17.パーティーの主役が大変なことになってしまった!
いい男からする血のにおい……最高にセクシー!!
わくわくする私に、エトは笑う。
「嬉しいな、君に触れられた。でも、不思議だね。まだ夢の中にいるような気分だよ」
「ぐうう……」
つぶれたカエルみたいな声を出したのはヒルダだ。
私はひたすらに浮き立った気分で、エトと共に部屋を出た。
「そんな気分のまま、君のことを殺してやりたいな」
私がひそひそと囁くと、エトは無邪気に笑った。
「あはは! なんて幸せな死だろうね、それは。ねえ、僕たちは気が合うね?」
「どうだろうな。まだまだお互い、本音はわからないだろう?」
「わかるのは、今の君がとってもかわいいってことだけだ。あと、僕の心臓がどきどきしてる」
「かわいいんだろうな、君の心臓は。いつか君の胸を開いて、直接見てみたい」
「いいよ、シーラなら」
エトはさらりと言い、嬉しそうに私を見た。
私はほんのりと頬が赤くなるのを感じる。
エトは嘘を吐いていない。
そんな気がする――。
「……なーんて、ね。君、そういうことを誰にでも言うの?」
「え? なんでだ?」
私はびっくりして問い返した。
気づけば、エトの瞳が暗い。
黒いを通り越して、しんしんと、暗い。
「気になっただけ。今日のターゲットの容貌も気にしていたし」
「生徒会長か? そりゃ顔は気になったが」
「そう」
ふい、と視線が先を向いた。
なぜか、何かを奪われた気分になった。
何かって、なんだ。
「……よくわからない。もし私にずっと自分のことを考えていてほしいなら、もっと殺しや盗みの技を磨くことだ。私はそういうことにしか興味がない。それとも、君、誰か殺した後か?」
私は言い、鋭い視線を送りこむ。
エトは前を見たまま目を細めた。
「におう?」
「わずかに。なんだ、本当にやったのか」
囁きあいながら、私たちはパーティー会場である学園ホールに近づいていく。
まばらに集った生徒たちが、こちらを見ては目を瞠り、硬直する。
「シーラさま、おきれい……!!」
「え? お相手、あれ、誰? すっごい美形じゃない?」
「いたっけ、あんなタイプの美形……って、え、エトアルト殿下!?」
驚きの声に、私たちはそろって手を振った。
「やったというか、やり返したというか。このへんの掃除をした」
唇をほとんど動かさずに告げるエト。
ぞっとするほどすてきだ。
私は彼を見ず、周囲を見た。
白い神殿みたいなホールの周りは手入れされた草地で、その外はこんもりとした林だ。
草地にも歓談用のテーブルが設置され、軽食が置かれている。
林も木々の間にリボンが渡され、ずいぶんとかわいらしい。
だが、不用心だ、と私は思う。
刺客が隠れるところがありすぎる。
私が敵ならば小躍りするような立地。
「なるほどな。君が頑張らなくとも、第一王子はずいぶんと命を狙われているらしい。放っておいても死ぬんじゃないか?」
「奴らじゃ無理さ。それに、狙われているのは僕や君かもしれないよ? それか、他の生徒かも。ここはエリート学校なんだ」
エトがうっすらと笑った。
ほとんど同時に、ホールから派手な悲鳴が上がる。
「「!!」」
私とエトは、同時に走り出した。
今の声はただごとではない。
まさか、本当に誰か狙われたのか――!?
着飾った生徒たちの間をすり抜け、私たちはホールへ駆け込んだ。
真っ白なホールは広大だ。壁には七色のリボンが張り巡らされ、花瓶には花。
天井には、大量の七色の球形ランプが下がっている。
ホール中央には、天井に届きそうな巨大ケーキ。
そして、リサ。
……リサ、だよな?
うん、リサだ。
ドレスがリサだ。
リサが、ケーキに、刺さっている。
頭から。
……なんでだ?
「なんで? なんでこうなったんですか、生徒会長!?」
ホールの女子生徒も、私と同じ疑問を叫んでいる。
答えたのは、ちょっとこぎれいな男子生徒だ。
「知らないよ、彼女に名前を聞いたら、なぜか飛び上がってそのまま……そのまま、ケーキに刺さると思う? 普通思わないよね!?」
思わない、思わないぞ!
かわいそうに……。
これはおそらく、リサが主人公だからこそのハプニングというやつだ。
乙女ゲー世界ならあり得る。
それはそうと、と、私は生徒会長の指を見た。
――ある。
みるからに古くてごつい、指輪。
あれが、コルネリウスを殺すために必要な魔法具……。
「リサを助ける」
横から声がして、私は驚いた。
「エト」
思わず名を呼ぶ。
しかし、エトは私を見ない。
エトは迷わずケーキのほうへ向かう。
目の前に、狙っている指輪があるのに。
私なら、と思った。
私なら、どんなときでも任務を優先する。
後回しなんかにしない――はずだ。
『本当か?』
脳内で、師匠の声がした気がした。
私を拾ってくれた伝説の傭兵。
彼なら、今の私にこう言うだろう。
『ならばなぜ、お前はエトを殺さない?』
「――っ……」
「どうしたの、シーラ? ものすごくそそる顔しちゃって」
急に背後から囁かれ、私は素早く振り返った。
貴族の少女としては、ちょっと素早すぎたかもしれない。
それくらい油断していたということだ、くそ。
振り返った先にいたのは、美貌の男。
ぞっとするような白い肌色に、ものすごいボリュームの金髪をどうにかまとめた男。
コルネリウス。
……うん。
枝毛、治らなかったんだな。
――じゃなくて!!
なんでとっくに学園を卒業したコルネリウスが、ここに!?
「殿下、一体どうなされたのです?」
「さて、どうしたんだろう? 君のことを考えていたのかもしれないよ。わたしが知らないところで着飾って、エトアルトの手を取っているであろう君のことを考えたのかも。そうしたら、なんか、腹が立った。なんでだろうね?」
コルネリウスは甘ったるい笑みで囁く。
私はそんなことより、エトとリサと、生徒会長が気になっていた。
「私がご期待に応えられなかったからでしょうか?」
コルネリウスに答えながら、ちら、とエトを見る。
エトはケーキのところにたどり着き、リサを引き抜こうとし始めている。
助けは必要だろうか、と思った、そのとき。
コルネリウスは、両手で私の顔をつかんだ。
「!」
「やめてよ、わたしの前でエトを見るのは。なんだか、すごーーーく、腹が立つ」
囁くコルネリウスの顔は、面白いくらい赤かった。
怒りのあまりの赤面だ。
まるで幼児だな、と思っていると、コルネリウスは私を放り出した。
そのまますたすたとケーキに歩み寄り――助け出されかけたリサの首をつかみ、もう一度ケーキの中につっこんだ!




