第255話 ~三人兄妹~
伸ばした二時間後、迎えに来たラティスネイルと共に俺たちは昨日と同じようにNo.7へと向かった。昨夜と変わっているのはクロウの代わりにノアがいる上に勇者、京介、七瀬、津田の大人数になっていることだ。
勇者たち四人は先ほど見たモルテの惨状や見てしまった人の死を引きずっているのか表情が暗い。
「遅れてすまない」
ラティスネイルに続いて地下への階段を降り、部屋に入る。すでに移転の準備を進めているのか棚に並んでいる酒が一棚分なくなっていた。昨日クロウが吸い込まれるように見ていた場所だからおそらく貴重な酒から先に運び出したのだろう。正面の店の方には行っていないためわからないがおそらく店ももう閉じているのだろう。俺たちはマスターの言う通り運が良かったらしい。もしくは俺のスキルにある『幸運』のおかげだろうか。
部屋の中にはマスターがソファに腰掛けて琥珀色の酒が入ったグラスを片手に煙を燻らせていた。そしてその後ろには外套にフードを被った三人の人間が立っている。
「事情は聞いていたから構わない。早速だが、そこにいるのが昨日言ったお前たちへの対価として他の大陸へ逃がしてもらいたい三兄妹だ」
俺は昨日と同じ椅子に座った。残り一つの椅子には勇者が腰かけて残りは全員椅子の後ろに並ぶ。
座ったことで目線が低くなり、マスターの後ろに立つ三人の顔がフードの下が見えた。その中の二人に見覚えがあり俺は目を見開く。
「リンガとセナ?」
「よ! アキラ」
「こんなところでまた会うとはな」
獣人族ブルート大陸へ降り立った日に出会ったウルの冒険者ギルド、ギルドマスターのリンガ。そしてアウルムによってブルート迷宮が氾濫した際に俺と組んだリンガの弟のセナがいた。残りの一人はフードから見える顔を見ても見覚えがない。ということはそもそも会ったことがないのだろう。二人とは違って頭頂部や臀部の膨らみがないことから獣人族ではないようだが。
愛想良く笑って片手を挙げるセナに俺は目を細めた。こいつとはブルート迷宮の氾濫でペアを組んだが、最初から最後まで食えないやつといった印象が抜けない。リンガの方も相変わらず爽やかそうな顔のまま能面のように表情が動かないし、俺はこいつが監視するように俺たちを見ていたのに気付いている。そもそも顔と名前を覚えるのが苦手な俺が二人を覚えていたのは二人の言動が怪しかったからだ。
二人がばさりと取ったフードからは豹の耳と狼の耳が飛び出る。窮屈な場所に閉じ込められていた反動か、二人の耳がピルピルと動いた。こんな時じゃなければ喜んでそのモフモフを観察したんだがな。
「クロウの情報ではリンガは白だったはずだ」
「クロウへと情報を流した情報屋は俺の手の者だ。だからクロウへ与える情報も俺のさじ加減次第。だが、あの情報はクロウのミスでもない。欲した情報に齟齬が生じただけだろうな。リンガは本当にグラムとは繋がっていなかった」
飄々と述べるマスターに俺は顔を顰めた。
得た情報を丸っと信じるような愚行はしていないつもりだが、得たい情報を入手したらそれ以外について調べなくなるのは危険だな。今のようにその時に欲した情報以外が見逃される場合があるということを学べたから良しとするか。
あの時はグラムと繋がっているかどうかを探ったのだがリンガはグラムとは事実通じていなかったらしい。だが今魔族領にいるということは魔族とは関わりがあったということだ。
「まあまあいいだろ? 俺たちのこれからはお前らが握ってんだから。こうなるって分かってりゃあん時恩を売りまくったんだけどな〜」
手を後頭部に回してセナが俺に笑いかけると同時に残り一人が外套のフードを取った。
「我々は魔王や十魔会議の連中と敵対していてこの大陸では安全に暮らせない。どうか助けてほしい。相応の礼はするつもりだ」
肩のあたりでまっすぐに切られた赤の髪に赤の瞳。アメリアの瞳も赤色だがアメリアの温かみがある赤色とは違ってこちらはまるで血液のように少し黒を混ぜたような色をしている。外見の色合いこそ違うが顔つきはラティスネイルに少し似ている気がした。
俺の後ろに立つラティスネイルはその顔を見て少し息を呑む。どうやら彼女はこの顔に見覚えがあるらしい。
「その前にお前は誰だ。こっちの世界では先に名乗るのが礼儀じゃないのかよ」
初対面とは思えない尊大な物言いに同じく雑な言い方で返した俺の質問にはセナが簡潔に答えてくれた。『世界眼』で俺には分かるとはいえ自己紹介は必要だ。ここには勇者たちもいるのだし。
「悪い悪いそれが先だったな。長兄のリンガ、次兄の俺、そして末の妹ソノラ。リンガと俺はウルでアキラに会っているが勇者サマたちは初めましてだな」
どこか馬鹿にしたような勇者の呼び方に気にすることなく勇者たちは順に名乗った。この世界に召喚された当初なら顔を顰めるかイラっとした表情を顔に出していただろうに、ポーカーフェイスを学んだのだろうか。
「獣人と魔族が兄妹か?」
自己紹介が終わると俺は話を急かした。この大陸から俺たちと空挺船で出るというのなら少なくとも数日は狭い船内で一緒に暮らすことになる。危険かどうかの判断材料としてもう少し情報がほしい。
この世界では俺が読んでいた異世界ものの小説に出てくるような“ハーフ・エルフ”と呼ばれる種族は存在しない。別々の種族の親から生まれても子どもはどちらかの種族で生まれる。同じように獣人族も数少ない例を除いて大抵は両親どちらかの種族で生まれるそうだ。昔のように四種族が大陸ごとにはっきりと分かれていたならともかく、出稼ぎにきた人族と獣人族が結ばれることも少なくないため先祖返りで両親とは違う種族で生まれることも今は少なくないのだとか。人族のノアと獣人族の父親の間に生まれたクロウとその妹はどちらも獣人族だが人族に生まれる可能性もあったということだ。つまりリンガたちは豹と狼の獣人族を祖先に持った獣人族と魔族の間に生まれた子どもだ。
魔族という言葉に勇者たちは目を見開いた。魔族は外見だけで言えば人族とそれほど違いはない。リンガたちと兄妹ということで無意識にソノラを人族だと思っていたのだろう。
「ああ、やはりその目は素晴らしい」
俺の目を見てうっとりと目を細めるリンガに背筋に冷たいものが流れたような気がした。そういえばウルで会った時に『世界眼』についてリンガに言った覚えがある。マスターが俺の『世界眼』について知っていたのもリンガの情報からか。
「俺たちは先代魔王の落胤だ。当時気まぐれにこの地、モルテに訪れた先代はこの地に命からがらたどり着いた死にかけの豹の獣人の娘を気まぐれに魔王城に持ち帰り、その娘との間に子ができた。それが俺たち三人だ。作るだけ作っといてあとはゴミみたいに母共々ここに捨てられたけどな。モルテの劣悪な環境にその後すぐ母は死に、俺たちだけが残されたってわけ」
ストンと感情を削ぎ落としたかのように一瞬で表情を消したセナが吐き捨てるように言った。ニコニコと愛想の良い表情との落差に俺の隣に座った勇者がわずかに体を揺らす。
その話が本当なら、彼らは今代の魔王とサラン団長の腹違いの兄妹ということになる。となるとラティスネイルは彼らの姪にあたるのだろうか。それほど近い血縁ならば顔つきが似ているのも納得だ。サラン団長と彼らが似ていると感じることはないが。ラティスネイルと似ているのなら今の魔王とも似ているのだろう。
「俺たちは魔族と獣人族のハーフ。リンガと俺は獣人に、ソノラは魔族に。皮肉だが直系純血の魔族であるサランやナルサという同じ種を持つ兄弟の誰よりもソノラは才能に溢れていた。その魔力量は職業レベルが20の現時点ですでに十魔会議の数字持ちに匹敵する」
「そんな馬鹿な!?」
ラティスネイルが初めて声をあげた。
魔族領を治める魔王と十魔会議。ラティスネイルに聞いたところ“会議”という名こそついているがその選出方法は戦闘能力だ。アウルムのような単純な兵力で選ばれるか、ダリオンのように兵力と魔力に加えて所持スキルで選ばれる人もいるのだとか。選ばれるとこの魔族領で上位に位置する強者として敬われ、魔族領の統治について口を出せる。弱肉強食というか、強者こそすべてという考え方らしい。そんな地で生まれ育ったラティスネイルが職業レベルが低い段階ですでに四種族で一番魔力が多い魔族という種族のさらに上位にいる戦闘に特化した魔族たちの魔力量に匹敵していることを信じられないのも無理はない。
だが俺の『世界眼』にははっきりとその異常ともいえる魔力量が表示されていた。
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ソノラ
種族:魔族 職業:土魔法師Lv.20
生命力:2000/2000 攻撃力:1600 防御力:320
魔力:40000/40000
スキル:王族の気品Lv.1 土魔法Lv.6 魔力制御Lv.7
エクストラスキル:魔物操作 魔力増大
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『世界眼』で見た時、魔力だけ桁がおかしくて一瞬見間違いかと思った。おそらくエクストラスキルの『魔力増大』の効果だろうが、それにしたって増えすぎだろう。というか、ここまで大きな数値がステータスで表示できるのに魔力値が“測定不能”のアメリアは文字通り底なしなのだ。
そういえば十魔会議のその数字持ちと呼ばれる人間たちを選出するのは魔王だっただろうか。十魔会議に選ばれると魔王より選ばれた数字にちなんだ名を与えられるらしい。それが魔族にとって代えがたい栄誉なのだとか。
そこまで考えて、俺はおや? と首を傾げた。そうなるとなぜあいつは……。




