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第182話 ~イライラ~


風により頭上の緑はそよそよと揺れ、危険な魔物が闊歩している森の中とは思えないほど穏やかな時間が流れている。

とはいえ、穏やかなのは自然だけのことであり、人間はそうはいかない。



「クロウ、そうイライラしているとこっちにまで被害が来るからやめてくれないか」



母親と遭遇してからというもの、あたりかまわず当たり散らすクロウに俺は思わずそう言ってしまった。

ギンっと鋭い目つきで睨まれてから、しまったと己の失言に気付く。

静観していると決めたのは誰だったのか。

覆水盆に返らず、出してしまった言葉をなかったことにはできない。

俺は腹を括ってそれに、とさらに言葉を重ねた。

野営を準備している女性三人も手を止めてこちらの様子をうかがっている。

一応大丈夫だと手を振っておいたが、剣呑な雰囲気が気になってしまうらしい。



「さっきの戦闘もひどいものだった。一体どうした?」



何が原因かはわかりきっているが、それでも聞かずにいられなかった。

あのクロウが、魔物との戦闘中に背後を襲われ、アメリアに庇われ叱咤されるという事態になったのだ。

今している火起こしも、始めてしばらく経ったが一向に火が付く様子はない。

クロウの周りには内蔵していた魔力がなくなった小さな魔石が無数に転がっていた。

魔物であってもそれは一つの命を消費して得たものだ。

小さな魔石が無意味になくなっていくのは勿体ない。


言うなら、今のクロウは周りに迷惑をかけているだけのポンコツである。

いつもは飄々としているクロウも、ある特定の人間が関わってしまうとポンコツになってしまうらしい。

なんというか、今の状況からすると厄介ではあるが、クロウの人間らしいところが見えて少しだけ安心した。


クロウの怒りの炎にガソリンを注ぐような言葉だったが、長年生きた年の功か、無意味に怒鳴り声を上げることはなく、怒りはすぐに鎮火してばつの悪そうな顔でそっぽを向いてしまった。



「……」



居心地が悪そうに口をへの字に曲げる姿は実に新鮮だ。

母親に会ってからのクロウの反応は小学生くらいの子供のように見える。

表情よりもわかりやすい、先ほどまで地面にビッタンビッタンと叩きつけられていた尻尾は今は叱られているときの犬のようにシュンと垂れ下がっている。



「……あの女は、妹のことを何も聞かなかった」



ぽつりとクロウが呟くようにして言う。

垂れ下がった尻尾が横に揺れた。

今度は少し寂し気に見える。

クロウは持ち前のポーカーフェイスをどこかに忘れてきてしまったらしい。



「妹を連れて家を飛び出してからババアに会ったのは先日が初めてだった。あいつが妹の死を知らないはずがない。だというのに、何の言葉もなかった」



だからイライラしていたという。

俺は自分にはあまりなじみのない感情に首を傾げた。

俺の家庭とクロウの家庭は母子家庭で妹がいるという点では似ているようだが、家族関係という点では似ていないらしい。



「クロウは、母親にどんな言葉を期待していたんだ?みすみす死なせてしまったことを叱ってほしかった?」



なんだか自分より年下を相手しているような気分だ。

俺の質問にクロウは反射的に首を横に振る。

そして、何かに気付いたようにはっと息を呑んだ。



「いや違う、俺は……」



それっきり、クロウは黙りこくってしまった。

俺はため息をついて懐から新しい小さい魔石を取り出す。



「まあ、それでもいいが、約束は果たしてもらうぞ」



取り出した魔石をクロウの前に集められた乾燥した枝の束に投げる。

あっという間に火が枝に燃え移った。




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