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第258話 ~“人間”~ リンガ目線


 今回は長めです!






 俺たちと対等に話していた子どもたちが地下室から出ていき、十魔会議上位の魔族に匹敵するほどの強烈な気配が完全に消えた。



「あんな素直に俺たちの情報を明け渡して良かったのかよリンガ、ソノラ」



 気配が消えた瞬間、ずっと我慢していたらしいセナがマスターの隣にある椅子の背に震える手をついて不満を零す。

 俺はソノラの手を借りて先ほどまでアキラが座っていた椅子に腰かけた。正面から浴びていた濃い魔力と殺気で手足が強張ってしまっている。あれでまだ十年程しか生きていない子どもだというのだから末恐ろしい。



兄様(あにさま)方、どうぞお水です」



 甲斐甲斐しく世話をしてくれるソノラに甘えて、生活魔法で出した良く冷えた水を一気に飲み干す。

 俺を圧し潰すような魔力もそうだが、話しているときも度々どこからか漏れ出る殺気に冷や汗が止まらず、すっかり喉が渇いてしまっていた。あれは無意識なのだろうか。



「俺たちには時間がない。それはお前も分かっているだろう。今は一刻も早くソノラを連れてこの大陸から離れることが先決だ。そのためなら俺は一国を堕とした“アドレアの悪夢”と同じ空間で暮らすし、人族の子どもにも従う」



 水で潤った唇を舐めながらセナに言う。

 セナは俺の言葉に少し不服そうだが納得したのか口を噤んだ。



「にしても、本当に人族なのでしょうか。特にリン兄様と話していたあの少年、魔力量は私やラティスネイル様に及ばないにしてもあの気配と殺気、只者ではありません」


「ああ、“闇の暗殺者”だとかいう二つ名がついているあの……。ブルート迷宮氾濫で一瞬だけ組んでたときは普通の子どもに見えたけど、今はちょっと印象変わったかもな。グラムを殺したからか?」


「さあ? ですが、あれ程の力を持っていながらあの若さで全く驕らずこちらを警戒している様は気に入りました。生意気な言い草でしたが私は心が広いので不問にしてあげます」


「え゛、あー、どんまいアキラ。我が妹ながらこいつに気に入られるとはツイてねぇ……。それに、本当に心が広いやつはつまみ食いくらいでギャーギャー言わねえし」


「セナ兄様??」


「なんでもないで~す」



 緩んだ空気を察知しじゃれ合い始める下の子たちを横目に俺は水が入っていたグラスにマスターが傾けている酒を注ぐ。

 酒もタバコも高級嗜好品だ。飲めるときに呑んでおくに越したことはない。タダ酒ならなおさら。

 水で潤った喉を濃い酒が焼いた。



「これは定かではないしもう証拠もない話だが……」



 グラスの中の酒を手慰みにくるくると回しながらマスターがぽつりとこぼす。

 長く生きた者特有の異様な雰囲気にセナとソノラがピタリと口を噤んだ。



「異世界から召喚される者たちの種族は“人間”とステータスに書かれているそうだ。人族でも、魔族でも獣人族でもエルフ族でもなく、“人間”と」



 この世界で“人間”というのは、四つの種族を総括して指す言葉として今は使用されている。だが昔は違ったのだとマスターは言う。



「その昔、まだこの大陸が四つに分かれずに一つの大きな大地だった頃だ。モリガンという世界で生きていたのは人間だったとされている。人間はこの世界で生きるため、種の繁栄を優先した者が“人族”、肉体の強化を優先し獣に近づいた者が“獣人族”、精霊や妖精と共に生きるために彼らに近づいた者が“エルフ族”、そして魔法や魔力と特に適合した者が“魔族”としてそれぞれ最適な体に進化した」



 広く知られている神話では唯一神アイテルが四種族を創ったとされているはずだが、もしかすると魔族ではまた違った話が伝わっているのかもしれないと興味をそそられたリンガは姿勢を正した。



「そして、これまで異世界から召喚された者たちは全員“人間”という種族だった。人族ではない。事実、今回五度目の異世界召喚で来た二十八名全員が“人間”という種族だったことは確認できている」


「つまり異世界召喚者たちは俺たちの先祖だって?」



 まさかといった口調でセナが薄く笑う。顔には出さないが俺もセナと同じような心境だった。

 人族と魔族が姿形は似ていても似て非なるものなのと同じように、人族と人間も違うものなのかもしれないが、異世界人が全種族の祖先というのはさすがに暴論すぎるだろう。

 マスターはこちらの反応をみて肩を竦めた。



「さあな。そこまでは俺も分からんが、人間という一つのみの種族だった我々の祖先は今の我らよりも強く、肉体としても強靭で、様々な技術が発達した今よりもずっと物に溢れ、豊かに暮らしていたという。召喚される異世界人たちとよく似ているとは思わないか? だから俺はかつての“人間”は異世界人なのではないかと考えている」



 これまで各大陸で五度異世界から勇者が召喚され、この世界の発展に貢献してきたが、その技術は彼らが暮らしてきた世界のものを魔法を使用して再現しているそうだ。特に何代目かの勇者召喚者が建国した“大和の国”は彼が生きていた世界を精巧に模倣しているらしい。一度出張で訪れたことがあるが、衣服や食文化、建物の形に至るまでまるで異世界のようだった。特に生活魔法さえ使わなくても暮らしていけるようにされているのには本当に驚いた。魔法ありきで作られている獣人族領や人族領の他の国とは明らかな違いだ。



「ロストテクノロジー、というものを知っているか」


「失われた技術。広く言うとマヒロ・ウノの魔法陣やクロウの『反転』で使用されている古代文字もそうだと聞いたことがある」



 打てば響くようにソノラが答える。

 一応現在も使用者が存在しているのだから古代文字が失われた技術に入るのかは議論の余地があるが、広義では古代文字もロストテクノロジーとされている。なにせ、古代文字は初代勇者が復活させるまで一度廃れているのだ。クロウが広めようと弟子を取ったものの誰一人取得できなかったためおそらく数十年後にはまた失われてしまうだろう。



「そうだ。魔法陣や生活魔法として今も少し伝わっているものの、人間が豊かに暮らしていた際に使用されていた技術のほとんどはアイテルによって大陸が分断された時に失われてしまった。それがロストテクノロジーと呼ばれるものだ」


「待て待て、生活魔法を作ったのは初代勇者だろ? 年代が合わなくないか?」



 セナがちびちびと手元の水を飲みながら口を挟んだ。

 魔族によって召喚された初代勇者が、スキルに関係なく少量の魔力さえあれば誰にでも扱える生活魔法を作り広めたというのは有名な話だ。そしてそれはアイテルによって大陸が分断された後だというのも合わせて誰もが知っている。なにせ分断されたあとの魔族領の北部を消し飛ばしたのが初代勇者だからだ。一度失われた技術をどうして、完全に失われた後に召喚されたしかも異世界の人間が再現できる?

 やはり眉唾かと顔を顰めてグラスを呷った。



「そう。年代が合わないはずだ。四大陸で一番“人間”の痕跡や手記が残っていた魔族でさえ先祖である“人間”の技術を再現すらできなかった。ただ初代勇者だけを除いては。だがもしも、初代勇者とかつての人間たちが同じ場所から来ているのなら、そうとは知らずともロストテクノロジーを復活させることは可能だろう。どちらもかつて暮らしていた場所で使用していた技術なのだから。ついでに言うと今は当たり前に流通している“カメラ”も召喚された勇者がアイデアをレイティス国の技術者に渡したものだが、ロストテクノロジーの一つだったとされている」



 だがもっとも、そのかつてあった“人間”の痕跡や手記が本当にあったのかも、初代勇者がそれを生活魔法として再現したのか独自に作り出したのかは誰にも分からないままだそうだ。なにせすべてが初代勇者の手で消し飛ばされてしまったのだからとマスターは話を締めくくった。

 おそらくそれはヴォルケーノ大陸の北部にあったのだろう。今はもうかつてを知っている者からの口伝でしか伝わっていないらしい。確かにもう証拠がない話だ。



「つまり、何が言いたいんだ?」



 セナが続きを促す。

 マスターはあまり知識をひけらかしたりする人間ではない。つまり俺たちにこの話をしたのにも理由があるのだろう。事実、長い付き合いになる俺たちもかつてあった魔族領北部に関連することを聞くのは初めてだ。かつて初代勇者に消し飛ばされた場所に関係することは魔族の中では特にタブー視されているらしい。

 珍しくなんと言うべきかというように口ごもったマスターはそっと目を逸らした。



「進化論が事実であるのなら、我らは人間からそれぞれの種族に進化した。では、人間である奴らも、何かに進化する可能性がないわけではない。特にあのアキラ・オダとかいう少年、注視しておいた方がいいかもしれん。下手をすると初代勇者が北部を消し飛ばしたものが今度は全大陸に向くかもしれない。それが言いたかった」



 杞憂で終わるならそれはそれでいいと言って、マスターは酒瓶とグラスを持って立ち上がった。

 地下室から出ていくマスターを見送り、俺たちは顔を見合わせる。



「……ったく、明日からそいつらと暮らす俺たちをビビらすようなこと言うなよな」



 セナのぼやきには全力で同意するが、おそらくマスターなりの餞別のようなものなのだろう。


 彼は兄妹三人で放り出されたこのモルテという地で唯一手を差し伸べてくれたたった一人の魔族だ。ヴォルケーノ大陸を事実上追放されたサラン・エルメスの動向やそれに連なる情報のすべてを他大陸で調べ、それを嘘偽りなく教える代わりに俺たちに生き方を教え、魔法を教え、情報の取り扱いを教えてくれた。はじめは打算だったのだとしても長い時間を過ごすことでお互いに情が芽生えているのは感じていた。それに、マスターが居なければソノラは膨大な魔力を暴発させて俺たちごとこの世にはいなかっただろう。



「兄様、人間が進化するとしたらどんなときだと思います?」



 少し考えたあと、マスターの言わんとしたことが分かったのかソノラが目を細めていたずらっ子のような表情を浮かべた。

 セナが首を傾げてこちらを見るが俺も良くわかっていないので首を振る。



「うーん、こう、守りたいものがあるときとか? ぐああっと力出るだろ」


「間違ってはいないと思います。守りたい、誰かの力に成りたいなどプラスの感情であればいいんです。問題は、マイナスの方」



 そこまで言われてようやく俺とセナもソノラが言わんとすることを理解できた。

 おそらくスキルを自力で取得するときと同じと考えたのだろう。確かその方面で研究した論文があったはずだ。詳細は忘れたが、正の感情で取得したスキルよりも負の感情で取得したスキルの方が攻撃性が高いものになるという結論に至ったと書いてあった。



「なるほど。強い負の感情、絶望や怒りとか殺意、他人を害する方向のイメージで取得したスキルが攻撃性の高いものになるのと同じだとしたら、初代勇者が大陸北部を消し飛ばしたのも初代勇者が強い負の感情で何かに進化してしまった結果なのかもしれないな」



 人間が一代で進化するなど普通では想像できないが、初代勇者ならば有り得るかもしれないと思うほどに、彼の伝説は多い。特に魔法関係だが、それまで魔族でも把握できていなかった属性魔法を各系統にふり分けたのも初代勇者だ。魔族領北部を消し飛ばしたのが初代勇者だと聞いたとき、魔法の第一人者である初代勇者が魔法やスキルを暴発させるだろうかとは思っていたが、進化した結果だとするのならまだ納得はできる。



「兄様方、マスターが言っていたアキラという少年は一体どういう性格なのでしょう? 感情の起伏が激しい激情家タイプでしたら特に注意が必要だと思われるのですが」


「俺も良くは知らないがそういうタイプではないだろうな。ただ……」



 マスターが危険視していたのはこの部屋に五人いた召喚者たちの中でも特に彼らを率いていたアキラ・オダという暗殺者の少年だけだった。初代勇者と同じ職業の者が居たと言うのにだ。


 俺が初めて彼を見たとき、彼は自分たちに絡んできたギルドでも度々話題に上がるほどに素行の悪いことで有名な、だが実力は確かだった彼らを赤子の手をひねるように一瞬で無力化していた。よく見ると倒れた者は黒い何かが眼球を覆って目が見えなくなっている。それは数分で消えたそうだが、正確にコントロールされている攻撃したその魔法はギルドマスターの俺でも見たことのないものだった。

 黒い魔法ということで一番に思い浮かんだのは闇魔法系統の魔法。だがあれは精神系のみで物理的な攻撃手段にはできなかったはずだ。見たことのない攻撃系の魔法を有し、その上看破系スキルだと推測される、他人のステータスを閲覧する()も所持している。いくら貿易相手であるエルフ王からの手紙があったとはいえ、ギルド職員の立ち入りさえも禁止してある俺の執務室へ彼らを通したのは、アキラ・オダという少年を危険視したためだった。

 美男美女コンテストに出場した顔が整った者という共通点こそあるが、人が相次いで行方不明になる時期に人間離れした美貌を持つエルフ族領の王女を連れて現れるという平和ボケした行動。それとは裏腹に、魔法が弱点のカンティネン迷宮の魔物を剣で倒すことができるほどの実力者。おまけにあの“アドレアの悪夢”を従魔にして従わせているのだから扱いには本当に困ったものだ。剣の修繕というウルを訪れた目的を聞いていなければとっとと街から放り出していただろう。

 だから俺の独断で何の罪も犯していない冒険者を監視することに決めた。独断ということは冒険者やギルドの者は使えない。だから今まで誰にも見つけられたことのない、スキル『不干渉』を持つ俺が監視していたのにも関わらず、探知した様子に俺は彼に対する警戒レベルを上げ、監視を断念することになる。

 迷宮氾濫時にセナと彼を組ませることができたのは幸運だった。が、思った以上に混乱していた現場でセナは彼から目を離してしまい、その後は俺が迷宮氾濫後の後処理で忙しくしていた隙に彼とエルフの王女と“アドレアの悪夢”、それに加えてクロウも姿を消していた。

 だから俺にとって彼はチグハグな少年という認識で止まってしまっている。あのグラムの暗殺を成功させたと聞いて今はウルクにいるのかと思ったくらいだろうか。正直俺の印象では人を殺すなど大それたことができるようには見えなかったが。


 確かにソノラが言うようにあれほどの力を持っていながらそれを振りかざさない彼の精神は、同じ年代だろう他の召喚者たちよりも成熟しているようにみえた。だが、だからこその不安がある。

 おそらく彼は俺と同じように幼い頃に親の庇護下から出てしまった者だ。その結果同年代の者よりも精神が突出して高くなるために、孤独感や価値観の違い、同年代の子供っぽい言動にイライラすることなどで少しずつストレスを溜めていく。

 他の召喚された少年たちとどういう関係なのかは知らないが、同年代にしては仲が良いという感じはしなかった。どちらが一歩引いているのかは分からないが、彼らのグループにアキラは入っていない。むしろアキラが庇護している立場だろうか。ウルで会ったときに見たアメリア王女や従魔の方にこそ心を許しているように思える。アキラ自身が自覚しているかは分からないが、様々な要因で蓄積していくストレスはいずれ我慢の限界を迎え、いつか爆発してしまうだろう。



「リン兄様?」



 考え込んでいるとソノラが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。向かいに腰を掛けたセナも同じ顔でこちらを見ていた。俺は弟妹が居たから何とか持ち直した。だが彼に甘えさせることができるような、そんな存在はいるのだろうか。

 俺はなんでもないと首を振る。何でも悪い方に考えてしまうのが悪い癖だ。表面的な交流しかできていない現状で彼を知った気になるのは悪手だろう。マスターの忠告を受け入れるのなら、まずは彼やその周辺の警戒心を下げるように動くべきだろうな。



「いや、俺も良く知っているわけではないが、彼はそういう感情的なタイプではないと思う。……だが戦争に巻き込まれるとどうだろうな。あれは人を簡単に狂わせる」


「ああ、レイティスと大和の戦争か。すでに魔族がレイティスに介入していてカンティネンだけで済みそうにないもんな。大和が危うくなれば同盟を結んでいるエルフ族も出てくるだろうし、筆頭国が傾いてる獣人族領はまだわかんねえけど、最悪は四大陸戦争になる」



 セナの低い声に俺は頷いた。

 現在、人族領のレイティス国と“大和の国”とで戦争が起こりかけているとの情報が入ってきている。おそらくまだ引き金こそ引かれていないが、レイティス国が戦争準備を始めているのはすでに誰もが知ることだ。一説では今までにない人数をよんだ勇者召喚も戦争で使う駒としてされたのではと言われていたのだがアキラや他に数人がレイティス城から出ているということは違っていたのだろうか。


 だがいずれにせよ、戦争が起こる時は目の前まで迫ってきている。



「俺たちも選択を迫られる時が来るだろう。もしかすると魔族領から出ることこそが悪手かもしれない」


「それでも、ここに居れば私は数で負ける魔族の兵として確実に徴兵され、獣人族領に立場がある兄様と敵対する可能性があります。私にとって兄様たちと戦うかもしれないのなら戦場も家もどこも地獄に変わりありません」


「ソノラの言う通りだぜ。三人一緒なら何でもできる。だろ?」



 頼もしい弟たちに頷く。



「ああ、そうだ。どう選んでも俺たち兄妹は最期まで一緒にいる。そう決めたからな」



 順当にいけば獣人族の俺とセナはソノラを一人この世界に置いて行ってしまう。せめてその時が来るまで共に居たいというのが三人で共通している考えだ。

 せめて俺たちが死ぬまでにソノラが魔族であると隠さなくていい世界になれば良いのだが。




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