14.ドレスで魔法具を盗むことになってしまった!
「シーラさま、お素敵ですわ!! お素敵すぎて、わたくし、今にも目が潰れそうです!」
叫ぶヒルダの前で、私はくるりと一回転する。
「目は大事にしてくれ、ヒルダ。君の美的感覚を信用してる」
「一生大事にします、死んでも宝石箱に入れて先祖代々受け継がせます、でもってお墓には『シーラさまにお褒めいただいた目の持ち主、ここに眠る』って書かせますぅ!!」
ヒルダは相変わらず大げさだ。
私は、姿見に映ったドレス姿のシーラをチェックした。
ゴージャスすぎる赤い髪に映えるドレスは、水色だ。光沢のある水色の生地に、大きめの白い花の柄が染め抜かれている。品はいいが、かなりド派手なドレス。
「ドレスのド派手と私のド派手が殴り合い、最終的に美しい友情が生まれているのが見事だ。赤毛に青って、ほぼほぼロボみたいな色合わせだしな」
「ろぼ? と、おっしゃいました?」
「忘れろ」
「はい! ええと、赤と青は確かに目に痛い組み合わせですけれど、こちらは光沢のある生地。着れば明るい青から黒に近い色までグラデーションしますから、かなり品のいい印象になりましてよ。金色に光るシーラさまの赤い髪にはぴったり。新入生歓迎会の主役はシーラさまに決まりですわね!」
ヒルダはにっこにこだが、このドレスを着ていくのは新入生歓迎会だぞ?
二年生の私が、新入生歓迎会の主役を張ってどうする。
私のドレスはこれで充分。むしろちょっとやりすぎだ。
今回の会の主役は、リサ。
そして、私の目的は――リサに集まってくるであろうイケメンのひとり。
この魔法学園の、生徒会長なのだ。
『コルネリウス暗殺のために必要な魔法具は、あとひとつ。【調停の指輪】だ。この盗みは、校内でやるしかないと思っている』
数日前、エトは私に告げた。
最近の私たちは空き時間や廊下ですれ違うときを利用し、あらゆる方法で連絡を取っている。
それもこれも、この国の第一王子にしてエトの兄、コルネリウスを暗殺するため。
そのためには、コルネリウスの魔法を無効にする魔法具が必要なのだ。
私は答えた。
『校内の誰かがその魔法具を持っている、ということか? しかし、寮に保管しているのなら、いくらでも盗み出せそうなものだが』
『寮内での盗難事件にするのは、なるべくなら避けたいんだ。僕の仕業っていうことがバレやすくなる。
そうじゃなく、彼が自然になくしたことにしたい』
『とすると、そいつが魔法具を持ち出したタイミングが狙い目だな。――読めた。新入生歓迎パーティーか』
私はピン、と来て言う。
エトはうなずいた。
『君はやっぱり勘がいい。新入生歓迎パーティーにはみんな盛装でやってくる。家宝の装飾品をつけてくる者も珍しくはないよ。ターゲットの彼は生徒会長だから、挨拶に来るはずだ。来なかったら、また機を見計らう』
『ちなみにそいつ、イケメンか?』
『うーん、まあ、そうかな? 健康的な美形だ。でも、なんで?』
エトの問いに、私は微笑む。
『ならばそいつは、必ず来る。誓ってもいい』
なぜならここは乙女ゲー世界で、主人公はリサだからだ。
新入生歓迎パーティー。
乙女ゲー的には、主人公が校内のイケメンたちと遭遇するイベントになるだろう。
めぼしいイケメンは全員やってくるはずなのだ!!
と、そのまま言うとエトが困り顔になる気がしたので、黙っておいた。
エトはそんな私をじっと見つめたあと、そっと笑った。
『信じるよ。君のドレス姿も楽しみだ』
「…………………………ひどいお世辞だ」
思い出したら、顔がかっと熱くなってしまった。
さすが第二王子といおうか、社交スキルが高い。
しかし、しかしだ。私なんかおだててなんになる?
おだてていい気になる人間ならともかく、私だぞ!?
むしろ平静に戻るのが面倒だ。合理的じゃない……。
近くで聞いていたヒルダは、文字通り飛び上がった。
「えっ!? お世辞!? わたくしが、シーラさまのことでお世辞など言うはずがありませんわ!! し、ししししんじてくださいまし、この目と心臓を見てくださいまし!」
「心臓は見えないし見せなくていいからな、ヒルダ。独り言だ」
私はヒルダに釘を刺し、エトのことを頭から追い払う。
考えるべきはコルネリウスのこと。
そして、リサのことだ。
長い赤毛を持ち上げながら、私は聞いた。
「そんなことより、ヒルダ。一年生のことを聞かせてくれ。私はこうして実家からドレスを持ってこさせればいいが、一年生たちはどうするんだ? 実家が遠い子も多いだろう」
「さすがはシーラさま、今まで一年のことなど眼中になかった、ということですのね!? 雑魚どもも、一枚はドレスを持って入学するものです。なにせこの学園は名門。ちょっとでもいい結婚相手を見つけたい雑魚は、必死でしてよ。ただまあ、庶民出身のあの女は、ぺらぺらのドレス一枚用意できたかわかりませんけど」
うふ、と笑うヒルダ。
庶民出身のあの女というのは、リサのことだろう。
そうか、この世界の庶民って、そんなか。
……ちょっと不安になってきたな。
あの子、ちゃんと主人公としてイケメンたちを虜にできるのか?
リサには、できることなら、ターゲットの気を惹いてもらいたいんだ。
その隙をついて指輪をかすめとりたいんだ――。
「……ちょっとリサの様子を見てくる。ちゃんとした格好で出てくれなくては、名門魔法学園の名に関わるからな」
「シーラさま……なんという高貴ッ!! まぶしすぎて、やっぱり目が潰れるッ!!」
のけぞるヒルダの襟首をつかみ、私は寮の部屋を出た。
狭い廊下をずかずか歩いて行くと、みんなが慌てて道を空ける。
私を見ると、みんなの目がキラキラになり、顔がとろけていくのがわかる。
「シーラさまだわ」
「なんておきれいなの……」
「婚約さえなかったら、殿方よりどりみどり」
「しっ、なんて不敬な! コルネリウス殿下はこの国の『最高』よ!」
年若い少女たちがささやき合う。
私は腹の底をくすぐられるような気分になった。
転生前の私は、目立つような容貌ではなかった。『目立たない顔』は殺し屋の財産だ。下手に目立つ顔よりよっぽどありがたかった。財産だと思っていた。
罵り言葉を受けたことも数多い。気にはならなかった。
私には、相手を殺す力があったから。
血袋に何を言われても気にならない。
でも、もし、転生前もこんな顔を持っていたなら――。
やめよう。無駄なことを考えている。
私は新入生の寮に入り、適当な生徒をつかまえてリサの部屋を聞いた。
「リサ、ここか? 私だ、シーラだ。入ってもかまわないか?」
「シーラさまです!? どうぞどうぞ、すみません、今、歓迎会の準備でとっちらかってますが、お気になさらずです!」
明るい返事に、ヒルダが鼻で笑って扉を開ける。
「お気になさらずって、あなた……。寛大なるシーラさまは気になさらないかもしれませんが、このヒルダは気にしましてよぅわえあぁあああ!?」
「なんだ、その悲鳴は。リサ……」
ヒルダを中に押しこんで、自分も室内に入る。
そして、私は、絶句した。




