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死神悪役令嬢は、全部第二王子のせいにする  作者: 栗原ちひろ
第2章 死神悪役令嬢と第二王子、第一王子暗殺に奔走する
16/17

16.エトがかっこいいのがバレてしまった!

「何してるんですか、お嬢さまがた」


 氷点下の声。

 振り向くと、メイドのアニカが大荷物を抱えて立っている。

 彼女は生前のシーラのせいでひどいいじめに遭い、我が家で療養しているはずだったのだが。

 私は訊ねる。


「アニカか。どうした?」


「家出です」


「家出!? 解雇ではなくてですの!?」


 叫んだのはヒルダだ。

 私は腕を組む。


「君だけは、怪我が治って、我が家で再教育を受けるまで、という条件で解雇は延期しているはずだ。何か不具合があったのか?」


「まだ解雇はされておりませんし、住環境も食事も改善していただきましたし、暴力も受けてはおりません。ただ、重大な問題がありまして」


「言いなさい」


「よく考えたら私、シーラさまがいないあの家に用はないんですよね」


「…………?」


「わ が り ま ず!!!!!! わ だ ぐ じ も ぞ う で ず わ!!」


 ヒルダが野太い声で叫んだので、私はびくっとした。

 続いて、リサも叫ぶ。


「すてきです!! シーラお姉さま、ご実家でも圧倒的なカリスマを発揮していらっしゃるんですね!! うううう、憧れるぅ……!!」


「私だけよくわかっていないが、つまり、アニカは私を追って来てしまったのか」


「はい。そうしたかったので」


 キリッとして言うアニカだが、なんでだろう。

 以前よりもかわいく見えるな。

 ……ふむ。

 シーラほどの身分となれば、寮にメイドを住まわせるのも可能だろう。可能だろうが、さすがにわがままではないだろうか……?

 ――あ。


「アニカ、君、裁縫は?」


「お針子の家で育ちました。物心ついたころには、家のつぎはぎものは全部私が」


「いいだろう、助かった。では、リサに着せるドレスのお直しを手伝ってくれ。私には君が必要なんだ」


 私はアニカの目を見て言う。

 途端に、アニカの頬はぽおっと赤くなった。

 アニカはぶんぶんうなずきながら、大荷物を開け始める。


「仕方のないお嬢さまですね。普通は貴族のお嬢さまでも、裁縫のひとつふたつは教養としてできるものです。それを怠るから、私みたいな子供に頼ることになるんですよ? わかってますか、シーラさま」


「まーーーーーっ!! シーラさま、この子供、無礼ですわよ!!」


「で、でも、手はめちゃくちゃさくさく動いてドレスのお直しの支度してるです……」


 ヒルダとリサの反応にくすりと笑い、私は言う。


「多少の無礼は、今までの私が犯した罪のせいと思って受け入れよう。それよりも仕事だ。気合いを入れろ。新入生歓迎パーティー、とびきりの花は、我々だぞ」


「「「は……はいっ!!」」」


 いいぞ、みんなの気持ちがひとつになっている。

 全員の目がとろとろできっらきらなのは……まあ、気のせいだろう。



■□■



 かくして、新入生歓迎パーティーの当日がやってきた。


「エト……遅いな」


 寮の部屋で、私はぽつりとつぶやく。

 今夜ばかりは、女子寮に男子が入ることが許可されている。

 もちろん、逢い引きするためじゃない。

 男子が女子をパーティーにエスコートするためだ。

 このへんはやっぱり、現実の欧米文化が基本なんだな。


 リサはアニカが縫い直した私のドレスを着て、すでに同じ新入生の男子と会場に向かった。

 私は、まだエトを待っている。


「コルネリウス殿下は学園は卒業されておられますし、シーラさまのエスコートはエトアルト殿下が適任ですけれど……遅いですわね」


 ヒルダが心配そうに言う。

 アニカは私の髪を直しながら言った。


「一回シメたほうがよくないです?」


「よくはないぞ。ま、何か理由があるんだろう。とはいえ、これ以上待っていては遅れてしまう。――先に行くか」


 言ってから、少し胸が冷たいな、と気づいた。

 これってなんだろう。

 さみしさ、か?

 ……すごいな。さみしさ? エトが来ないから、さみしい?

 私にもまだ、そんな感情があったのか。


「おおおおおお待ちください、シーラさま! シーラさまともあろうお方が、エスコートなしでパーティーにいかれるだなんてっ!!」


 血相を変えるヒルダに、私は微笑みかける。


「ならばヒルダ、君が私をエスコートしてくれるか?」


「わわわわわわわわたくしがっ!? そんな恐れ多いっ!!」


 そう言いつつ、なんで赤くなるんだ? 君。

 一方、アニカはしゅっと手を挙げる。


「だったら、私、やります。田舎じゃ男顔負けの腕っ節って有名でした」


「アニカっ!! あなたにやらせるくらいなら、わたくしがやります!!」


 肩でぐいぐいお互いを押すヒルダとアニカ。

 かわいい。いいぞ、かわいい、かわいい。

 この世界の女の子たちはみんなかわいい。

 微笑して見つめていると、戸口から声がかかった。


「君たち、何してるの?」


 あきれているような、楽しそうな声。

 ――エト。


「エトアルト殿下!!」


「あ、地味王子」


 エトだ。たたずむエトは深みのある青の礼装を身につけている。

 高く立った襟も、ずらりと並んだ金ボタンも、長い上着のすそも、いかにもいい仕立て。

 隅々まで美しい金刺繍の縁取りがしてあり、裏地はつやめく銀光沢の白布に銀刺繍。

 さすが王族。きらびやかな服も、気負いひとつなく着こなしている。


「ふふ。楽しそうだね。僕も仲間に入りたいところだけど」


 エトは小さく笑い、部屋に入ってきた。

 ヒルダとアニカが、ちょっと口を開けてエトを見ている。

 どうだ?

 エト、案外いいだろう?

 案外どころじゃなくいいんだ、エトは。


 こっそり鼻を高くする私。

 その前で、エトはひざをついた。


「お待たせしました、お姫さま。怒ってる?」


 あーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 あーーーーー………………。

 いいな……。いい。


「ひぇ……エトさま、そ、そんな芸風でしたの……?」


「めちゃ色男」


 ぼそぼそつぶやくヒルダとアニカ。

 私はわずかに頬を赤らめて笑って見せる。


「王子さまはいつだって、お姫さまのために竜と戦っているはず。少しくらいの遅れはメインディッシュをおいしくする香辛料のようなものです」


 私の返しに、エトも笑った。子供みたいに。


「嬉しいな、シーラ。それに、どうしたの? いつもきれいだけど、今日はちょっとびっくりするくらいきれいだね。女神の幻みたい。君、触っても消えない?」


 笑みは子供なのに、言葉は甘くて。

 なんて素敵なんだ、エト。

 私が殺す男。


「確かめてみてくださいませ。あなたの指で」


 私は囁き、手を伸ばす。

 エトはうやうやしくその手を取った。


 そのとき、私は気づいた。

 エトから、血のにおいがする――。

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