第268話 ~8番手~
「押し通らせてもらうぞ!」
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!」
振り上げられた大刀をかわし、落ちてきた刃を再びいなして地面へ衝撃を逃がす。が、今度はそれに対応して地面にめり込む前に刃が跳ね上がってきた。
さすが、対応が早いな。同じ手は二度目には通用しないと考えて良さそうだ。
後ろに跳び、正確に急所の首を狙ってきた刃を身を反らして避ける。風を斬る音が目の前を通った。
「グオアアア!!!!」
狂化状態。制御できないほどに力いっぱい大刀を振るっているように見えて大刀の軌跡は合理的で無駄がないし俺の動きに対応している。ブルート迷宮で見た夜のケルベロス状態とは似て非なるものなのだろう。夜のあれは自分をも傷つけるものだがブライスの狂化はそうではないようだ。狂戦士という職業の割にはバーサーカーっぽさがない。カンティネン迷宮にスキル『狂化』をレベル4で所持している魔物がいたが完全に『狂化』にのまれて周りにいるものを徹底的に壊しつくすまで止まらなかった。そう考えると、スキルレベル7の『狂化』は自我の喪失程度を調節できる可能性がある。
一撃で意識を刈り取りたいが、あの筋肉だるま相手じゃ難しいだろうな。これ以上『狂化』が進んで暴走を始めると俺でも対応できないかもしれない。何せ狂化時の攻撃力はアウルムを超えているのだから。
「晶!」
後ろに跳んだ俺を追って一歩踏み出せば、常人よりも長い腕と間合いの広い大刀はそれだけで刃を届かせる。だが、限界まで延ばされた腕一本で振るわれる刃は両腕を使うものよりも威力が低い。そこを狙っていた。
再び急所、目元に伸びてきた大刀を見て、今度は前に足を踏み出した。
『主殿!?』
目のすぐ側を刃が通り、チリっとこめかみが熱を帯びる。おそらく掠ったのだろうと頭の冷静な部分が一瞬思考したが次の瞬間にはそれさえも忘れた。視界に影響がないのなら問題ない。
両手に握る“夜刀神”から手を放し、ブライスの懐に飛び込む。そして影を纏わせ強化した拳を、真上に振り抜いた。
「ガアッ!?」
綺麗に顎に入った拳を引き、脳が揺れたのかよろめいたブライスの無防備になっている胴体に続いて『影魔法』で強化した蹴りを入れる。俺よりも大きく重い体が軽いボールのように跳ねて地面を転がっていった。
「戻れ“夜刀神”」
地面を蹴って跳ねるブライスに接近しつつ、ブルート迷宮で俺の体を操っていた『影魔法』のように“夜刀神”を手元に呼び戻す。まだ辛うじて意識を保っているその首元に“夜刀神”の峰を叩きこんだ。
「ッアア!!」
絞り出したような悲鳴を最後に完全にブライスの意識が落ちているのを確認して俺はようやく肩の力を抜く。おそらくブライスが最初から完全な狂化状態ではなかったのはここが街中でありマヒロの結界が敷かれているからだろう。もしかすると建物に攻撃をすればリアの『神の反転結界』のように反射してくる可能性もある。それだけブライスの動きが落ちていた。だから環境に恵まれただけで完全な勝利ではないのが心残りだ。大刀という特異な武器を操る人としてもう一度万全な状態で殺し合ってみたいものだが。
「殺さないんだね」
「……少なくとも今は魔王と話し合いに来たんだろ。新しい怨恨を生んでどうする」
俺と魔王の間に確執があるとするのなら右腕の夜を魔王から取ったのとサラン団長の仇かもしれないということくらいだろうか。夜に関してはどちらが死ぬまで開かないボス部屋に居た以上ほぼ魔王の手を離れていたようなものだし、サラン団長の仇に関しては今は何とも言えないのであってないようなものだから、今自分から確執を作りに行くことはないだろう。
「うーん、でも結構その辺はみんなシビアだからね。一応は軍なんだし、8番手くんが死んだところでなんとも思わないけどな。生きてても異世界召喚者とはいえ人族に負ける十魔会議とか要らないって降ろされると思うし~。ブライスは仲間想いな方だったけど仲間の方はそうじゃないから」
ラティスネイルのあっけらかんとした言葉に思わず苦笑した。
モルテでも思ったがちょいちょい考え方が物騒で冷たいんだよな。あとナチュラルに人族を見下している。夜も特に反応しないってことはもしかして魔族の標準装備か?
「おい晶こっち向け」
話しながらブライスの武装を解除し、所持していた縄で拘束をしてその辺に転がしておく。あの力を見る限りおそらく綿あめのごとく簡単に破られるだろうが、形は大事だ。魔族8番手が殺さないという手加減をされた上で武装解除に拘束までされた。それだけで魔族は慎重にならざるを得ない。次に襲撃に来るとしても8番手以上が用意されるだろう。雑兵や雑魚を相手にすると殺さないように力加減をするのも面倒だからな。
そこまで終えたあと、呼ばれた声に振り返れば険しい顔を下勇者と京介が手早く俺のこめかみについた傷を治療し始める。
「……お前、いつもあんな風に戦っているのか」
ぼそりと落とされた勇者の言葉に俺は目を瞬かせた。
そういえば勇者たちの前で対人戦をしたのは初めてか?
「あんな風?」
正直、戦闘中のことはあまり覚えていない。
もしかして目元の怪我は危ないということが言いたいのだろうか?
「何が言いたいのか分からんがあの魔族、ブライス・オットーは無傷で勝てるほど弱くないぞ。この程度の怪我で済んだことがラッキーだった」
幸いにも傷は浅く、何かしらの神経を傷つけた恐れもなさそうだ。勇者たちに手当てをしてもらった時点で血は止まっており洗浄と『治療魔法』がかけられた外傷用テープを貼って治療は終わる。
『主殿、おそらくこいつらが言いたいのはそうではないのだが……』
俺の肩でぼやく夜に首を傾げ、俺は京介たちに治療の礼を言って立ち上がった。
「今のところ増援はなさそうだな。このまま魔王城まで突っ切ろう。準備はいいか?」
「僕は大丈夫~」
「あ~もう! 船に戻ったら俺と朝比奈君とで話があるからな!」
「俺もそれでいい」
それぞれ思い思いの返答を聞き、再び俺たちは魔王城へ走り出した。
「現実を見ようとしない……ね。本当に現実を見ようとしていないのはどちらなんだろうなお嬢」
背後でされた拘束をない物のように簡単に引きちぎってブライスはぼやく。
「あーあ、いってえなぁ。人族相手にギリギリで負けてこいとか命令受けなきゃよかったぜ。案外楽しめるやつもいるじゃねぇか。なあマヒロ」
横たわる体の下に魔法陣が光り、次の瞬間にはブライスの姿はその場から掻き消えた。




