第223話 〜魔王城にて〜 ダリオン目線
「ダリオン・シンク、もう一度言ってもらおうか?」
ゆうに数十人は楽に食事ができるような長テーブルについた十名の双眸が一斉にダリオンに向けられた。
ダリオンは本来の席とは違う一番出入り口が近い下座に座らされており、一番上座に座っている人物と長テーブル越しに顔を合わせている。その左右にはずらりと魔族の今後を決める重鎮が揃っていた。
ここは魔王城。
多くの人間が思い浮かべる魔王城のような禍々しい雰囲気はなく、城という名の通り規模こそ魔族領で一番大きく清潔だが、その実魔族領を自治するためだけの場所である。
というか、人族が考えた魔王城の絵を一度見たことがあるのだが、あんなろくに休めそうにない場所に魔王様を住まわせるわけがないだろう。つくづく、僕たち魔族は同じ人間と見られていないのだなと逆に感心してしまった。だというのに魔族にも人族などの多種族に関わろうとする物好きもいるのだから困ったものだ。
「だからね、取り逃がしちゃった。勇者くん」
それなりに人数は揃っているはずなのにシンと静まり返った場にダリオンのごめんねぇという呑気な声が響く。
実際には緊迫した状況なのだが、ダリオンの心は凪いでいた。魔族にとって、特にこの部屋に集っている者にとって勇者を殺すことは最優先事項。だからこそ手が空いている者の中で一番強く、勇者が逃げてもその仲間から心が読めるダリオンが向かわされたのだから。
それを取り逃がすという失態は今ある地位を捨てるようなものなのだが、なにぶん状況が状況だったためおそらく誰が出ていても同じ結果になっただろうと確信している。まあ、そうでなくてもダリオンはどんな状況でも自分のペースを崩すことはないが。
「な、なぜお前はそんなに呑気なんだ!? 勇者がこの大陸に踏み込む前に殺すことが一番だと決めていたではないか! このままではお前は処刑されるかもしれないんだぞ!?」
集まった中で一番短気な、手前側に座っている男、ブライス・オットーが声を荒らげた。どこか困惑しているのは僕の状況が彼の目から見てももう修正できないくらいに深刻なものだったからだろう。僕のことを嫌っているくせに仲間思いな彼らしい反応だ。
他の面々も状況を見守っているものの、その視線は非難がましいものと心配しているような目の半々だった。僕も存外嫌われてばかりではなかったらしい。
「いやね、多分行ったのがマヒロでも魔王様でもあの場では無理だよ。……あの時、同船していたエルフの王女が正式に『神子』に成った。ほら、アウルムが前に捕まえようとして失敗したあの子だよ。なんの準備なしに『神降ろし』されたら流石に魔王様でもねぇ……」
このモリガンという名の世界で神と言われる存在はアイテル神一柱だけ。神話的に他にも神は存在するみたいだけれど他の神はアイテル以上にこの世界に関わることはない。
アイテルは今この瞬間もこの世界全てを観測しており、こちらから神に干渉することはできないが、神の方からこちらへ干渉する方法が一つだけあるとされている。その唯一人間が神と対話することができる方法、スキルを持つ者が『神子』だ。
アメリア王女が『神子』であることは随分前から魔族側でも認知していた。が、彼女自身が拒否したのか、確認したアウルムによるとほとんど『神子』として覚醒していなかったらしい。その後アメリア王女が存命の間も“大和の国”で『神子』が死に、また新たな『神子』が生まれていた。そのため、魔族の中ではアイテルはアメリア王女を見放しているのか、それとも我儘を許容するくらいにはお気に入りなのではないかとまことしやかに囁かれていたものだ。まあ、あの神はその“神聖樹”のお膝元でいまだに自身を信仰してくれているエルフ族が迷宮の氾濫によって幾人も死んでも何の反応も示さなかったため、前者の方が有力な説だった。アメリア王女の『蘇生魔法』のおかげで結果的にその氾濫での死者はゼロだったが、それでも一度死に至る怪我をするよりも普通はそもそもの要因を取り除く方に重点を置くのだと思う。
職業『神子』とはアイテルが降りる体としてその身をアイテルに貸し出す役目を持つ者のことである。そしてそれの対価として彼女たちが望んだことはほとんどが叶えられる。例えば『神子』がお金持ちになりたいと願えば、玉の輿となって叶うか、事業が上手くいって儲けるか、どちらにせよ自然な方法でそれが叶う。それが『好きな人と添い遂げたい』という可愛らしい願いも、神によって人の心を捻じ曲げてでも叶えられる。大きな願いにはそれ相応の不幸もついてくるらしいので使いようだが、それでも人間の範囲を超えた力だ。その効果に気づいた代々『神子』を受け継いている人族の家系では邪な欲など持たないように育てられているらしい。今まで『神子』となった人間でそのような思想を持った人間はいなかったため、神がそのあたりも選んでいるのだろう。
アメリア王女が今までどのくらい『神子』として目覚めていたのかわからないが、アウルムが獣人族領で彼女を捕らえられなかったのもこれが関係していると思われる。だからアウルムが失敗して帰ってきた時にはそれほど問題にならなかった。
魔族としては干渉してこない神と対話されたところでどうでも良かったのだが、あの時はタイミングと状況が悪かった。ついこの間魔族が彼女を攫うために傷つけたばかりだったので、もしかすると魔族が神からの報復対象になった可能性もあると危惧したのだ。また、ここまで不干渉を貫いていた神がその重い腰を上げるような計画に魔王及び魔族が手を出している自覚もあった。だから何が何でもこの情報を確実に魔王様に届けなくてはならなかった。たとえ人族に敗走という屈辱的な選択肢を選ばざるを得なかったとしても。
今魔王様はとある計画のために可能な限り魔力を欲している。そのため魔力をほぼ無限と言われるほどに所持しているアメリア王女が欲しかったのだが、完全に『神子』と成った今それは難しいだろう。計画の変更のためにもダリオンはそのプライドに傷がつこうとも人族に背を向けておめおめと逃げ帰ってきたというわけだ。
「……そう、か。それは確かに一刻も早く魔王様にもご報告しなければなるまい」
椅子を倒す勢いで立ち上がったブライスもゆっくりと着席する。
一番上座に座り、ダリオンへの判決を担当しているマヒロ・ウノは何か考え込むように右手で唇に触れながら言葉を発した。
「『神降ろし』をしたということは、アイテルがアメリア王女を通じてこの世界への干渉を試みる可能性がある。その魔力量からアメリア王女を使う作戦を立てたがこれでそれは不可能になる。この情報をいち早く伝えることは勇者を殺しておくよりも重要なことだ。ダリオン・シンクの判断は間違っていなかった。異論はないな?」
この中で一番地位が高いマヒロの言葉に賛同するように過半数が頷いた。
どうやらダリオンの失態は彼らの中でも仕方がないと判断されたらしい。先程とは一転、同情的な視線が飛んできた。
一方、それ以外の数名は苛立たしげに舌打ちする。文官でありながら魔族の上から数えて五番目の地位を手に入れたダリオンを疎ましく思っている者ももちろん存在する。そうでなくてもマイペースなダリオンの言動にイライラさせられる者も少なくないのだ。人間同士が関わる以上、相性の良い悪いはどうしても存在する。
ただ、心が読めるダリオンのスキルを知っている者たちは自分の気持ちを偽ることなく正直に嫌そうにしてくるのでダリオンはむしろ彼らを好ましく思っているのだが。
「それでさ〜、まだ報告することあるんじゃないの?」
上座、マヒロの隣から高い声が発せられた。
マヒロの次、魔族で三番手のアウルム・トレースがテーブルについた両手に顔を乗せてダリオンを楽しそうに見つめていた。その顔はお気に入りのおもちゃのことを聞く子供のようにキラキラとしている。
「……あ、もしかしてあの暗殺者くんのことかい?」
一拍後、アウルムが言っていることについて思いついた。おそらくダリオンが戦ったあの少年のことだろう。あの時出会った神子のことばかり考えていて少年のことをすっかり忘れていた。
アウルムが人族に手傷を負わされたのは魔王城内でもかなり噂になった。アウルム本人がその噂を逆に肯定してまわったのでこの城にいる誰もがそのことを知っている。そしてアウルムがどれほどその人族に執着しているのかも。
ダリオンは自分と対峙したあの暗殺者を思い浮かべた。
「そうそうそれだよ〜。僕は神様とか勇者とかよりもあれの方が気になるもん」
どうだった? と尋ねるアウルムに僕はただ笑みを返す。
「そうだなぁ。少なくとも彼が奥の手を出してなかったから僕も無事に逃げ帰れたところがあるよ」
黙って聞いていた左右の魔族たちがざわりと揺れた。
あの人間、暗殺者だというのにどこか正面からの勝負に拘っているように感じた。暗殺者の定石通りに背後から来られたら僕でも一撃で終わっていたかもしれない。
口からふふふと笑みが溢れる。
あのあと、船から飛び降りて呼んでおいたワイバーンに飛び乗ったのだが、強風で首元が少しピリピリと痛むので指を這わせてみれば僕の首が少しばかり切れてわずかに血が滲んでいた。おそらくアイテルの命令よりも彼の刃が一瞬早く僕に届いていたのだろう。僕の刃が届いていなかったのは僕自身分かっている。あの時止められなかったら互いに死んでいたのは変わらないが、それでも僕の方が一瞬早く死ぬことになっていただろうとわかる。つまりは僕の負けだった。
「君が彼に執着する気持ちが少し分かった気がするよ」
「えーーっ! あれは僕の獲物なんだから取らないでよ!」
むっと頬を膨らませて怒るアウルムに手をヒラヒラと振って返す。
少なくとも彼とアウルムが戦っている場に入ろうとは思わない。でも、その前に味見するくらいなら許されるだろう。
「次に会えるのが楽しみだ」
どうせこちらに向かっているのだから魔王城で待っていれば必然的に出会えるだろう。
次こそは僕の剣を届かせたいな。
「アウルム、そんなに戦いたいならちょっと相手をしてくれないかい? もちろん訓練だけどね?」
「えっ! いいの!? やったー!! 早くやろう!!」
ガタリと椅子を蹴って立ち上がるアウルムを見てその場にいた魔族たちは静かに、だが素早く退室を始めた。危機察知能力が優れていないとこの魔族領ではすぐに死んでしまう。主に仲間からの流れ弾のせいで。
「お前たち、戦るのはいいが先に今日の分の仕事を終わらせとけよ」
「ちぇっ! マヒロのけちんぼ!」
「誰がけちんぼだ。戦闘だけの脳筋馬鹿が!」
訓練にかこつけてアウルムが仕事をさぼろうとするのをマヒロが叱る。いつもの流れだ。
僕はそれを眺めて微笑んだ。
誰が何を言おうと、この平和な生活を崩す者は殺す。それが勇者ならば勇者を殺すし、あの少年なら少年を殺す。
僕の大切な者たちに手出しをさせるものか。
明日も更新できたらいいな~
3/31 一部修正




