56話 その日の締め
―Minol Side―
「朝の、エレベーターでのコト……なんだけどさ」
その言葉に背筋が凍りつく。
実際はアレだし、そうでなくてもまー君には失禁したと思われてしまっている。
「俺は何とも思ってないから。そもそも熱中症に気を付けていたとしても、自覚できないことなんていっぱいあるし、気を失ってのことだから、そこに責任を問うことなんてできないからな」
……半分は不安であったが、半分はそう言ってくれるだろうという期待があったためあまり驚きはしなかったが、別に問題は残っている。
「……」
妹の彩梅だ。私のアレは委員長にバレていた。後から来た委員長にバレていたということは、その場にいた彩梅にもバレている可能性は高い。
「あはは、うん、ありがと……」
「あんま気にすんなよ!」
「……」
まー君に感謝しつつも彩梅の方を見てみると、こちらに懐疑の瞳を向けていた。そしてこちらの視線に気が付くと、彼女は何事も無かったように机上の宿題に目を移した。
……気まずい。最初の不安はどこへやら、今度は違う問題にぶち当たってしまった。
ただ羞恥からくる不安というよりは、ある種の恐怖を抱いている。
彼女はまー君のことが……きっと。だから、「その気はない」なんて言っておきながらあんなふしだらなコトをしていたともなれば、敵意はおろか殺意すら向けられていそうだ。今はまー君が同席しているからか、その気配はなく、おそらく猫を被っているのだろうけど。
まー君の方からは先ほどまでの緊張がなくなったけど、彩梅の方からは言えようのない緊張というのか、気まずさというのか、もどかしい不快感がこの談話室に漂いながら宿題をこなしていくのであった。
夜。
「姉さんってさ」
明日の用意をしていると、2人1部屋で同室の彩梅が話しかけてきた。
「細染先輩に対してどう思ってるの?」
「え?」
その質問には明確な怒気が込められている気がした。
「私はっ……、先輩のことが、好き」
言ったその目は真っ直ぐ、自意識を明らかにしていた。
「姉さんはどうなの?」
「私は……」
その真っ直ぐな瞳に堪えられず、思わず目を逸らしてしまった。
「……今、答えられないなら別に良いけど、答えられない状態で先輩に関わらないで欲しい。そんなことしてるときっと、私も姉さんも先輩も、不幸になると思うから。……おやすみ」
「お……や、すみ……」
彼女の意思に気圧され、頭の中に靄がかかったまま、ベッドに入る。
……はぁ。全然寝付けない。
朝の出来事が頭の中を駆け巡り、そして昼に再開した時のまー君の気まずそうな顔、宿題をしていた時に見せた安心させるような穏やかな笑顔も。最後に妹の敵意と冷徹さを感じさせた瞳と言葉が頭の中に刻まれている。
生憎体調はほとんど夏休み前の普通の状態に戻りつつあるほどの調子。昨日の寝入りよりも体調は良いはずなのに、眠れる気が全然しない。
今日は色々なコトが起こったけど、一番の印象はやっぱり、朝のアレだ。
天の先にまで達し、至る感覚。
男の時のソレとは全く違う感覚だったけど、敢えて比較してみるのなら、レベルが段違いなほどの快楽だった。
女になる前はもうそれこそ猿のように3日に1、2回はしていたけど、女になってからは1度もしていない。……夢精みたいに自覚無くしていたのなら別だけど。正直、女になってからは自分が男だったことを忘れてしまうのではないかと恐れてしてこなかった。それだけの理由で1年3ヶ月もの間一切してこなかった自分を褒めて欲しい。
しかし今朝の件で、その堤防はほぼ全て決壊してしまったと思う。
もう、いいかな……?
いい……いや、いやいやいや。
隣に! 妹が! いる!
私と! 妹の! ベッドの間にあるのは! 2mくらいの通路だけ!
危ない危ない、理性を失って「自分からするかどうか」というボーダーまで突っ切ってしまうところだった……。
なんとか自我を保ったのは良かったものの……眠れないのは変わらない。これはこれでどうしよう……。




