第184話 ~合流~
「見えたぞ、あそこだ」
クロウが唐突に立ち止まり、少し先を指さす。
遠くに見える木々の間には何十年も前に放棄されたにしては清潔感のある三階建ての立派な建物が建っていた。
森の木々に紛れるようにその外壁は緑に塗られているが、所々に白が使われていたりしてどこかセンスのある外装となっている。
クロウに言われなければ見逃していたかもしれないほどの見事な造りだ。
もっと古臭くて今にも崩れそうな建物を想像していたが、いい意味で裏切られた気がした。
「……クロウ様、どうかなされましたか?」
建物を指さしたままその場から動かないクロウを見てリアは心配そうにクロウの顔を覗き込んだ。
眉根を寄せたクロウの目線の先はセーフハウスの建物ではなく、その周辺だった。
険しい顔をして、木々の隙間や地面をにらみつけている。
敵襲かと周囲の気配を探ったが、近くに魔物の気配はない。
魔物ではないとしたらなぜクロウはこんなにも顔をしかめているのだろうか。
思い起こされるのはつい最近であったクロウの母親だが、彼女はここではない所に住んでいるのではなかっただろうか。
ああ、でも、嫌な予感がする。
「おい、クロウ?」
俺が目の前で手を振ると、その手はがしりと強い力で掴まれた。
一応意識はあったらしい。
この森の中には厄介な魔物がうじゃうじゃといるのだ。
紛らわしい反応はしないでほしいものだ。
「……何でもない。行くぞ」
声音からして一切何でもない感じではないし、何でもないと言うのなら何でもないという顔をしてほしい。
本当にこいつは言葉が足りないな。
イライラクロウの再来だ。
「どうするの、アキラ」
明らかに様子のおかしいクロウを見てアメリアが俺にささやいてくる。
俺は肩をすくめた。
「どうしようもない。俺の言葉を素直に聞いてくれるわけでもないしな」
そう言って、すたすたと何の警戒もなしに歩くクロウに続く。
そもそも、人の言葉を素直に聞いてくれるような男だったのなら、ここまで家族やリアと拗れなかっただろう。
本当に、性格で人生の半分は損しているというのを体現したようなやつだ。
「……到着、なんかね?」
アマリリスが呆然とした表情で呟いた。
先ほどはそれなりに距離があったが近くにいる今はその外観全体を見ることができる。
やはり時間の経過には敵わないのか、遠目では見られなかった朽ちた外壁には蔦が絡まっていてどこか幽霊屋敷という表現が合う気がする。
「晶!?無事だったか!」
名前を呼ばれて顔を上げると、二階の窓のような部分から勇者が顔を出していた。
心から安心したような、ほっとしたような表情に俺は素直に手を上げる。
「おお。お前らも欠けてないか?」
俺の言葉に勇者の顔が少し曇る。
心臓がドキリと跳ねた。
誰か欠けてしまったのだろうか。
一体誰が?
「とりあえずそちらに行く!……見た方が早いと思うし」
ぼそりと呟かれたその言葉を俺の耳は正確にとらえていた。
どういうことだ?
「お!到着したんだな、お疲れ」
入り口の大きな扉が開き、勇者かと思えば七瀬が出てきた。
俺たちの姿を確認した後、げっそりとした顔を綻ばせる。
「おお。お前もお疲れ。……どうかしたのか?」
死線をくぐってきたその顔は最後に見た時よりも明らかに変わっている。
が、それよりも、今にも死にそうな顔でげっそりとしていた。
空腹というよりも、疲労だろうか。
「……いやまあ、見た方が早いと思う」
勇者と同じことを言って七瀬はよろよろと建物の後ろに向かう。
建物から出てきた勇者と俺たちは七瀬に続いた。
「ほらほらどうした!お前たちはそんなものか!」
「ぐっ!!がぁ!?」
ドゴォッと音がして、地面がえぐれる。
続いて人間の体が宙を舞った。
この場にそぐわない、甲高い声に俺は心当たりがある。
というか、その声の持ち主によってクロウがポンコツになったばかりだ。
忘れられるわけがない。
「なんでここに居やがる……」
喉の奥から発せられたような低い声も聞こえていないのか、彼女は素手で武器を持った京介の意識を一瞬で刈り取ったあと、ようやく気付いたかのように俺たちに向き直った。
「おお、遅かったな愚息よ。今代の勇者たちの稽古をつけておいてやったぞ。謝礼はこの建物でかまわん」
今にも殺しにかかりそうなクロウの様子に気付いていないのか、クロウ母はそう言って怪しげにほほ笑んだ。
自由すぎるし、クロウの質問にはまったく答えていない。
そして今度は俺たちに顔を向ける。
「おっと、そちらにはまだ自己紹介というやつをしていなかったな。私の名はノア。そこのクロウの母だ。以後よろしく頼む」
動きにくいゴスロリの服を身にまとい、クロウと同じ色の髪をツインテールにした少女は明らかに母親というよりは妹だが、リアに幻術をかけていたという、森の中にいた少女だった。
呆然とする俺たちの目の前で意識を失った京介を七瀬と勇者が抱えて建物の中に運んでいく。
どう見ても手慣れた作業に、この様子がかなりの回数繰り返されていたことが分かる。
それによってくたびれた様子の七瀬と勇者の様子、そしてどこか安堵したような表情と顔を曇らせた理由が理解できた。
「さあ、挨拶はここまでだ。この先、魔族領に行きたいのならば私を倒してからにしてもらおうか」
どこかの悪役のようなセリフを言い、少女――もといノアはニヤリと笑う。
地獄の始まりである。




