第289話 ~自覚と覚悟 後~
「な、何を言って……」
佐藤がこちらを振り返る気配がした。
手帳を懐にしまい、拳を握り水平線を睨みつける。
「何って、どうやって元の世界に帰るかだろう? 俺たちは魔王をどうにかしなければ帰れないことは分かった。だからずっと、どうやって魔王を止めるか考えていたんだ。話しても分かり合えないのならもう次は拳しかない。拳でも理解できないのなら次は殺し合いだ。あいつは、魔王は死ぬまで諦めるつもりはないだろう。ならもう殺すしかない」
ラティスネイルや夜には悪いが、俺は魔王を救うのを諦めた。
ここが物語やゲームの世界だったのなら、殺さずに済む方法があったり勝負に勝てば魔王が諦めたりするのだろうが、生憎とそんな奇跡は望めそうもない。
「“魔王を”ではなく“魔族を”か?」
京介が静かに問いかけてくる言葉に俺は頷いた。
「ああ。俺は魔王を含めた魔族を皆殺しにする。もう二度と俺の家族に手出しできないように、馬鹿げた考え諸共何もかもを葬り去る」
「な、何も皆殺しになんてしなくても!」
「魔族は、十魔会議は魔王の計画に賛同し協力している。魔王を倒したとして、魔王の遺志を継いでとか、倒した魔王を蘇らせるとかで同じことをしでかさないと言い切れるか?」
「それは……」
言い募る佐藤は俺の言葉に視線を彷徨わせた。
実際に魔王と会話した俺たちだからこそ分かるだろう。あいつのカリスマ性、求心力は本物だ。マヒロやノレンはそうじゃなかったようだが、他に狂信者の一人や二人いてもおかしくはない。
「悲劇や復讐の連鎖を生まないようにするには根元からすべて駆除するのが一番だ。もし魔王を倒して俺たちが元の世界に帰ったとして、いつか異世界から攻め込まれるかもしれないって怯えながら暮らしていくのか?」
現状、本当に異世界への侵攻が可能かどうかは分からない。だがそれを実行すると言った人間が存在する以上、警戒は必要だ。それも、中途半端に終わらせてしまえば生涯警戒し続けることになる。そんなことになるのなら、安寧がないのなら、それは“帰った”と言えるのだろうか。
「トロッコ問題だ。よくあるだろう? 魔王が一歩も譲らない以上、俺たちが妨害してもこれから戦場となるこの世界の住人は少なからず犠牲になり、異世界にいる俺たちの家族も狙われている。対して、魔族はこの世界で最も人口の少ない種族だ。選ぶのはどちらかなんて分かりきったことだろ。少なくとも、俺は決めた」
俺の家族に手を出そうとしたんだ。同じように家族に手を出されても文句は言えないだろう?
だがこの先、俺は自分のこの選択を後悔するときがくるかもしれない。魔族を滅ぼしたとして、他の種族が魔王と同じ結論に至る可能性だってあるのだ。そうなると、俺はこの世界すべてを殺し尽くすのだろうか。
「そんなの不可能だ! 魔族は人族と同じく特徴的な容姿をしていないから、カンティネン大陸に潜り込まれると見分けがつかない。それに、最も人口の少ない種族だとしても十も街があるのなら、モルテから考えるに総人口は五千人以上になるだろう。もしかすると一万人も超えるかもしれない。それをすべて一人で殺してまわるって? 魔王もお前も、全く現実的じゃない! それに、ラティスネイルさんはどうするつもりなんだ」
体を反転させると、佐藤が顔を歪めて俺を見ていた。いつからか分からないが京介も体をこちらに向けて俺をじっと見ている。狭い見張り台の上で三人がそれぞれ別の方向の海を見ているのも変な光景だったが、三人で向き合っているのもなかなかにおかしな光景だな。
そんなことを頭の隅で考えながら、佐藤の言葉に返す。オーガンの内臓を探していたときに『世界眼』について説明したとばかり思っていたが、そういえばあのときいたのは京介とジールさんで佐藤はいなかったな。
「言ってなかったか? 俺のエクストラスキル『世界眼』は他人のステータス・ボードを閲覧できる。そこには種族も表示されてるから、たとえ人族の中に紛れ込んでいても俺には判別できる。ラティスネイルのことはとりあえず保留だ」
俺の守りたいものの中に、ラティスネイルが大切に思っているものは入っていない。ラティスネイル自身のことは仲間だとは思っているが、俺がしようとしていることを知ればきっと許しはしないだろう。
「『世界眼』だと!? なんなんだお前のエクストラスキルは! なんでお前だけそんなに持っている!?」
ぎゃんっと喚く佐藤に顔を顰める。
「そんなの俺に分かるわけないだろう。おおかた、平行世界の俺とやらのステータスと合わさってバグったんじゃないか? この世界に来たときから『気配隠蔽』はレベルマックスだったし。さすがは初代勇者様だよな」
「マックス!?」
勇者の声がひっくり返った。
こいつ、何気に反応が良くて面白いんだよな。こんな話をしていなければ腹を抱えて笑っていたのに。
「まだ何か隠していることがあるんじゃないだろうな……」
「別に隠しているわけじゃないが、もう一つ、レイティス城を出た後にいつの間にか取得していた『幸運』というエクストラスキルがある。まあ元々運は悪い方だったから、これでお前と同じくらいになったんじゃないか? このスキルについては俺も良くわからん」
首を傾げて言うと、ついに佐藤は頭を抱えてしまった。
本当に隠していたわけじゃないんだが、言うタイミングがなかったというか、俺の初期ステータスが強すぎてびっくりしたというのは俺にとって召喚されたその日に終わったことだったので今更だったというか。あのときは自慢すらできる状況じゃなかったし。
『幸運』についてはスキルレベルが上がった『世界眼』で詳細を視ても“めぐり合わせが良くなる”としか書いてないので本当に分からない。運が良くなるならとっとと魔王のことも解決して元の世界に帰してくれればいいのに。
「とにかく! ああもう、朝比奈君からも何か言ってくれ!」
それまで黙って俺たちの会話を聞いていた京介が突然話を振られてぱちくりと目を瞬かせた。
「何かもなにも、俺は何があっても晶の味方であると決めている。だから晶が一種族をこの世界から消滅させるのならば俺も共にその罪を背負うつもりだ」
「なっ!?」
そこで顔を赤くした佐藤が何かを言おうとしたが京介がそれを手を上げて止める。
凪いだ瞳は俺から逸らされることはなかった。
「とはいえ、俺も進んで虐殺に手を貸すのは御免だし、晶を魔王と同じ存在になどしたくはない。だからこういうのはどうだろう」
京介はここでようやく佐藤をちらりと見た。
「俺たちで晶が人を殺さずに済む方法を考える。晶が人を殺さないように動く。戦争も魔王も止める。だから晶も、魔族を根絶やしにするのは最終手段にしてくれ。それに、晶もその方法が最適だと思っているのではなく、その方が早いと思っているだけだろう? なら晶が考える術よりも早く、そして魔族を殺さなくても済むように俺たちが頑張ればいい」
俺は京介の言葉に一考の余地はあるかと頷いた。京介の言う通り、誰も死なず、殺さないで済むのならそれに越したことはない。まあ無理だとは思うが、最終手段にするくらいはいいだろう。
佐藤も異論はないのか大人しくなった。
「そもそもヴォルケーノ大陸から物理的に遠ざかっている今、魔族の処理についてはそう優先順位は高くないはずだろう? わざわざここで俺たちに宣言せずとも、お前ならモルテのときのように俺たちが気づかないうちにすべて終わらせることもできたはずだ。お前も本当は虐殺などしたくなくて、俺たちに止めてほしかったんじゃないか?」
「……」
「お前はお前が思っているより心根の優しいやつだよ」
続いて告げられた言葉に俺は思わずポカンと口を開けて固まってしまった。
そうなんだろうか。いや、自分でもわからない。でも確かに、実行する直前ではなくこのタイミングで二人に言ったということは、自分なりの宣言ではなく、少なからず自分を止めてほしいという思いがあったのだろう。まったく気づかなかった。これは魔王のことをとやかく言えないな。
「晶」
呆然と京介を見ていると、佐藤が呼びかけてきたのでそちらを向く。
険しい顔つきで、何か覚悟を決めたような目をしていた。
「お前だけが元の世界に、家に帰りたいと願っているとでも思っているのか? 俺たちは、この世界に来たときと同じように全員で帰るんだ。それにお前が言ったんだぞ、自分の身は自分で守れって。俺たちは全員、お前に守られる対象じゃない。どうしても俺たちを守ることがやめられないのなら、俺たちもお前を守る。それでいいだろう?」
いや、良くはないな。お前らに守られるつもりは毛頭ない。
だがまあどうしてもと言うのなら、守ってやられなくもない。カンティネン迷宮で両腕を折られ、俺の後ろで守られていたへっぽこ勇者の面影はもうないことだし。
俺は頷いて、そろそろ上野と交代の時間だなと思い出す。そういえばもう一つ言いたいことがあったんだった。
「分かった。それと提案なんだが、“大和の国”に到着後、俺たちは二手に分かれよう。俺はレイティス城へ向かう。魔王からの命令を伝えるためにおそらくレイティス城付近に魔族が潜伏しているはずだ。それに、ヒラエスとの約束も果たさないとならないから」
俺の言葉に佐藤と京介は頷いた。
「そうか。じゃあ俺からも提案だ。レイティス国へは俺たちが行く。正確には俺と七瀬君、津田君、上野さんあたりのメンバーになるかもしれない。朝比奈君は戦力として必要だろうから」
「は? いや、『世界眼』でステータスを確認できる俺が行った方がいいだろ。お前が人族の中に潜伏していると見分けがつかないと言ったんだぞ」
さっきの首肯は一体なんだったんだ。
眉根を寄せる俺に京介がため息を吐いた。
「晶お前、城に置いて来たクラスメイトのことは忘れたか?」
「あ」
そういえばそうだったと思いだした俺に佐藤が呆れたような目を向けてきた。俺が悪いのは分かっているがなんかムカつく。
「クラスメイトの顔も名前も覚えていないお前よりも、俺たちが行った方がいいに決まってる。龍の長との約束はあのとき一緒にいた俺や七瀬君でも実行可能だから問題はないだろう。魔族については俺たちなりに探ってみるよ。お前一人が全員のステータスを確認することだって不可能なわけだし」
それについてはその通りなんだが、なんとなく肩透かしを食らった気分だ。
「……分かった」
「そう不満そうな顔をするな。その代わり“大和の国”は任せたぞ。あそこは本当に一筋縄じゃいかないから」
苦笑したあとどこか遠い目をする佐藤に俺は首を傾げたのだった。




