第199話 ~わからない感情~
「おい勇者!そっちに行ったぞ!!ちんたらしてんなよ!」
「俺に、命令するな!」
息を荒くして膝をつく勇者がいる方を振り返らずに声を張り上げる。
勇者は鬱陶しそうに叫んで立ち上がる。
こんなにも動けないやつだっただろうか。
そこまで考えて首を振った。
そういえばこいつと一緒に戦うのは初めてかもしれない。
いや、かもではなく初めてだな。
カンティネン迷宮では前線で戦うこいつに対して俺は後ろの方に紛れていたし、ミノタウロス戦では俺が到着する前にこいつは両腕が使えなくなって結界の中に下がっていたし。
「京介!材料になる角には傷をつけるなよ!」
「分、かっては、いる!!」
現在俺と勇者、京介とジールさんの戦闘部隊はノアから依頼された大陸を渡るために必要な材料を採取している。
薬草や魔物ではない比較的安全なものは、目利きのできるアマリリスと暇を持て余していたアメリアが請け負ってくれるらしいので、俺たち戦闘部隊の仕事はもっぱら魔物から採取される材料の調達だった。
とはいえ、これはそんなに簡単なことではない。
ここは最も魔族領に近い森。
迷宮最下層にいる魔物よりもこの森の魔物の方が強敵だ。
例えば今俺たちが群れに襲われている、イノシシの頭に大きな角がついているような姿の魔物。
文字通り猪突猛進で、自分の縄張りに入ってきた俺たちを見つけると角を突き出して低く構え、一直線に向かってきた。
あの大きな角で串刺しにされれば生きてはいられないだろう。
事実、魔物を躱した先にあった、俺の両腕でも抱きしめられないほどの大きな幹の木が角が刺さった衝撃で根本から抜けてしまった。
魔物は角に刺さったままの大きな木を首を振ることで易々と抜いて、再びこちらを見る。
獲物を串刺しにするという方法故か、首元の力が強いようだ。
俺はその素早い突進を見切ることができるが、勇者たちはどうだろうか。
「アキラ君!私たちが囮となって隙をつくるので、首を落としてください!!」
どうしたものかと考えている間にジールさんが俺にそう声をかけた。
人に指令を出すことに関しては俺よりも騎士団の副団長をつとめていたジールさんの方が慣れている。
夜もアメリアも俺が指示を出すまでもなく俺の好きなように動かせてくれるから、こういう連携をするのは城で訓練していたとき以来だな。
だからこそ、ジールさんは俺にとどめを頼んだのだろう。
この中で連携に一番慣れていない上にこの魔物を倒すことができるのが俺だ。
「わかった」
一瞬のうちにそこまで考えて、俺は『気配隠蔽』を使う。
連携をしなくても良いのなら、俺が姿を見せている理由はない。
俺がいなくなって動くべき場所が見えたのか、急に動きの良くなった勇者、京介、ジールさんが魔物を木々が機動の邪魔をするような場所へと追い込んだ。
あとは俺の仕事だ。
「『影魔法』――起動。『影籠目』(かげかごめ)」
俺たちの影、太陽を遮る木々の影が魔物の足元に集まり、籠目を描く。
これくらいの大きさの魔物ならば数日はもつくらいの食料にはなるだろうが、今は拠点ができてそれを必要としていないため、俺は容赦なく魔物を細切れにする。
影が引いた後にはただの肉塊が地面に沈んでいた。
「おい、角は……!」
慌てたように勇者が声を上げるが、姿を現した俺が抱えている角を見て黙る。
もちろん、材料のことは忘れていない。
これは影魔法を使う直前にとっておいたものだ。
戦闘が終了して、周りに他の魔物がいないのを確認した後、俺たちは肩の力を抜いた。
細切れにしたからだろうが、死臭とともに血の匂いがあたりに充満している。
はやめにここから移動した方が良いだろう。
「さて、これで分かっただろうけれど、アキラ君。君には致命的に連携が向いていないようだ」
近くの木の皮を削いで剣についた血糊を各々落とす。
本当は柔らかい布で拭った後に点検をするのが最良なのだが、こんな場所で清潔な布を使うのは気が引けるし、血が付いたものを持ち歩くわけにはいかない。
そうすると必然的に木の皮を使うか、稀に出てくる人型の魔物が身に着けている衣類のような布で拭うようになった。
上がった息を整えつつ、ジールさんがそう言う。
俺は細切れになった魔物の中からそれなりの大きさの魔石を取り出しながら、その言葉に頷いた。
俺の職業レベルがこの中で一番だったとしても、連携の経験はそうではない。
「付け焼刃の連携ではお前単体が苦戦したという魔族には太刀打ちできないだろうな」
京介が冷静にそれに付け足す。
まあ、京介の言う通りではある。
真尋レベルとまではいかないが、アウルムにも歯が立たなかった。
単体でも勝てない相手に、そろっていない連携を試すのはただの自殺行為だ。
忘れてはいけないのが、この場所が魔族領に一番近い場所であるということ。
魔族共の忌々しい魔法陣がここにないとは限らないし、そもそもあれだけの魔法があるのなら飛行することができる魔族も一人はいるだろう。
魔族領に入る前に一人でも多く敵は減らしておきたいというのが本音ではあるが、会敵しないならばそれで良い。
そんなことをつらつらと考えていると、俺がへこんでいると勘違いしたのか、ジールさんがフォローを入れてくれた。
「まあ、アキラ君のこれまでの戦闘経験を聞いてから、連携をするのが難しいということは分かっていましたから。連携をするということは必ずしも利点であるとは限りません。単純に手数が増えるのはいいですが、少しでもリズムが崩れるとそれだけでパーティ全員の致命傷たり得ます」
そうであったとしても一人でもソロがいたのなら全滅は免れるわけですしと、笑みを浮かべて言うジールさんに、背筋に冷たいものが通った気がした。
生粋のこの世界の人間と俺たちでは価値観の違いがある気がする。
俺だって死にたくはないが、俺だけが助かるために勇者たちの命を勘定に入れた作戦は立てられないだろう。
「だとしても、一番は全員で生き残ることでしょう。お前も、まったく連携ができないというのは許されないことだぞ」
説教くさい勇者の言葉に俺は思わず顔をしかめた。
俺だって連携をしなくてはいけないとわかってはいる。
だけど、京介が何を考えてその位置にいるのか、ジールさんがなぜそのタイミングで攻撃したのか全く分からないのだ。
「まあ、とりあえずは今のような感じでいこう。俺もお前らの動きに慣れないと話にならないしな」
突き放すようにそう言って、俺は三人に背を向けた。
俺もあのとき、無罪を最後まで主張して、城に残っていれば同じ動きができていたのだろうか。
あの時の自分の選択を間違っていたなどと思ったことはない。
だが、俺にできないことを言葉も交わさずにしてのけることに、嫉妬に似た何かを感じたのは確かだった。




