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第269話 ~差~ 佐藤司目線




「晶!」



 十魔会議8番手のブライス・オットーへ向かって行く晶へ手を伸ばし名を咄嗟に呼んだはいいものの、何をどうしたいのかは俺自身にも分からなかった。

 朝比奈くんほどではないにしろあまり表情が動くことのない晶が、瞳孔の開いた目で口元に笑みを浮かべて自分よりもはるかに体格の良い人間に向かって行っていくのを、ただ見送ることしかできない。あいつ、あんな表情できたのか。

 そっと鳥肌の立った腕を擦る。相手は大刀の刃のすべてが地面に沈むほどの、俺がカンティネン迷宮で相対したミノタウロスに匹敵するほどの力。いや、あれ以上だな。あのとき折れた両腕はその日のうちに完治しているが、今思い出したように少し痺れた。


 ここは魔族領。勇者という職業を持つ俺にとってはここに住む種族全員が敵という完全な敵地。ここでの俺は勇者というだけで殺意を向けられ、刃を向けられる。基本的に平和な国だった俺たちの元の世界とは大違いだ。俺が選んだわけでも好きで勇者になったわけでもないのに、勇者というだけで色眼鏡で見られる。ああ、これは元の世界でも同じか。


 レイティス城を出る前に言った言葉“魔王を倒して元の世界に帰る”。口で言うだけは簡単だ。その時の俺は人を殺す覚悟も人から殺される覚悟もなかったのだから。自分で選んで魔王城の目前まで来て人を害する覚悟がないとは言わない。だがいざ門番に殺気を向けられると足が竦んでしまった。晶と朝比奈くんが居なければ俺はあそこで終わっていただろう。

 対して、晶は人を害する覚悟どころか実際に人を殺していた。俺が見たのはモルテのもう手遅れの人たちに救いを与える死だったが、ラティスネイルさんによるとその前にグラムという人物も殺している。詳しい話も知らず、その場に居なかった俺が晶の選択をとやかく言う資格はない。俺にはモルテの手遅れな者に慈悲を与える覚悟もなかった。

 だからこれは蚊帳の外にいる者の自分勝手な憂いなのだが、どうして“織田晶”だったんだろうな。あいつ自身が一番、人を殺すほど他人に興味がないだろうに。その場の流れ? それこそ晶が流されるようには思えない。特別だったから? ではなぜ晶が特別なのだろうか。この世界に固有の職業があるのなら、なぜ“暗殺者”の晶なんだ?


 俺たちと晶の間にあるのは本当に覚悟の差だけか?


 俺たちが見守る前で晶は好戦的な笑みと共に伸ばされた大刀に向かって足を踏み出した。俺には相手の武器に身を投げ出すように見えた。

 戦闘開始してから晶の肩から降りて俺たちのそばで周囲を警戒していた夜さんも同じことを感じたのか驚いたように晶の名を呼ぶ。だが聞こえているだろうに晶が止まることはない。

 刃が晶の目元を掠り、真っ赤な血が飛ぶ。朝比奈くんが俺の隣で大きく息を呑んだ。



「初めて、晶が知らない人に見えた」



 晶の目元から血が飛んでから、瞬きの間に戦闘が終わって手早くブライスの武装を解除する晶を見ながら朝比奈くんが呟くようにして言う。

 相変わらず感情が読めないがおそらく俺と同じ気持ちだろう。あいつに追いつくつもりでいる。もちろん今この瞬間も。だがたまに、遥か先にいるあいつとの差を感じて自分に失望する。



「君たち、アキラくんの対人戦を見るのは初めてかい? まあ僕もなんだけど」



 俺たちの後ろにいたラティスネイルさんがそう言って戦闘中と打って変わって普段の雰囲気に戻った晶を見やった。今は防具代わりとして腰回りに巻いていた縄を取り出して手荒くブライスを拘束している。縄ごときであの怪力男が拘束できるとは思わないが形だけでもというやつだろうか。

 晶がそちらにかかりきりの間、俺たちは周囲の警戒を怠らない。ラティスネイルさんの水で流された防衛システムの魔物の大群がいつ戻ってくるかも分からないのだし、ブライスが倒されたと分かれば増援もあるだろう。



「君たちはあれを見てもアキラくんに着いて行くの?」



 警戒しながらもいたずらっぽい笑みと共に問いかけられたそれに俺は首を振る。



「俺たちが着いて行くんじゃない。俺たちも晶と並んで行くんだ。例え今は追いつけていなくとも」


「ふぅん、いいね。君たちの存在は彼にとっても救いになるだろう。その昔、魔族としても異質の強さを持っていた叔父さんはその力に心酔して部下に下る者はいても並び立とうとする者はいなかった。強者は常に孤独だ」



 この人、たまに名言というかいいこと言うんだよな。普段ニコニコしているのは油断させるための演技でこちらが素なのだろうか。



「それにしても驚いたよ。まさかこんなにアイテル神に愛された人間が本当に存在するなんてね」


「アイテル神に愛された人間?」



 初めて聞いた言葉に思わずオウム返しした。

 ラティスネイルさんのその視線は晶に固定されている。俺に向けられたわけではないがまるで実験動物を観察しているようなその視線はあまり好きではない。



「僕も叔父さんに聞いたっきりで実際にみたことはないんだけれどね。もう魔族以外には伝わっていない古いおとぎ話のようなもんさ。時代の転換期を迎えるときには必ず神に祝福され愛された、戦いに天賦の才を持つ者が生まれるってね。実際、歴史的に見ても大きな戦いの場には超人的な英雄が必ず存在する」


「それが現代では晶だと?」


「僕はそう思うな~。だって彼、争いのない平和な世界で生まれ育ったなんて信じられないくらい強いじゃない?」



 この世界において神アイテルとは実際に存在し、今も俺たちを見ている存在である。その“見ている”というのは元の世界における“お天道様が見ている”というような概念ではなく、実際に見ているらしい。そしてお気に入りの者には加護や祝福を与えることもあるのだという。そういえば船で聞いた神話でアイテルはスキルや祝福などを管理していると言っていたな。



「……なぜ、戦いの才能が神に愛された者なんだ」



 ラティスネイルさんの言葉に朝比奈くんが顔を顰めた。

 確かに、戦いの才能でなくても構わないはずだ。それこそお気に入りをずっと見ていたいというのなら病気にかかりにくい体とかにすれば寿命で死ぬ可能性が高くなるだろうに。



「ん~? だって、アイテルは戦いの神様だもん。アキラくんが行く先々で戦いに巻き込まれるのもその祝福が原因かもね」



 俺たちと晶の違い。それがもし神によるものだとするのなら、俺はその神を否定する。



「戦いの神に愛された者は生涯戦いに身を置くことになるらしいよ」


「そんなこと俺たちが許さない。あいつにも元の世界で待ってる家族がいるんだ。俺たちは必ず元の世界に帰る」



 朝比奈君の言葉に俺も頷く。禁忌の三つ目“この世界から他の世界に渡ってはいけない”。そんな神が決めたものなどクソくらえだ。

 ラティスネイルさんはそれに目を瞬かせてようやく晶から視線を逸らした。



「なら、彼から目を離さないことだね。運命っていうのは知らずのうちに辿っているものだよ」


「あなたに言われなくても」



 その前に晶には文字通り身を削って勝利を得るような危なっかしい戦い方をやめさせなければ。

 ブライスを拘束してようやく満足そうに頷いた晶に俺と朝比奈くんは駆け寄って怪我の手当てをした。その際に先ほどの戦い方について問いかければ、晶はきょとんとして見当違いなことを言い始める。おまけにさっさと立ち上がって走り出してしまった。

 確かに先は急ぐが少しくらい俺の話も聞け!!



「あ~もう! 船に戻ったら俺と朝比奈君とで話があるからな!」





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