第189話 ~密談~ ノア目線
「……私に何か用かな」
あの後ほぼ全員が無言だった食事を済ませ、結局息子と話す機会を得られることすらなく私は一人になれる場所を探して建物の裏に向かった。
ここ数日で人口密度が増えたこの建物は一人の静寂さを渇望させる。
勇者たちは悪夢でも見るこの場所には近づくことがないので、一人で考え事をするには最適だと思ってはいたのだが、残念ながら今日は先客がいた。
勇者たちにかけたものよりも強化された私の結界の幻術魔法によって、"最も信頼している人を不審に思う"ことを暗示されていた娘だ。
見ていた限り、この娘が最も信頼しているのは我が息子なのだろう。
明らかに息子にだけ挙動が不審だった。
あれのどこがいいのかは分からんが、きっとまぁ見る目は確かなのだろうな。
建物裏に来た私を見たその娘は、私がここに来ることを分かっていたかのような顔をしていた。
私が知っている息子の知り合いはジール坊くらいだ。
その娘の顔を森で見るまで私は知らなかった。
「お初にお目にかかります。私は元ウルク国王女、名をリアと申します」
しっかりとしたブルーの瞳で私を見据える娘がした最敬礼は確かに王家独特のものだった。
我が息子のように本来の寿命以上に生きているわけではない。
だというのに、息子よりも精神が安定しているような印象を受けた。
元とはいえ王女だったからだろうか?
いや、そんなことよりも、私はその名に眉根を寄せた。
そういえば確か初めてこの娘を見たあのとき愚息もそのような名前で彼女を呼んでいたかもしれない。
あのときは何も感じなかったが、その名に今は何かを感じた。
「……リア、というのか?」
「はい、この名はクロウ様に名付けていただきました」
その答えに私は目を見開く。
それはあまりにもありふれた名前だが、私たち家族の中では大切な名だった。
まさかと私は呟く。
「あの子がその名を付けたのか?」
「は、はい。それが何か?」
確かめるように言った私に、戸惑うように首を傾げたリアに私は首を振った。
この反応を見る限り、彼女は私たち家族だけが持つその名の意味を知らないのだろう。
私が知っている息子ならば、例えどんな栄誉や金を積まれたとしてもその名を思い出させるような"リア"という名を子供に付けるとは思えない。
この子に何かあるというのだろうか。
とはいえ、私がその名の意味を、あの子が彼女に教えていないことを話してしまうと、ますます反抗期が進んでしまう気がした。
ただでさえおちょくることが目的でないと会話ができないのだから、今彼女に話すのは得策ではないだろう。
「いや、何でもない。あの愚息が名付けたとは思えない良い名だ」
「はい。私もこの名が好きです」
素直にそう思っているであろうその言葉に、私は思わず素で微笑んだ。
ああ、あの子もそう思っていてくれたのだろうか。
「……話を戻そうか。先ほどから私と話したそうな顔をしていたが、私に何か用でもあるのかな?」
あの子が"リア"と名付けた、いわば私の孫のようなものだ。
先ほどよりも対応が柔らかくなってしまうのは仕方がない。
今ならば、普段答えないようなことも言ってしまいそうな気がする。
「はい。色々と聞きたいこともたくさんありますが、私が一番ノア様からお聞きしたいのはクロウ様のことです」
まあ、そうだろうなと私は頷く。
今日一日の言動を見ているだけでも、この子が我が息子至上主義であるのはうかがえた。
息子の行動を逐一観察し、その動きを先回りして色々と用意し、食事に至っては息子の分を率先して取り分けるくらいだ。
真っ黒小僧たちは慣れてしまったのか、こういうものだと割り切ってしまったのか、いつものことだと反応は皆無だったが、初めてそれを見た私には当然、異様なことに思えた。
しかも息子に至ってはそれが当然であるかのように享受している。
着々と、やっている側もやられている側も無意識下で外堀が埋められている気がしたのは気のせいだろうか。
「失礼かとは思いますが、ノア様はクロウ様の妹様、自らのご息女様のことをどう思っているのでしょうか?このまま記憶の風化に伴って忘れてしまえばいいと思っているのですか?」
「まさか、そんなはずはない」
私は思わず即答する。
彼女の疑問は、私が私である限り絶対に失われない感情そのものだ。
「君はまだ子を産んだことがないからこそ分からないと思うが、自分の腹から生まれた子というのは殺人者でも、世界征服を企んでいる者でも愛おしいものさ。例え親である私よりも先に死んでしまったとしても、それは変わらない。あの子は、私の愛しい娘だ」
そう断言した私に、リアは微笑む。
「では、クロウ様はどうですか?もし娘様の立場とクロウ様の立場が違っていたとき、クロウ様のことを忘れてしまうのでしょうか?」
「絶対にありえないな」
気が付くと、私はそう答えていた。
例え、根本に素直に答えたくないという気持ちを抱えていても、これだけは素直でいなければならない。
いや、これは、母親として素直でいるのは本能的なことなのである。
「私は今もあの子たちを、息子と娘を愛しているとも。例え立場が違っていても、違いはない。息子だろうと、娘だろうと私とあの人の愛おしい子供だ」
どんなに憎まれ口を叩こうとも、私の心は変わらない。
子どもを、息子と娘を愛している、ただそれだけだ。
そもそも、あの人がいなくなり、娘が死んだこの世界の残りの憂いなど、息子がちゃんと天寿を全うすること以外にない。
私の答えを聞いたリアはやれやれと息をついた。
「部外者の私が言うのもなんですが、貴方達親子には圧倒的にコミュニケーションが足りていません。ノア様に出会ってからこの場所に来るまでに、クロウ様は一度ポンコツになりました」
愚痴のように吐き出されたのは私に会った後、愚息がいかにポンコツだったかということだ。
どうやらリアはストレスが溜まっていたらしかった。
彼女が吐露したのは、曰く、背後からくる魔物に気づかず、弟子に庇ってもらったということ。
曰く、一時間を超えても生活魔法の魔石を使った『火起こし』すらできなかったということ。
そこまでで聞くに堪えず、私は彼女の語りを途中で止める。
まさか私に出会っただけでこうも使い物にならないとは思わなかった。
というか、この期に及んで弟子を作ったのか。
「クロウ様はこう仰っていましたよ。"妹と共に家を飛び出してから初めて出会ったのに、あいつは妹のことを何も言わなかった"と。ジール様とお知り合いであることから推測するに、ノア様はクロウ様のことをきちんと気にかけておられたのではありませんか?」
確かに、拙い推理ではあるがリアの言葉は的を射ていた。
だが、私はいつもタイミングが悪い。
娘に注視していれば息子が魔王城で死にかけ、そんな自由奔放な息子に注視していれば娘が死んだ。
「死ぬことがない私はいつも暇だった。娯楽といえば、私の血を受け継ぐ子供たちの人生を傍観していることだけでね」
心でどう思っていても、私という人間はどこまでも憎まれ口を叩く。
リアしかいないこの場でも、私は息子に本当に伝えたいことを素直に言うことが出来ない。
そんなことを知らないはずのリアは、まるで"仕方がないな"と年下に接するような仕草でやれやれと首を振った。
どうせ、この場にクロウ様がいないのにもかかわらず素直でない、とでも思っていたのだろう。
大きなお世話だ。
だが、言われっぱなしというのも性に合わない。
少し反撃させてもらおう。
私はにやりと笑ってリアに言う。
「ときに、君はあれを愛しているのかな?」
「あ、あい!?そんなわけありません!私のような小娘が惚れてよい方ではないのです!」
と、顔を真っ赤にして説得力のない言葉を叫んだリアは脱兎のごとくそのまま逃げだしてしまった。
実にからかいがいのある反応だ。
もっとからかいたかったのだが、まあいいか。
私は足を建物へ向ける。
彼女と話して幾分か気分が上昇した。
あの娘ならば、あれの手綱をしっかりと握ってくれることだろう。
木の影からのぞく自身の髪と同じ色の尻尾に気づかないまま、私は自分の部屋に戻っていった。




