますし」



 七瀬君がふと思い出したかのように言った言葉を聞いて、木花サクヤの動きがピタリと止まる。

 よく周りを見れば、盛り上がっている月見ヤヨイや神成ミキの周り以外はしんと静まり返ってこちらの会話に聞き耳を立てているようだった。

 そういえばレイティス国出身のジールさんも普段は“大和の国”と呼ぶが、たまに“東国”と呼ぶことがあった気がする。


 ここカンティネン大陸は現在三つの国が存在する。

 まず南半分を支配する豊かな最大国家レイティス。残った北半分の東側三分の二ほどを領土とする“大和の国”。そして残った西側の小国“ヴェンデス”。

 俺たちはヴェンデスに行ったことはないが、傭兵国家だと聞いている。元々は人族の中でも獣人族よりの考えを持ち、戦いが好きな者が集まってできた集落が国にまで発展したのだと。


 もしかして、デリケートな国家間の問題について無遠慮に聞いてしまっただろうかと、質問をしたのは七瀬君だったが思わず俺も顔を強張らせた。特に地続きの隣国同士となると、往々にして関係が複雑であることが多いからな。

 だが木花サクヤは険しい顔をしたあとに首を振ってため息を吐いた。



「……まあ、良いか。貴様、風魔法師の小僧だったな?」


「うえっ!? は、はい!」



 まさか覚えられているとは思わなかったのか、七瀬君の声がひっくり返る。

 だが逆だ。この人は戦いを愛し、戦いに愛されている人だから。だから人の名を覚える気はなく、職業や戦い方で出会った人を記憶している。そう思うと、彼女は晶の同類なのだろう。戦っているときの表情も本当によく似ているし。



「どこから説明したものかな……」



 飲み干した吸い物の器を下げさせながら木花サクヤが少し考え込みながら話し始めた。



「この“大和の国”は確かに我が木花家の祖、四代目勇者様が建国なされた。それは確かだ。三種の国宝の存在や残された文書、伝承がそれを示している」



 続いて向付けの刺身が運ばれてくる。



「だがそれ以前、この地は今はレイティスと呼ばれる国の領土だった。……というか、当時はこのカンティネン大陸全土がエルフ族領のように一つの国だった。だがどういうわけか、四代目勇者は王より褒賞として与えられたこの地を独立国として“大和の国”と名付け、改造し建国した。レイティスでは“西国”と呼ばれるヴェンデスが独立したのもこの頃だ。おかげでこのカンティネン大陸はそれ以降常に戦の気配が付きまとう泥沼状態になった……」



 意図せずに語られた、この国の建国話に俺たちは思わず聞き入った。

 木花サクヤが七瀬君に問われて険しい顔をしたのは、このことからだろうか。尊敬している一族の祖の行いに疑念を抱いている。



「レイティス国がどうして我が国を“東国”と呼ぶのか、だったな? それは、レイティス国が我らが四代目勇者の名付けた“大和の国”という国名を認めていなかったからだ。だから勝手に独立した東側の国という意味でそのまま“東国”と呼んでいる。同じくヴェンデスも“西国”と。もっとも、ヴェンデス国がそれに対してどう思っているかは知らんが」


「なるほど、そういうことでしたか」



 俺はそう呟いて向付けの刺身を口に運んだ。山葵を乗せすぎてつーんとする刺激を目を閉じてやり過ごす。



「ですが、そのレイティス国とは同盟を結んでいたはずです。現在は国として認めていない、なんてことはないのでは?」


「そうだな。建国当初は怒りや憤りからつけた“東国”という名がレイティス国ではそれで固定されてしまい、そのまま根付いているだけだ。だが、誇りある名ではなく“東国”と聞く度に、祖先が味わった屈辱を感じ不快に思うのも仕方あるまい? だからその名で我が国を呼ぶことは許さん。良いな」


「はい、不躾な質問をしてしまい申し訳ありません」


「構わぬ。無知は罪ではない。だが知ったからには忘れることは許さぬ」


「ええ。もちろんです。他のみんなにも周知しておきます」



 ちらりと視線を向けると、七瀬君も真剣な顔つきで頷いていた。 


 この流れなら、聞けるかもしれない。



「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「ふふ、なぜレイティス国と戦争を始めたか、か?」



 こちらの最も聞きたかった質問を先取りし笑う木花サクヤに思わず目を見開いた。

 いや、俺がこの質問をするのは意外でも何でもないはずだ。動揺しかけた心を静め、何でもありませんよとばかりにほほ笑む。


 刺身の皿が下げられ、よく旅館で出てくるような一人用のいろり鍋と取り皿がそれぞれの前に用意され始めた。元の世界では固形燃料が入っているところには、すでにチロチロと青白い炎が浮かんでいる。使われているものや食べ物はほとんど変わらないのに所々が絶妙に異世界なんだよな。四代目勇者は絶対に凝り性だ。



「ええ。以前滞在していたとき、まさかこの国とレイティス国が戦争を始めるなんて思ってもみなかったものですから。両国の貿易も活発だったように感じました。とても戦前には見えなかった」



 俺たちがこの地にいた頃、城下町で毎週開かれる市ではレイティス産の野菜や、レイティス国でしか栽培していない特別な小麦を使用したパンなどが多く出品してあり、とても賑わっていた。おそらく大和の国からは主に魚介や米などが輸出されていたはずだ。

 現在はそれらがどうなっているかは分からないが、あの美味しいパンが食べられないのは少し残念に思う。和食の次くらいには次に食べることを楽しみにしていたのに。米は好きだがそればかり続くのはどうも飽きるからな。



「そうよな。我らも、開戦までいくとは思わなんだ」



 ふと気づくと盛り上がっていたはずの月見ヤヨイや、神成ミキでさえも話を止めてこちらを注視していた。

 ぐつぐつと鍋の煮える音がしんと静まり返った広間に響く。卵が用意されているし、匂いからしてすき焼きか何かだろうが、まだ鍋の蓋は取られていない。



「十数年程前、今は亡きレイティス国王妃様の尽力で両国に同盟が結ばれた。当時はヴェンデス国が少々きな臭い動きをしていてな。獣人族領ウルクと結託してカンティネン大陸に攻めてくるのでは、なんて噂もあったものだ。互いの国を守り発展させるための同盟だった。レイティス国にとっても我が国がヴェンデスに吸収され、北部同盟としてレイティス国に牙を剥かれると無傷では済まないからな。我が国としてもヴェンデスのような安寧を崩す行為は許し難いものだった」



 木花サクヤはそこで一気に切子に注がれた水を飲み干した。

 カツンっと音が鳴る。



「だが、その数年後。我が国……いや、我が一族が国境を警備している際に魔物を一匹レイティス国側に逃がしてしまい、それが王妃様が亡くなられた馬車の事故につながった。それ以来、貿易こそ続いていたが、レイティス国からの細々とした嫌がらせが続くようになった」


「細々とした?」


「そうさな、小さいものは書類の不備、大きいものは国境侵犯まで幅広くだ」


「こ、国境侵犯!?」


「武装こそしていなかったが、兵士が何度も無断で国境を越えてこちらへな。関所すら通らずわざわざ忍び込んできた。それも十五度だ。我らは我慢した方ではないか?」


「そ、それはそうですね」



 この世界でも国境侵犯ってあるのか。そういえばレイティス国を出た後この国に入るために関所を通ったが、その頃にはジールさんと合流していたからすべて任せてしまっていた気がする。この国で冒険者ギルドに登録したので、獣人族領に入るときには大した調べは受けなかったから、それほど面倒だとは感じなかったが、もしかしてレイティス国を出たときは一歩間違えれば俺たちも国境侵犯だった可能性があるのだろうか。ジールさんの勧めでちゃんと関所を通っていてよかった。

 だが、それだけでは開戦に踏み込むには弱いはずだ。大国が他国を下にみることはよくあることだろう。獣人族領でもウルクが幅を利かせていたし。



「それと、同盟の折に結ばれた神成ミキの許嫁、リオール・レイティス殿がこちらへ何の知らせもなく処刑された。それも、罪状はなし」


「は!? あ、いえ。すみません」


「良い。妾たちも同じ反応をしたからな」



 リオール・レイティスというと、おそらくレイティス王族の傍系の彼の事だろう。俺も王女に連れられていたときに紹介され、二度ほど話したことがある。銀髪に蒼の瞳を持つ穏やかな気質の王子だった。王女よりも年上の男子だったが傍系ゆえに王位継承権は低く、同盟国に婿に入ることが決まっているのだと聞いていたが、まさか神成ミキの許嫁だったとは。

 俺の位置から七瀬君の隣にいる神成ミキの顔は見えないがきっといい顔はしていないだろう。



「罪状がない処刑など有り得るのですか? しかも他国に入ることが決まっていた王子が」


「有り得ん。政治的に邪魔なものを排除したいから、なんて馬鹿な濡れ衣で処刑されたとしても、処刑されるには必ず罪状が存在する」



 それを罪状なしで処刑したということは……。



「神成家、いや、大和の国に喧嘩を売っている?」


「ああ。我らも同じ考えだ」



 侍女が寄ってきて、いろり鍋の蓋を取っていった。部屋中にすき焼きのいい匂いが充満する。茶色の液の中に結ばれた糸こんにゃくや人参、椎茸、春菊などが所狭しと並んでいる。続いて赤身の多い牛肉が配膳された。たまの贅沢で父が買ってくる高い肉と同じようなものだ。母は父の無駄遣いを怒りつつもウキウキとご飯の支度をしていたっけな。そのときは各々の肉の取り分が少なくなるから兄が怒っていた気がする。ああはなるまいと反面教師にしていたのに彼は気づいていただろうか。

 木花サクヤは取り皿に卵を割り入れ、溶いた。俺たちも同じようにする。



「加えて、これが最重要なのだが、貸し出していた我が国の国宝が期限を過ぎても返却されんのだ」


「鏡以外となると、勾玉か剣ですか?」


「ほう、よく勉強しているようだな。そう、勾玉が返ってこぬ」



 勉強をしたというか、元ネタを知っているというか……。まあ説明が面倒だからいいか。



「まあそれが主な宣戦布告の内容だな。我が国の国宝、勾玉を返すつもりはない、と」


「ただの勾玉ではないんですね?」


「もちろん、国宝がそうであるためにはそれ相応の理由が存在する。例えば魔力を豊富に含んでいたり、すべての魔法を弾いたり、天候を強制的に変える力があったりだ。その中のどれが勾玉の力かは貴様らに教えることはできんが」


「いえ。十分です」



 魔法を弾くのは鏡だろう。そして天候を強制的に変えることができるのはきっと剣だ。元の世界にある天叢雲剣の伝承を思えばその可能性が高い。

 残ったのは魔力を豊富に含んでいること。おそらくこれが勾玉の能力だ。ヒラエスが言っていた例の水晶のことといい、レイティス国は魔力を集めているとみて間違いがないだろうな。魔王は妻を蘇らせるためにも魔力が必要だと言っていた。いつから繋がっていたかは知らないが、レイティス王はそもそも勾玉を返すつもりなどなかったのだろう。



「宣戦布告はそうとして、レイティス国が仕掛けてきているのは侵略戦争。つまりは“大和の国”の領土を我が物にしようとしている。許されるはずがないだろう」



 箸で摘まんだ牛肉がすき焼きの鍋に浸かり、火が通って茶色に色を変える。



「……ええ。領土を侵されるのはさぞ不快でしょうね」



 どうして平和のままでいられないんだろうな。





 書いてて何回もお腹が鳴った。おなかすいたー


 また、本日放送のアニメ第8話は三十分遅れの深夜2時~となります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ