15.リサのドレス?を見てしまった!
「わあ……! シーラさま、とっっってもお美しいです!! さすがは公爵家のお嬢さまです、品が、格が違います……!」
リサはうっとりとして言う。
リサの室内は、言うほど散らかってはいなかった。
二つ並んだベッドにはいくらか服が出ていたけれど、それはまあ、いい。
問題はリサ本人だ。
「り、リリリリリリサ、その格好は、一体、何が起こったんですの!?」
ガタガタ震えながらヒルダが問う。
リサはぽっと頬を染めた。
「お恥ずかしながら、新入生歓迎会の準備をしていたんです。先輩方から見て、どうでしょう? 似合ってる感じです?」
「似合って……る……???」
ヒルダの目がぐるぐるになっているのを横目に、私は腕を組む。
「とがっているな」
「えっ!? あ、このへんですか?」
リサは言い、自分の肩を指さす。
そこには、謎の肩サポーターが装着されていた。サポーターの表面には金属製のとげがびっしり。
……なんでだ?
なんでドレスにとげとげの肩サポーターが要る?
鳩がとまらないようにか? 普通ドレスに鳩はとまらないよな?
「そうだな、確かにそこはとがっている。というか、全体的にファッションがとがっている。銀色のトゲトゲサポーターつきスカジャンに、鎖ジャリジャリ革シャツ革パン……」
さすがに軽い頭痛を感じる私。
一方のリサは、ちょっと切なげに後ろで手を組んだ。
「そうおっしゃられるとは思ってたです。実はこの上着、魔法の師匠からもらったものなので……」
「そいつは本当に魔法の師匠だったか? まずはそこから確かめたほうがいいのでは?」
「本当に師匠ですよぉ!!! 師匠がいなかったら、私みたいな庶民がこの学園に推薦入学なんて、できるわけないです。師匠はものすごい魔法の天才で、この世の果ての神殿、唯一神『テ』からのご神託を受ける塔に稲光とともに赤子の姿で出現されました」
「いきなり神話が始まった」
「師匠はその後も、たった三歳で世の果ての塔を掌握。直後に『世界の向こう』からの魔物たちの襲撃を防衛されたとされているです!」
「その話と目の前の服が全然結びつかない」
「その後、とてつもない悲恋をされて」
「三歳で!?」
「とにかく、私を拾ってくださったときには一〇三歳でした」
「一〇三歳でそのファッションセンス!!??」
「師匠は、私のことを『最後の希望』と呼んでおられたです。病に倒れたとき、私にこの上着をくださって――どこまでも、まっすぐに生きよ、己の心の声に従え、と……ズビッ」
リサは目を真っ赤にして鼻をすすっている。
すごいシリアスな空気を出されてしまったが、衣装があってない。
……あってないよな? この世界だったらこれが普通とか、ないよな?
なんだか不安になってきた。
私はヒルダのほうを見る。
「そ……そういう……事情でしたら……仕方がない、んですの……??????」
うん、完全に混乱してるな、これ。
やはり、この服装はダメだ。
少なくともコルネリウスは、一目見た瞬間に帰ると思う。
むしろ殴るかもしれない。大問題だ。
ここは私が、心を鬼にするしかない。
私は目を伏せて微笑み、ばっ!! と長い赤毛をはねのけた。
そうしてまっすぐリサを指さす。
「笑止! 片腹痛いですわ!!」
「えっ……!? り、リサのお師匠は、片腹痛くなんかないです!!」
「師匠は痛くない。そんなことは言ってない。師匠が素晴らしい人だった、それは認めます。ですが、その上着を新入生歓迎会に着てくる、その気遣いのなさが『片腹痛い』と言っているのです!!」
「気遣いの、なさ、です……!?」
がーーーーん、と青くなるリサ。
私はちょっぴりだけ心が痛む。
私にも師匠といえるような殺し屋はいた。私を戦場から拾ってくれた傭兵だ。
生きるための術を私に教え、悲しみから抜け出すための道を示してくれたひとだ。
第二の父とも仰いだあのひとが私に何かを残してくれたなら、私だってそれを肌身離さず持ち歩いただろう。私の師匠は、骨の一つも残さず戦場に消えたけれど……。
でも、だからこそ。
何も残らなかったからこそ、私は前を向けた気がする。
「いいこと、リサ。その服がこの学園で場違いなことは自覚していますね? なぜか。その服は、あなたの過去を背負った服だからです! 新入生歓迎会は、まっさらなあなたたちを、在学生たちが仲間として迎える儀式。それにあなたは、ドシリアスな過去を山盛り背負って出席するつもりなんですの?」
「うっ……! い、言われてみれば……」
「過去を否定することはありません。大事にしなくてはならないことです。ですが!!『仲良しになりましょう』と言う相手に向かって、いきなりの『私は過去を引きずってます』アピール! それは、いささか無礼でしてよ」
きっぱり言い切ると、隣でヒルダが生気を取り戻した。
「シーラさま……そのとおりですわ。この常識外れに対して、なんというご温情……!!」
「まあ、大分ひどいことを言った気もするが」
「ひどくありません!!!! 以前のシーラさまなら、ここで庶民をおだてまくって、来賓の前で大恥かかせていたところですわよ!!」
生前のシーラ、クソ小者だな。
知ってたが。
やはり、今の私がリサをサポートしてやらねばなるまい。
私はリサに向き直った。
「私の話が理解できたか?」
「はいっ……!」
目をキラキラさせてうなずくリサ。
いいぞ、子犬ちゃんみたいだ。
「よし。ならば、私のドレス、もとい、普段着を貸してやろう。それで、君にとっては十分な盛装じゃないか?」
私は普段の口調に戻って言う。
リサはしばらく私を見つめていたが、やがて、目からびゅっと涙が噴きだした。
「う、うわあああああああん、お優しい! シーラさま、師匠みたいにやさしいーーーーー!!」
「師匠みたいに、か……」
複雑な気分だな、と思いつつ、私はリサにすがられる。
ヒルダは顔色を変えて、リサを私から引っぺがそうとした。
「こらっ、この庶民!! シーラさまに軽々しくくっつくんじゃありません!! ああもう、涙とか鼻水とかがひっついてしまいますわ、汚らわしい!! あなた、とんだ赤ちゃんですわね! ほら、離れて!」
「いやでずううううう、もう二度ど離じまぜん!!!!」
「くううううう、バカ力っ!! わたくしだって、そこまで密着したことないのにいい!!」
歯がみするヒルダを見下ろし、私は聞く。
「ヒルダ。ああは言ったが、私のドレス、リサにあうと思うか?」
「無理ですわ! 背丈も違いますし、何よりスタイルが全っ然違いましてよ!?」
「ふむ。ならば縫い直すしかないな。お針子メイドは――全員解雇したんだっけか」
さて、どうしようか。
私が考え込んでいると、ドアのところにすっ、と小柄な人影が現れた。




