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第276話 ~乱入者~




 怒りの色を湛えるその瞳をしっかりと見据えて俺は言う。



「話が長すぎてあんまり理解できなかったが、ようは今起きてるすべてのことを俺のせいだと言いたいんだよな? つまりお前みたいな責任転嫁野郎がこの世界に存在しているのも俺のせいか? お前が他種族の命を塵芥(ちりあくた)としか思っていないのも俺のせいか? 違うだろ。考えて実行するのはお前だし、他の人間を魔力リソースとして殺すのもお前だ。初代勇者の時代まで遡って無理やりこじつけてんじゃねえ」


「何……?」



 もしも魔王の計画がこのまま進めば、彼は世紀の大虐殺者だが、おそらくそれを平然と直視できる精神は持ち合わせてはいないのだろう。だから俺や初代勇者に原因を見出し、すべての責任を俺に押し付けようとしている。反応を見るに無意識だったのか。なるほど人間らしい。だがきっとサラン団長なら眉一つ動かさなかっただろうに。


 俺だって、何もしていないどころか自ら歩み寄ろうとしていたのにもかかわらず大切な妻を殺された魔王に同情心がないわけじゃない。マヒロに命じて魔法陣を出し、俺たちの反応を見て楽しむのも別にどうでもいい。性格が悪いなとは思ったが。

 だが夜をその言葉で傷つけたのは許せない。俺から見た魔王の夜への対応は、思うようにいかなかったことが原因のただの八つ当たりだ。ラティスネイルへの態度もそうだが、自分を慕ってくれている者に対してよくそんな対応ができるものだな。



「たとえどれほどその人にとってどれだけ大切なものでも、他人にとってはそうじゃない。俺にとって大切でも他人はそれを平気で足蹴にする。お前が俺たちの世界に侵攻し、俺の家族に手を出そうとしているように。……もしもどこかに責任があるとするのなら、それは大切なものを守り切れなかったお前自身だ。そもそも同盟を結んだ相手とはいえ他種族の人間を城内に招いておいて、自分の大切な者を守るために行動しなかったのはお前だろうが」



 昔、妹を痴漢した男に殴りかかったとき、そしてそれをやりすぎだと母以外の大人に叱られたとき、俺は理解した。妹への辱めと俺の拳一発は、俺にとって決して釣り合うことはないが、他人にとっては目に見える痛みである暴力の方に重きが置かれるらしい。殴らずに駅員に引き渡せばよかったのにと言われて思わず笑ってしまった。

 俺の守りたいものは他の人間にとっては傷ついても平気なものでしかない。俺にとって大切なものは他人の踏みつけてもなんとも思わないものでしかない。俺がその代償に殺すのも生ぬるいと感じた行為は、その他大多数にとっては拳一つで釣り合いがとれるどころか、やりすぎだと加害者側に同情を集めてしまうらしい。

 そこから俺は学んだ。大切に思うのなら真綿で包むように、何者にも損なわれないようにしなければならない。

 だから、俺は一刻も早く家に帰りたいのだ。今この瞬間にでも家族が傷つけられるかもしれないと考えると、俺はそれが自分が死ぬよりも怖いから。失って初めてその大切さに気付くのはもううんざりだから。



『父さんがいない間はお前が母さんと唯を守るんだぞ、晶。男同士の約束だ』



 どこかで聞いたような声が聞こえたような気がした。

 分かっている。父はそういう意味で言ったのではない。母と唯もそれを望んでいない。それでも、女の母や唯とは違って男の俺の方が体が丈夫で力があるから、だから俺が守ってやらなければならない。



「お前がかつて人族の自称勇者にされたように、お前はこれから俺たちの大切なものに手を出すんだろう。お前は自分の大切な妻を殺した自称勇者と同じ存在に成り下がる。少なくとも俺にとってその自称勇者とお前はそう変わらない」



 俺の言葉に顔を顰めた魔王が何かを言おうと口を開く。と、そのとき不意にマヒロがパチンと指を鳴らした。

 再び身構える俺たちをよそに扉に魔法陣が浮かび、俺たちが入ってきたときと同じように扉が自動で開く。そこから一人の魔族が謁見の間に入ってきた。

 魔族は俺たちのことなど見えていないように玉座の前まで進み、恭しく跪く。



「謁見中失礼いたします、魔王様。サイラス様より、すべての準備つつがなく完了したとのことです」


「そうか。ありがとう、ノレン。サイラスにもご苦労だったと伝えてほしい」


「もったいなきお言葉」



 難しい表情をしていた魔王が、その一瞬で余裕を取り戻した。



「……何を、したの」



 その切り替えを見ていたラティスネイルが顔を顰めて魔王に問いかける。

 それに対して魔王はふわりと優しくほほ笑んだ。嫌な予感にじっとりと汗が流れる。



「たった今、レイティス国は大和の国に宣戦布告をした。レイティス国は同盟国だから魔族はレイティス国につく。そして“大和の国”の同盟国はエルフ族だ。一度開戦されれば、この戦争は人族だけにとどまらない。戦火は世界中に広がるだろう」



 ひゅっとラティスネイルが息を呑んだ。俺たちも目を見開く。

 レイティス国と“大和の国”で戦争!? レイティス国の蔵書室でここ百年ほどの現代史も確認したが、レイティス国と“大和の国”は亡きレイティス王妃が仲介となって十年程前に不戦条約を結んでいたはずだ。たとえレイティス王妃が亡くなっても、国家間の取り決めはそう簡単に破棄できるものではないはずだが。ましてや同盟国とはいえ他種族で他国の魔族からの要請でなど、内政干渉もいいところだろう。



「そんな、まさか。それはだめだ! そんなことをすれば、今度こそ魔族は世界中から敵とみなされる!」


「まだ分かっていなかったのか、理解が遅いな。ミスティが殺されたその瞬間から、いや、初代勇者が魔族領北部を消し飛ばしてから、もう何もかもが遅いんだ」



 彼女が救いたいと思っていた父は、ナルサ・エルメスはもういない。ここにいるのはこの世界の共通の敵だ。

 魔王がしたいことと今まさに実行したことが俺の理解で正しければ、他種族が今まで言い続けていたように、魔王はこれから起こるすべての悲劇の諸悪の根源となってしまった。

 魔王の言葉に俯くラティスネイルの腕を俺は引いた。



「おい、ラティスネイル。何下向いてんだ。顔を上げろ」


「でも僕は……」


「人には人の物語があって、それは他人によって奪われてはならないんだろ。自分が言った言葉に責任を持てよ。あの時船で言った、お前の大切なものを守りたいのなら、立て。立ち上がって戦え」


「アキラ君……」



 話は終わりだとばかりに魔王が玉座から立ち上がる。

 ピリピリとした一触即発の気配を感じて俺は『世界眼』を起動した。



「さて、この世界から消える覚悟はできたかい?」



 その瞬間、マヒロの手から音が鳴り、俺たちの足元に魔法陣が浮かぶ。

 それに反応して、魔王のステータスを確認しようと起動していた『世界眼』を俺は足元に視線を向けてしまった。魔法陣を視た俺は、この魔法陣が範囲内にいる俺たち全員に一撃で致命傷を与えるものだと理解する。だからとっさに両隣の勇者とラティスネイルの腕を掴み、魔法陣の外まで力加減なしで投げ飛ばした。続いて勇者の隣にいた京介に手を伸ばす。



「ラティスネイル様っっ!!」



 魔法陣が発動する間の刹那に多くのことが起きた。

 まず、魔法陣は発動する寸前で重なるようにして浮かんだ同じような形の魔法陣によって相殺される。さらに、ノレンという魔族が入ってきてから開いたままになっていた謁見の間の扉から五人の魔族の兵士と、それを率いるようにNo.7のマスターがなだれ込み、俺が投げたラティスネイルを受け止めた。同じく投げられた勇者は空中で体を捻って兵士たちの横に着地する。



「やはり潜んでいたか。反逆者どもめ」



 忌々しそうに言ったマヒロの言葉が、人口密度が増したにもかかわらず静まり返る謁見の間に響いた。

 一瞬の間に起きた命の危機に俺は短く息を吐き、全身の強張った力を抜く。



「やあ、久方ぶりだね。今はNo.7のマスターと名乗っているのだったかな、愚兄の元側近カロン・クロネル。そして初めまして、先代勇者パーティーのクロウ」



 魔王の視線の先、謁見の間の隅でこちらへ伸ばしていた手を下ろし、ラティスネイルが持っていた姿や気配を隠す黒布をばさりと脱いだクロウが魔王を睨んだ。

 俺たちが最後に船でみた弱々しい姿はそこにはなく、むしろ俺が初めてクロウに出会った頃よりも力強い姿でそこに立っている。

 クロウはそのまま軽い足取りで脱いだ黒布をラティスネイルに投げ、俺の隣に並んだ。



「……成功、したんだな」


「ああ。あの娘には礼を言っておいてくれ。おかげでこうして最期まで戦えると」



 アマリリス・クラスターが作成した“強化薬”を用法用量を守って正しく使用した結果、クロウは死を目前に動かなくなってきていた体を全盛期の頃のように動かすことができている。

 ただし材料も限られた飛行艇内で急ごしらえの“強化薬”しか用意できなかったために、アマリリスが出発直前までクロウの様子を観察していたからクロウだけ後からの合流となった。

 おそらく俺がフルールの門の前でラティスネイルに渡された、何か文字が刻まれた石はGPSのような効果があるものだったのだろう。俺もいつクロウと合流できるか分からなかったために時々後ろの様子を見ていたが、この土壇場で追いついてみせるとは何かと持っているやつだ。クロウの『相殺』のおかげで俺と京介も魔法陣から逃れることができた。

 ちなみにクロウがこちらへ来ていることはアマリリスとノアとアメリアしか知らない。リアにも伝えた方がいいと言ったのだが、クロウが頑として首を振るので諦めるしかなかった。

 アマリリスが作った“強化薬”は寿命を延ばすものでも、老化を改善するものでもない。魔力を使用した命の前借だ。当然、『相殺』で同時に魔力を消費し続けるのなら命が尽きるのも早まる。魔力が尽きれば今度は生命力が消費され、最終的には寿命を待たずに死に至るだろう。そもそも魔力が尽きてから生命力を魔力に切り替えるのも生存本能が働いた結果なので、もしかすると魔力の消費のみで終わってしまう可能性も十分にある。


 だがクロウは、ここを死に場所と定めたらしい。



「リアに泣かれるぞ」


「死なんと戦えば生き、と言うだろう」



 クロウはニヤリと笑い、肩を竦める。生き生きとしたその様子に俺は同じ表情を浮かべ“夜刀神”を抜いた。

 魔王へ向かおうとする俺たちの前にマヒロが立ちふさがる。


 謁見の間の扉の前ではノレンという魔族へ京介とマスター、そしてマスターが連れてきた兵士が対峙していた。勇者とラティスネイル、夜は玉座の前に立つ魔王の元へ行こうとして、マヒロの魔法陣に阻まれているようだ。

 俺とクロウはマヒロが魔王の防御へと意識を割けないようにする役目だろう。ここまでマヒロが厳重に守るということは魔王に戦闘能力はないのか? 先ほどの一瞬で魔王のステータスを確認できなかったことが惜しまれる。



「来いよ死にぞこない。百年前と同じようにあの世へとんぼ返りさせてやる」


「百年前と同じなら、お前は私たちを殺すことはできんが? 肉体は若々しくとも記憶力は残念なようだな。嘆かわしい」


「ほざいてろ害虫」



 パンッと手を叩く音と同時に空中に四つの魔法陣が同時に浮かび上がる。

 その瞬間、それぞれ違う効果の魔法陣だったのにもかかわらず、すべての魔法陣がクロウによって相殺された。

 ブルート迷宮で戦ったときよりも多い手数と速度に冷や汗をかきながらも俺はマヒロに向かって飛び出す。振り下ろした“夜刀神”はマヒロが出した盾の魔法陣に阻まれた。が、それも一瞬でクロウが相殺する。消えた盾に一つ舌打ちをしたマヒロはひらりと踊るように軽い動きで俺の攻撃を避けた。

 やはりこいつ、魔法一辺倒ではない。



「ブルート迷宮ではっ、手加減していたのか!」


「当たり前だろうが。口だけ大きい奴は今まで掃いて捨てるほどいたんだ。全員に本気を出してたら肩が凝っちまう」


「慢心は、身を滅ぼすぞ」



 ステップを踏む足音と共に空中に多数の魔法陣が展開された。同時に相殺される。

 展開し、相殺。


 俺の斬撃を防御し避け、同時に魔法陣を展開。

 それが一瞬のうちに相殺されようと、余裕を保っているのはマヒロの方だった。





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